無人の街、空き巣を警戒 福島県警パトロールに記者同行

【動画】警戒区域パトロールに同行 福島

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ヘッドライトを消したパトカーの中で不審車が通らないか警戒を続ける警察官=17日午後10時8分、福島県富岡町、相場郁朗撮影

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通りかかった車を止めて調べる警察官=17日午後1時42分、福島県大熊町、相場郁朗撮影

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同僚が乗っていて津波に襲われたパトカーに、好きだったたばこを供える警察官=17日正午、福島県富岡町、相場郁朗撮影

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双葉署の管轄8町村

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双葉署管内の窃盗認知件数の推移

 東京電力福島第一原発事故で原則立ち入りが禁止されている警戒区域内では、空き巣などの被害が続く。警察官のパトロールに17日、記者が同行した。

 午前11時 福島県警双葉署の横山芳幸巡査部長(33)と松本守男巡査長(40)が乗るパトカーは川内村側から警戒区域の富岡町に入った。

 民家の前の車に男性がいる。「今日はお一人で?」。横山巡査部長が声をかけた。「息子と2人だ。4年前に家建てたばっかなのに、やんなっちまう」。一時帰宅中の賀沢敏男さん(66)。町の警戒区域の一部が4月にも解除される可能性がある。「春から自由に出入りできるようになると、また空き巣が増えるんじゃないか」と心配した。

 午前11時50分 富岡漁港近くの草地。四隅にタイヤがついた鉄の塊に、クリスマスツリーや花束が添えられている。震災で殉職した同僚署員2人が乗っていたパトカーだ。「2人ともたばこが好きだった」。松本巡査長が2本のたばこを花束のそばに置いた。

 午後0時15分 漁港そばのホテル。1階窓にベニヤ板が張られている。震災後、数回にわたり盗難などの被害に遭った。「中にはもう何もないのになんで狙われるのか」。横山巡査部長が首をかしげた。1月上旬にオーナーが戻った時、館内にリュックを背負った男がいて、逃げたという。

 午後1時 第一原発の西8キロの大熊町。防護服、ゴム手袋にマスク姿の警察官8人が誘導棒を手に検問を始めた。

 軽乗用車が停車した。「立ち入り許可証と免許証、見せてもらっていいですか」。警察官の1人は、示された立ち入り許可証の番号などを無線で本部に照会した。許可証を偽造して警戒区域に不正に立ち入った例も発覚しているためだ。トランクを開け、スペアタイヤの保管場所も調べた。

 男性は原発内で働く作業員。「1Fですか、2Fですか?」。福島第一原発、同第二原発のどちらが仕事場か尋ねた。語り口は柔らかだが、矢継ぎ早の質問。「道が凍ってますから注意して下さい」と送り出した。

 男性に記者が話を聞いた。警戒区域でこれまで5、6回職務質問や検問を受けた。「ひと気がないけど昼も夜もパトカーはしょっちゅう見る。もう日常になったんで特別なことじゃないですよ」

 1時間半の検問の間に通ったのは11台。すべて検査し、不審な点はなかった。

 午後2時半 住宅街の2階建て民家。この日の一時帰宅で住人が空き巣被害に気づいて、県警に連絡した。玄関前のタイルのすき間から草が伸びている。ドアガラスの鍵の部分が割れていた。台所に置いてあった現金がなくなっているという。「新しい家や大きめの家が狙われる」。横山巡査部長が教えてくれた。「こんな状況下の捜査の前例なんて世界でもないでしょう。どんな方法がいいのか、考えながらです」

 2人はいったん警戒区域外の駐在所に移動した。

 午後9時35分 大熊町の国道6号脇で黒い塊が草を倒していた。約3時間前、乗用車と衝突し、死んだ牛だ。近くに止まった車は左前部が大破している。男性にけがはなかった。

 警戒区域での牛と車の衝突はこの日の2件を含め19件。他の物損と人身を合わせた事故約30件に迫る数だ。

 「私らにとっては今は迷惑でしかないんですけど、農家には家族同然の存在だったはず。複雑です」。そう話す横山巡査部長の脇を車が猛スピードで通り過ぎ、路面に散っていたライトの破片をはね上げた。真っ暗な道で黒の牛は見つけにくい。「あんな速度ではよけられねぇ」。松本巡査長がつぶやいた。

 午後10時 富岡町の住宅街。無人のコンビニエンスストアの駐車場にパトカーを止めた。街灯と点滅する信号だけが薄く明かりを放つ。前照灯を消し、運転席の計器類の光を帽子や画板で隠す。車内の2人が息をひそめる。聞こえるのは、2キロほど離れた太平洋の波のわずかな音だけだ。

 地点を決めて一定時間監視する「駐留警戒」。本来ほとんど車が通るはずのない県道で、不審な車や人がいないか目をこらし続けた。(小寺陽一郎)

■「侵入盗」800件 前年の13倍

 福島県の双葉郡8町村(約2万4千世帯)を管轄し、警戒区域の大半を受け持つ双葉署管内で昨年1年間に被害届が出た窃盗は920件。そのうち住宅などの建物に入る「侵入盗」が804件で前年の約13倍。うち空き巣は594件で、単純計算で約40軒に1軒が被害に遭ったことになる。

 コンビニエンスストアなどの現金自動出入機(ATM)も狙われ、被害は現金だけで数億円。家電、貴金属、農機具なども盗まれている。届けないケースや、家財が散乱し被害に気づかない例もあって実際の被害はもっと多いとみられる。

 昨年4月の警戒区域設定後、県警は幹線道路に検問所を設け、脇道にもバリケードを設置。県警は、出入りが容易だった区域設定前の犯行が相当数を占め、昨年5月に始まった住民の一時帰宅に伴って届け出が増えたとみる一方、被害は続いているとしている。

 同署管内の事件で逮捕されたのは4グループ8人(公表分)にとどまる。住民の避難で目撃証言がない▽防犯カメラが停電で作動しない▽被害者の立ち会いが難しく、実況見分が犯行の数カ月後で証拠が散逸――などの困難な事情がある。

 現場に残されたたばこの吸い殻や飲料などが手がかりになる。遺留品から採取したDNA型から容疑者が判明し、3人を逮捕したケースもある。

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