重大な刑事裁判の1審で導入された裁判員制度の下で、控訴審判決はどうあるべきか。最高裁が裁判員裁判の判断を原則的に尊重すべきだとの方向性を初めて打ち出した。
争われていたのは覚醒剤密輸事件である。被告は覚醒剤約1キロの入った缶を成田空港に持ち込んだとして起訴された。
被告は一貫して「知人から預かっただけで中身は知らなかった」と主張。1審・千葉地裁の裁判員裁判は、被告の弁解をさまざまに検討したうえで「信用できなくもない」として無罪とした。一方、東京高裁は「被告の弁解は信用しがたい。1審は証拠の評価を誤った」として逆転有罪を言い渡していた。
最高裁は「控訴審で1審の判断を覆すためには、論理則や経験則に照らして事実認定が不合理であることを具体的に示す必要がある」との考え方を示した。その上で「1審のような見方も否定できない。高裁判決は1審の不合理な点を十分に示していない」と指摘した。
また、最高裁は、控訴審の役割について、1審の認定に誤りがないかをチェックする「事後審」に徹するべきだとくぎを刺した。
改めて確認しておきたいのは、裁判員裁判は、決して市民だけで判決内容を決めるものではないということだ。裁判官も3人入り、裁判員6人と共同して結論を出す。素人には難しい法律解釈を含め、「プロの目」は当然、判決に反映される。そうした前提に立てば、今回の最高裁の判断は妥当だと言えるだろう。
もともと、裁判員裁判を1審に限って導入した際、控訴審のあり方は議論になった。量刑も含め1審の判断が控訴審で次々に覆されることになれば、「健全な市民感覚の反映」という目的も、かけ声倒れになりかねないからだ。
最終的に制度導入に際して、控訴審の判断に枠ははめなかった。ただし、最高裁司法研修所はかつて研究報告で「国民の視点や感覚、社会常識が反映された判断を尊重すべきだ」として、1審判決の破棄は例外的だとの見解を示していた。最高裁判決は、そうした考え方を改めて明確化したと言える。
ただし、硬直的に考えるのは禁物だ。今回の判決では触れられていないが、控訴審の裁判官は、1審の有罪を破棄して無罪を言い渡す必要がある場合、ためらうべきではないだろう。「疑わしきは罰せず」は、より大切な刑事裁判の原則だからだ。
調書裁判を脱し、法廷に出された直接の証拠や証人の尋問などを通じ、結論を導くのが裁判員裁判だ。検察も、より説得力のある立証が求められることを肝に銘じたい。
毎日新聞 2012年2月17日 東京朝刊