東京電力福島第一原発事故により放射性物質検査、風評被害対策などの支出を強いられている県、市町村の東電への賠償請求が進まず、財政運営は危機に陥っている。東日本大震災、原発事故から11カ月が過ぎた11日現在、請求に踏み切ったのは川俣町のみだ。賠償を受けることができる対象が不明確なため、多くの自治体が請求額を算定できずにいる。増え続ける出費に、関係者からは「従来の住民サービスにも影響しかねない」との声が漏れる。
■追い打ち
原発事故対策の各種事業を自主財源で支出する市町村は全県に及ぶ。財政運営が逼迫(ひっぱく)する中、個人・法人市町村民税など税収減が追い打ちを掛ける。
「大きな災害があった場合、市民サービスに影響が出るのではないか」。本宮市の担当者は原発事故対策によって市の予算が圧迫されていく現状に不安を抱く。市は内部被ばくを測定するホールボディーカウンター1台を約3500万円で独自に購入した。
国の補助で補填(ほてん)されるかどうかは不透明で、財政状況を改善させるためにも東電に賠償請求を検討する。しかし、請求条件などの明確な基準がなく、準備に手間取っている。
桑折町も放射能対策の経費を捻出するため、太陽光発電を導入した家庭に対する補助制度を中止したほか、消防団の施設整備を先送りする影響が出た。
県内自治体の賠償請求をまとめて行うべきとの要望も上がるが、県原子力損害対策課は「原発事故による被害が続く中、足並みをそろえるのは難しい面もある」と分析する。
■足踏み
計画的避難区域に一部が設定された川俣町は昨年9月、原発事故が発生した昨年3月から8月までの学校の除染経費など一億円超の賠償を東電に求めた。しかし、今も支払いはなく、協議が続いている状況だ。賠償請求後、国から交付税措置で補填されるケースがあり、賠償への影響は不透明だ。担当者は状況の変化に戸惑う。
一方、他の自治体は文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会の指針に明確な請求の基準がないため、足踏みしている状況だ。県は下水道の汚泥処理や保管に掛かった経費などの支払いを求める予定。ただ、他の事業はどれが請求の対象となるのか把握しきれていない。県財政課の担当者は複雑な胸の内を明かす。「基準があいまい過ぎる。賠償されるという確証がなければ、請求はちゅうちょせざるを得ない」
■200件余
賠償請求すべき事業が多岐にわたり、請求額の確定などに時間がかかるという課題もある。
福島市は昨年分の損害を請求することにしたが、各課からの申告件数は200余に上った。食品の安全検査、公共施設手数料の減収分、原発事故対応で増えた職員の残業代などの人件費...。「件数が多く、東電の審査が長期化するのではないか」と懸念する。
警戒区域を抱える南相馬市は賠償請求の方針を打ち出している。しかし、公共施設の損害が東日本大震災で受けた被害か、原発事故による避難で管理できずに老朽化したものか、判断がつかないケースがあり、請求手続きの壁になっている。
【背景】
文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は昨年8月、都道府県や市町村が原発事故で受けた損害については「被害者支援のために立て替え払いした場合、賠償の対象となる」とする方針を示した。また、「自治体の所有する財物価値の減少、民間事業者と同じ立場で行う事業の損害も対象となる」とした。一方で、税収の減少は対象に含めなかった。
【自治体賠償手続き】人手不足で手つかず 避難者支援が最優先
東京電力福島第一原発事故の市町村の賠償請求は、避難によって行政機能を移転した町村でも進んでいない。避難者の支援が最優先となるため、賠償まで手が回っていないのが現状だという。
■ジレンマ
原発事故で行政機能を移転した双葉郡の自治体には、帰還に向けた避難住民への支援など独自の行政サービスが求められている。東電への賠償請求で財源を確保したいのが本音だ。
郡山市に役場機能を置く富岡町。職員は連日、避難住民の支援に追われ、賠償請求手続きは手つかずだ。一方で、避難区域内の町役場や各種公共施設の借地料に加え、県内3カ所の出張所設置経費という「二重の支払い」が財政を圧迫しており、賠償請求をいち早く行いたいという、もどかしさを抱える。滝沢一美総務課長は「仮払いを求めたい状況だ」と漏らす。
■基準作れない
平成11年に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故で、科学技術庁(当時)の原子力損害調査研究会の委員として賠償範囲の基準作りに携わった中所克博弁護士(東京)は水道、下水道、病院事業など民間事業者と同様の立場で行っている事業に加え、住民の健康検査費用や住居確保費用などは賠償請求の対象として想定できるとしている。
税収の減少分の損害賠償は文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会の指針で認められていないことについて、「租税の徴収権など権力的な行為の範囲で生じた損害を賠償の対象とすべきどうかは法律の専門家の間でも意見が分かれており、請求しても簡単に答えが出ないはず」と自治体賠償の基準作りの難しさを強調した。
ただ、県内自治体には税金の減収分が賠償範囲に含まれていないことへの不満が大きく、県は支払いの対象とするよう東電に求めていく。
一方、原子力損害賠償紛争審査会事務局は「示した指針が漠然としているのは事実」とあいまいさを認める。「行政機関の賠償は多岐にわたる。基準を明示するとそれ以外の賠償について東電が対象外と判断する恐れもある」と基準策定に審査会も慎重にならざるを得ない状況を説明する。