携帯電話基地局が発する電磁波で健康被害が生じているとして、延岡市大貫町の住民が携帯電話会社のKDDI(東京)に操業差し止めを求めている訴訟が15日、宮崎地裁延岡支部(太田敬司裁判長)で結審した。携帯電話基地局による健康被害を理由にした訴訟は全国初。判決は10月17日に言い渡される。【石田宗久、荒木勲】
■体調不良訴え
「頭の中でキーンと金属音がする」--。
原告団長で税理士の岡田澄太さん(63)は06年秋、携帯電話基地が自宅兼事務所から約40メートル離れたマンション3階屋上で操業を始めてからの不調をこう表現する。近所を散歩中、妻が初めてこの症状を訴えた時、岡田さんは何も感じず「気のせいだ」とたしなめた。しかしまもなく、岡田さんも同じ症状を感じるようになったという。県立延岡病院で受診したが、原因は不明。周辺住民も耳鳴りや頭痛などを訴えていることが分かり、岡田さんはなるべく電磁波を遠ざけようと07年1月、自宅のみを約4キロ離れた場所に移した。
住民の求めで市が健康調査を実施。岡田夫妻らはその後、北里大(東京)の病院で「電磁波による愁訴の可能性が高い」と言われた。KDDIと話し合いを重ねたが解決せず、住民19世帯30人が原告に名を連ねて09年12月に提訴した。
■因果関係は?
訴訟を通じて昨年5月、裁判長らが現地を検分。電磁波問題に詳しいとされる荻野晃也・電磁波環境研究所所長、北里大の医師らが原告側証人として、尋問に応じた。これに対し、被告のKDDIは、基地局から発する電波の強度について「人体に悪影響を及ぼさないよう国が定めた電波防護指針値を下回っている」と主張。「症状を電波が引き起こしているという因果関係はない」と請求の棄却を求めている。
携帯電話や基地局が発する電磁波と健康の関係は世界的な関心事だが、世界保健機関(WHO)の公式見解は「明確な診断基準がなく、症状が電磁界ばく露と関連する科学的根拠はない」。電磁過敏症に対して「診断方法は確立されていない」と懐疑的な医師もいる。一方で、WHO付属の国際がん研究機関(IARC)は昨年5月、携帯電話の電磁波に「発がん性を持つ可能性」を指摘した。
総務省によると、全国の携帯電話基地局は25万7470カ所(昨年末現在)。電波環境課は「指針値は世界基準に基づく。その範囲内で運用されていれば、健康被害があるとは考えていない」という。
この日の最終弁論で、岡田さんは「自分の家でゆっくりと団らんの時を持ちたいだけ」と訴えた。日常では自身も携帯電話を持ち、イヤホンをつけて体から離して使い、その便利さは認めているという。判決は8カ月後。原告団の徳田靖之弁護士は「裁判長は軽々に判断せず、真剣に見極めるつもりだろう。勝訴すれば結果が及ぼす全国的な影響は大きい」と話す。
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■ことば
空間や金属などの導体に電気の力が働いて発生する電流や電界の波。テレビやラジオの電波や太陽光、放射線などの総称で、周波数により性質は異なる。強い電波は生物には刺激・熱作用を与えるが、その強さを示す電力密度は発生源から離れると弱くなる。国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が国際的なガイドラインを作成。国は電波防護指針に基づき、無線局に基準順守を義務づけている。
毎日新聞 2012年2月16日 地方版