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2012年 2月29日記念LAS小説短編 今日は逆プロポーズの日!
※アイルランドでの飲酒は18歳から許可されています。(2012年現在)
※日本国内では20歳の誕生日の前日24時(誕生日当日0時)まで飲酒は法律で禁止されています。
※法律はその人の国籍よりも現地法が優先されます。(アメリカでは20歳の日本人でも飲酒は禁止です)



<アイルランド ダブリン郊外 パブ『matáin』>

2020年2月29日、今年20歳の誕生日を迎えるシンジとアスカ、レイ達の3人の元チルドレンは成人のお祝いとして、ゲンドウにアイルランド旅行に招待される事になった。
大人になった息子と酒を酌み交わすのは父親の夢だと前から聞いていたシンジは、親孝行の気持ちもあってゲンドウの申し出を受けた。
しかしどうしてゲンドウが外国に来てまで酒を一緒に飲みたいと言い出したのか、シンジは少し疑問に思った。
シンジ達が入ったパブは、アイルランドの大都市ダブリンから離れた静かな場所にあった。
店内に足を踏み入れたシンジは、まず店の中央に置かれた大型のスクリーンに目を引かれた。
その大型スクリーンにはサッカーの試合の様子が映し出され、客達は観戦をしている。
シンジ達は店の中央から離れた店内の隅の一角に案内された。
ゲンドウとリツコ、加持とミサトはカウンター席に座り、ゲンドウ達の近くの2人掛けの隣り合ったテーブル席にシンジとアスカ、カヲルとレイがそれぞれ別れて座った。

「それじゃ、シンジ君とアスカ、レイと渚君の成人を祝って乾杯!」

ネルフの宴会部長を務めているミサトが音頭を取り、シンジ達はビールに口を付けた。
ミサトは言うまでもなく、アスカまでジョッキに注がれたビールを飲み干したのを見てシンジは目を丸くする。

「もしかして、アスカってビールを飲み慣れてる?」
「ドイツに居る時、ミサトに勧められて、少しね」

ドイツでも16歳未満の公共の場での飲酒は法律禁止されているので、こっそりミサトの買って来たビールを分けて貰っていたのだと、アスカはごまかし笑いを浮かべた。

「ドイツ支部に居た頃のアスカはね、大人達と肩を並べようと背伸びをしてストレスをため込んでいたから、リラックスさせてあげていたのよ」
「だからって、ビールを飲ませ無くても」
「でもアスカは、日本に来てからビールを飲む事が無くなったのよ。きっと誰かさんのおかげで毎日の生活が楽しくなったからじゃない?」
「ミ、ミサト!」

笑顔でウインクしてミサトがシンジに言うと、アスカは顔を赤らめた。
シンジも穏やかな笑顔を浮かべると、

「そうだよね、友達になってくれた洞木さんやトウジ達には感謝しないとね」

とつぶやいた。
するとミサト達は驚いた後、あきれた表情になって大きなため息を吐き出す。

「シンジ君ってば、相当な鈍感なんだから。アスカは今まで良く我慢して来れたわね」
「ええ、だからアタシもこんな手段を取るしかなかったのよ」

ミサトが同情するようにアスカの肩に手を置いた。
シンジは訳が分からず不思議そうな顔でミサトとアスカの方を眺めた。
そしてアスカはシンジの目をじっと見つめてゆっくりと話し始める。

「シンジ、アンタがエヴァに乗って使徒を倒す事しか考えられなかった、アタシの暗い生き方に光を差してくれたのよ」
「アスカ……」

シンジも胸を熱くしてアスカの瞳を見つめ返した。

「碇君は私にも笑顔を教えてくれたわ」
「僕に生きる価値を与えてくれたのさ」
「もう、レイと渚の気持ちは分かってるけど、空気を読んでよ」

レイとカヲルが割り込むと、アスカは顔をふくれさせた。
そんなアスカをなだめるように、シンジは優しくアスカに声を掛ける。

「だけど感謝するのは僕の方だよ、アスカの明るさに助けられているんだから」
「アタシの方こそ、シンジと一緒に過ごす毎日がアタシを輝かせているって、気が付いている?」
「うん、アスカが僕に気があるかもしれないって思ったから、あの時告白したんだけど……」

今から4年前、アスカがドイツ支部からの帰還要請を断って、日本で暮らし続ける事をアスカは希望した。
さらにシンジと同じ高校に進学し、葛城家での同居を続けるアスカの姿を見て、シンジは勇気を出してアスカに告白し、アスカは受け入れたのだ。

「アタシ達、付き合い始めてもう4年になるのよ。それにもう今年でアタシ達も20歳、そろそろ潮時なんじゃないの?」
「でもまだ僕は大学生だし、そんなに急がなくても……」

アスカに迫られたシンジが目を反らして下を向くと、アスカはお代わりのビールをグッと飲み干して、シンジに向かって訴えかける。

「シンジ、これからアタシを離さないって言って、アタシを安心させてよ!」
「おおっ、アスカのプロポーズね」

するとミサトが歓声を上げた。
そして加持もゆっくりとシンジに向かって話し掛ける。

「今日は2月29日。アイルランドの伝統では4年に1回、女性から男性へのプロポーズが許された日だ。そして男性は女性からのプロポーズを受けなければならないとされている」
「じゃあ、父さんが僕達をアイルランド旅行に誘ったのはもしかして、アスカのプロポーズのため?」

シンジはアスカが告白は男性の方からするものだ、と14歳の頃からずっと言っていたのを知っていた。
だから勇気を出して自分の方から告白した。
しかしプロポーズはしてなかったのだ。

「ふっ、お前も年貢の納め時だ」

サングラスを掛けているため分かり難いが、きっとゲンドウの目はニヤついているだろう。

「あなた達、父子(おやこ)は優柔不断なんだから、女性を待たせてばかりなんだから」
「ははっ、碇司令もシンジ君の事を言えませんな」

リツコのぼやきを聞いて加持がゲンドウに声を掛けると、ミサトはジト目で加持を見つめる。

「加持、あんたの方がひどいじゃないの。10年近くも、あたしを待たせるんだから」
「仕方無いだろう、あの時は俺もお前も、セカンドインパクトへの復讐に目が曇っていたんだ」
「私も人の手で神を創るなどと言う野心にとりつかれ、君達を含めて多くの人間を不幸にしてしまった」

ゲンドウが頭を下げて謝ると、加持とミサトは揃って首を横に振る。

「もう良いんです、自分を責めるのはお止め下さい」
「父の件は悲しい事ですが、司令はネルフに残って償いをされています、どうかリツコと幸せになって下さい」
「私も母と同じく少なからずゼーレに加担してしまいました。ですから、これからもゲンドウさんの側で償いをさせて頂きますわ」
「加持君、葛城君、リツコ君……!」

加持達の言葉を聞いたゲンドウは、感極まって流した嬉し涙をハンカチで拭いた。

「赤木博士も充分償いをなされていると思います、私も赤木博士の尽力のおかげで何度も命を救われました」
「僕もリリンとしての命を得る事が出来て、赤木博士には感謝しているよ」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」

レイとカヲルに感謝されて、リツコはお礼を返した。
サードインパクトが起きてしまった後、リツコは生き返ったレイとカヲルを使徒から普通の人間へと遺伝子を組み替える手術をしたのだった。

「じゃあ今日は、皆のこれからの幸せを願って、飲みましょう!」
「おいおい、もうかなり飲んでいるじゃないか」
「あたしにとってビールは水みたいな物よ、本物のお酒はこっち」

ミサトは笑顔で加持に答えて、世界でも3本の指に入るほど、アルコール度の高い酒が入ったグラスを手に取った。

「加持さん、もし男性が女性のプロポーズを断ったらどうなるんですか?」

シンジがそう尋ねると、ミサトは口に含んだ酒を思いっきり噴き出した。
アスカも持っていたジョッキを倒してしまった。
ゲンドウがウェイトレスを呼び、シンジは貸してもらった布巾(ふきん)でテーブルをふいた。

「断った場合には罰金刑にされたらしい。でも、お詫びとしてドレスを買うぐらいで済まされたようだな」
「まさかシンジ君、アスカのプロポーズを断るつもりなの?」
「うん、アスカからのプロポーズは断るよ」

ミサトの質問にシンジが答えると、真っ青な顔をしたアスカはふらりと倒れそうになった。
見守っていたゲンドウ達の空気も凍りついた。
しかし、倒れそうになったアスカの体をシンジがしっかりと抱き止める。

「アスカ、僕の方からプロポーズさせてよ。……今まで待たせてゴメン、婚約しよう」
「あんたバカァ!?」

驚いたアスカは大声でそう言い放った後、顔を真っ赤にしてうつむき、小声でシンジの耳に「いいわよ」とささやいた。

「ありがとう、アスカ」
「ふう、どうなる事かと思ったけど、これにて一件落着ね」

ミサトはホッとした表情でため息をついた。

「私もここでプロポーズをして、カヲル君に断ってもらえばドレスを買ってもらえるのかしら」
「そんな回りくどい事をしなくても、直接ドレスが欲しいっておねだりすれば良いのよ、ねえ渚君?」
「そうですね」

レイの言葉にツッコミを入れたリツコの言葉にカヲルが答えると、シンジ達も笑い声を上げた。
その後、シンジ達はお酒を飲みながら大型スクリーンのサッカー観戦、ステージのライブ演奏などを楽しんだ。

「アスカ、ちょっと飲み過ぎじゃない?」

ミサトと同じぐらいのペースで飲んでいるアスカが心配になったシンジは、アスカを止めようと声を掛けた。

「うるさいわね、これもシンジが悪いのよ」
「えっ、僕が?」
「シンジがアタシのプロポーズを断るなんて、意地悪を言うから……」

アスカはそう言うと、手で顔を覆って泣き始めてしまった。

「ゴメン、アスカ、泣き止んでよ……」

シンジは席を立ってアスカに駆け寄り、困った顔でアスカの頭を胸に抱き寄せた。

「あーっ、シンちゃんってば、泣いているアスカも可愛くていいな、なんて思っているでしょう」
「そ、そんな事……」

ミサトに指摘されたシンジは言い返す事が出来ず語尾を濁した。
シンジはアスカにお酒を飲ませるのは悪い事じゃないな、と内心思い始めた。
抱いたアスカに胸一杯の幸せを感じていたからだ。



<第三新東京市 ショッピングモール>

旅行から戻ったシンジとアスカは、第三新東京市にあるショッピングモールへと出掛けた。
買い物を楽しんでいるのはアスカで、シンジは山のような荷物を持たされている。

「アスカ、買い過ぎじゃないかな?」
「ドレス以外にも何でも買ってあげるって言ってくれたのはシンジじゃない」
「僕はさっぱり記憶にないんだけど」
「そう? じゃあもう一度S-DATを再生して聞いてみる?」
「いや、もう良いよ」

旅行先のホテルでアスカにS-DATを聴かされたシンジは驚いた。
S-DATには、おねだりするアスカに対して、何でも「買ってあげる」と答える酔ったシンジの声が録音されていたのだ。
自分も酔っていたアスカにそんな知恵が回るわけもなく、面白がったミサトの仕業らしい。
ミサトもその後アルコール度数の高い酒に手を出してしまったようで、もう少しシンジと酒を酌み交わしたい気持ちもあったゲンドウは少し寂しがっていたと加持から聞いていた。

「参ったな、婚約指輪をプレゼントするつもりでお金を貯めていたのに」

シンジは買い物に夢中になっているアスカの後ろ姿を見て、苦笑した。
しかしアスカがシンジにプロポーズをしてくれて、シンジは助かったと思った。
もう逃げないと心に誓っていたシンジだが、アスカとの婚約からは逃げていたのだ。
自分が大学を卒業して社会人になり、自信が付いてからアスカにプロポーズをしようと言い訳をしていた。
だがアスカが望んでいた時期とはズレがあった。
このままアスカが待ち切れずに自分の元を離れてしまったら、自分は後悔してしまっていただろう。

「今までアスカの不安に気付いてあげられなくてゴメン、でもこれからはずっと側に居るから」

シンジは小さくつぶやいた後、笑顔で自分に向かって手を振るアスカの元へと近づいた。
自分達を引き合せてくれたエヴァンゲリオンと、引き止めてくれた4年に1度のうるう日の奇跡に感謝しながら。
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