首都直下地震を想定し、東京駅西側の「行幸(ぎょうこう)通り地下通路」で17日夕から18日朝、帰宅困難者を受け入れる社会実験が実施された。地上でみぞれが降る中、記者も含め会社員や学生ら38人が参加し、通路で一夜を明かした。
17日午後6時過ぎ、公募に応じた参加者が通路に集まり始めた。気温は15度。「これなら眠れそうだ」と思ったが、日付が変わるころには10度まで下がった。近くの階段から地上の冷たい空気が吹き抜け、手がかじかむ。用意されたカイロに思わず手が伸びる。
実験は地震発生から3日目を想定して行われた。都心では停電がまだ続き、交通機関もまひしている状態だ。近くの会社に勤める松本高徳さん(32)は「寒いけど、地震が起きてみんなが一斉に帰宅を始めるとパニックになる。段階的に家に帰らないと」と、体をさすりながら話した。
首都圏地図がホワイトボードに張り出され、運転を再開した鉄道の路線がペンで色づけされていく。新しい情報が加わるたびに、運営スタッフが「帰れる方はいらっしゃいますか?」と呼びかける。
「夕食」は段ボールに入った保存食。袋にペットボトルの水を注いで1時間待つと、白飯が出来上がった。「おいしいけど、温かければ精神的に楽なのに」と豊島区の団体職員、平川祥子さん(29)。首都直下地震が迫っていると最近ニュースで知ったが、実感がわかないため「体験して心の準備を」と参加したという。
午前1時ごろ、通路の照明が消えた。ストローで5分ほど息を吹き込むと敷布団のようになるマットに横たわり、配られた毛布にくるまる。足が冷え切って眠れず、もだえているうちに通路の照明がついた。隣の男性は午前4時ごろからずっと「寒い、寒い」とつぶやいている。これが3日も続いているのかと考えるだけで暗い気持ちになった。
しかし課題は寒さだけではない。大学院生、田中里奈さん(24)は「本当に地震が起きたら、誰が物資を用意し、現場を仕切るのか」。防災に詳しいジャーナリストの森野美徳さんは「地下は津波や豪雨で浸水する恐れもある」と指摘した。
実験を主催した「東京駅周辺安全安心推進協議会」代表の高橋洋二・日大教授は「駅周辺における組織やルールづくりを考えてもらうきっかけになれば」と話す。駅周辺で誰が帰宅困難者に対応するのかはまだはっきりしないが、自治体が普段通りに機能しないことは東日本大震災で明らかになった。民間の力が必要なのは間違いない。【池田知広】
首都圏の帰宅困難者は東日本大震災で約515万人、首都直下地震では約650万人になると推計される。国や自治体は企業にも食料の備蓄や避難場所の確保など協力を呼び掛けるが、企業側からは「どこまで負担すればいいのか」との声も漏れる。内閣府の調査では、帰宅困難者受け入れに積極的な企業は1割にも満たない。
調査は昨年10~11月に実施、首都圏の739社が回答した。首都直下地震発生時の帰宅困難者への対応について「自社の施設内に詰めかけた際、元々施設内にいた人と同様の対応を取る」と答えた企業が65%(480社)あったものの、「積極的に受け入れる」は6・4%(47社)どまり。「受け入れない」も14・5%(107社)あった。「不特定多数の人を入れると、管理上問題があると考える企業も多い」(東京商工会議所)のが実態だ。
東京都千代田区は3月に実施する帰宅困難者訓練に企業の参加を呼び掛けたところ、手を挙げたのはOA機器専門商社「大塚商会」1社だった。同社の富樫敬・総務課長は「帰宅困難者をどのように受け入れるべきか、考えるきっかけにしたい」と話す。
同区は民間と受け入れに関する協定を結び始めているが、担当者は「『善意で受け入れて余震でけがをしたら、誰の責任になるのか』などと、二の足を踏む企業も多い」と悩む。別の区では、協定を結んだホテルから「地震でなく電車が止まっただけで人が押し寄せたりすると困る」と公表を拒まれたという。
帰宅困難者を巡っては、東京都が民間の役割も盛り込んだ条例の準備を進めているほか、政府も法改正で対策を強化し、大規模駅周辺でオフィスビルや駅のコンコースに避難場所を確保し、避難経路をバリアフリー化することなどを進める。商社や銀行など67の会員で防災対策に取り組む「東京駅周辺安全安心隣組」事務局の守茂昭さん(56)は「一部の企業に負担が集中しないためには、『おたくもやるなら、うちもやる』という、あうんの呼吸で連携するしかない。できない企業を責めないという合意形成も必要だ」と話している。【樋岡徹也、池田知広】
毎日新聞 2012年2月18日 11時43分(最終更新 2月18日 11時48分)