連載3
● - ヒューマンネットワークのつくり方
コミュニティー発技術ベンチャー創出の提案
地域社会の仲間が研修を重ね、議論し、汗をかきながら技術系のベンチャーを創り出す2つの活動を紹介している。MOT研修の実践という意味もある。
2003年2月に、米国テキサス大学オースティン校の研究所の一つであるIC2研究所(IC2:Innovation, Creativity Capital)において、設立者であるコズメツキー博士のお話を直接伺える機会を得た。あやふやな記憶になってしまったが、「私はリターンを確保するために、技術ベンチャーにばかり投資をしてきた。しかし21世紀はソーシャルベンチャーやコミュニティーベンチャーと呼べる存在が重要になってくる」というような趣旨のお話が印象的であった。それからは、意味のある科学技術の商業化はコミュニティー発の技術ベンチャーを作ることなのでは、という問題意識を強く持つようになった。今回は筆者なりに工夫し、実際に汗を流してきた“コミュニティー発技術ベンチャー”創出活動について、緒についたばかりの状態ではあるが、紹介したい。
2004年の夏、同志社大学技術・企業・国際競争力研究センター(ITEC)が企画されたUCLAでのMOT研修に参加させていただいた。関西圏の大手企業に勤めているエンジニアを中心に40名を超える方が参加された。毎日寝食を共にする中で、参加者の10数名が、引率してくださっている教授にお願いをする形で、ベンチャーを起こすことになった。筆者の思いは、競馬のG1レースで万馬券を狙うような株式投資ではなく、皆で少額ずつお金を出し合って子馬を買い、皆が汗をかいてその子馬を育て、将来G1レースに出走させることによって万馬券と同様のリターンを目指すようなベンチャー創出の方が、ばくち性がなく社会益という観点でも、自身の充実感においても、より有効ではないかというものであった。 翌年の春に16名の株主が100万円ずつ出資して窒化ガリウムを使った紫外線センサー開発販売企業を立ち上げた。現在は開発フェーズから販売フェーズに移行する段階となり、外部資金も取り込んで化合物半導体のサプライチェーンマネージメントを構築できる企業へと発展させようとしている。
筆者が所属している財団法人京都高度技術研究所が開催している新規事業創出のためのコア教育が2つある。京都起業家学校とMOTである。2005年春、京都工芸繊維大学の研究者が、ナノ加工の受注会社を作るというアイデアを持って起業家学校に参加してくださった。その方は現実に起業するということに興味を示されていたので、秘密保持契約を受講者と交わすことを条件に、秋から始まる技術経営(MOT)研修のビジネスプラン作成用シーズとして当該技術を提供していただくことになった。 このMOTは、京都を中心に在関西の大手企業に在籍されている技術系管理職や経営企画室の方が主に参加されている、数カ月にわたる科学技術の商業化に特化したノンクレジットの教育研修である。研修の柱として、商業化の道筋がまったく見えない技術シーズから、いかに応用可能な市場と商品をイメージするかを徹底して考え抜いていただいている。このメインディッシュの素材として、常温空気中でナノホールを簡単に作れるナノ加工技術をご提供いただいたわけである。 3グループに分かれてそれぞれ競い合いながら数カ月掛けて作っていただいたビジネスプランは、「単位面積当たりの記憶容量が100倍のHDD」「白色発光ダイオードの輝度を10倍にする光学フィルター」「バイオフィルター」であった。その中で一番実現性が高いと思われる「バイオフィルター」を開発販売する会社を起業しようということになった。MOT受講者全員で努力したのだから、ベンチャーが成功したときに皆が喜べる起業の仕方をと考えた末、全員が株主として起業しようということになった。会社の規則等で参加できない方はいたが、10名を超える受講者やご指導いただいた大学の先生方が株主となってLLC(Limited Liability Company)を作ることができた。 現在四半期に一度程度全株主に声を掛け、宴会を兼ねた現状報告会を実施している。参加者の皆さんはMOTのOB会を兼ねたこの催しを喜んでくださっている。また、当該研究者が所属しておられる京都工芸繊維大学大学院ベンチャー・ラボラトリーセンター長からも、陰に日なたにご支援をいただくことができるようになり、産学連携の一つのモデルになっていると自負している。 副産物の一つとして、筆者自身がバイオフィルターの応用商品開発を目的とした研究に参加するため、今春より大学生となって研究者と同じ土俵でサポートすることになった。関係者には多大なご迷惑を掛けることもあろうかと思うが、これを機会に大学における研究の現場を肌で感じ、そこにかかわる方々とのネットワークを広げ、今後の科学技術の商業化運動の深化を図りたいと決意している。 また、この教育研修でシーズを発表してくださった研究者の方が、社会で経験を積まれている受講者の現実に即した実用化の視点での鋭い質問にさらされたことで、研究者の視点と商業化の視点の違いに、ストレスと共に大きなインパクトを感じられたようである。研究者と企業人の新たな連携・対話の仕方が提案できたのではないかとうれしく思っている。
今年度から「“もの”から“こと”へのパラダイムの転換で科学技術と文化の商業化/サービス化を推進する」を大テーマとし、「Make intangible things tangible」と「Make invisible things visible」をサブテーマとして、春に「発想力と企画力の養成の為の京都起業家学校」、夏に「海外における技術起業を感じて学ぶMOT in Silicon Valley(同志社大学ITECと共催)」、秋に「俯瞰(ふかん)力と判断力を磨くMOT」、冬に「MOT at MIT Boston(株式会社サイコムインターナショナル主催)」という一年を通した教育研修を実施する。 修了者には早稲田大学商学学術院大江建教授のご監修の下、テクノイノベーターという称号を授与するとともに、過去の修了者も巻き込んで、ウェブ上でのコミュニティーの形成に力を注いでいる。このコミュニティーは科学技術と文化の商業化に興味のある方を対象とするオープンなエリアと、われわれの教育研修を受けた方々向けのクローズドなエリアで構成されており、外部から決してアクセスできない環境を提供することで、新規事業の相談や知財戦略の討議も可能にしている。
このコミュニティーから出てくる新規事業を、われわれの財団で運用しているインキュベーション施設を利用して、徹底したハンズオンの起業支援を実施していきたい。また、東京の早稲田インキュベーションセンターやフィラデルフィアのサイエンスセンター等との連携を強め、京都から世界へと広がるネットワークを構築したいと考えている。 教育を基盤にコミュニティーを形成し、コミュニティーから出てくる具体的案件をインキュベーターとして徹底して支援していく。これがわれわれの目指すべき姿であり、大学発のシーズや日本の文化伝統と、人々の生活とを結び付ける真の意味での科学技術と文化の商業化/サービス化であると確信している。 最後にもう一つこの活動を通して確立したい夢をご紹介して、つたないご報告を終わらせていただきたい。それは、今回ご報告した活動を通じて、技術の金銭価値評価手法を提案できないかということである。昨年度より有識者の先生方にご協力を賜り研究会を発足させた。初年度は、いかに労力を少なくして仮想市場に対するビジネスプランを立案し、キャッシュフローを算定するかについて一つの方法を提示させていただいた。本年は、いかにすれば複数の市場が想定されたシーズの価値を一意的に表現できるかを検討しており、来年度には多様な市場性を俯瞰できるコミュニティーベースの技術価値評価手法の提案をする決意でいる。加えて、技術の流通市場のあるべき姿や、その実現化のための法的および金融的ツールの提案までできればと思っている。 お読みいただいた皆さまに筆者の考えの甘さをご指摘いただくとともに、温かくご指導ご鞭撻賜れるよう衷心より願い申し上げ、本稿を結ばせていただきたい。 「ヒューマンネットワークのつくり方」シリーズは今回で終わります。
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