ゲーム評「STEEL」 −メレテ・タナト−
現実態というのは、その当の事態が可能態において、我々の言うような仕方
においてでなしに、なにかの内に存属していることである。ところで、我々が
何者かを可能態においてであるというのは、例えば木材のうちにヘルメスの像が
あるといわれ、あるいは線の全体のうちにその半分があるというがごときである。
のみならずまた、現に研究活動中でない者でも、研究する能のある者であれば、
その者をも我々は学者であるという。それに対して、現実態においてあるというのは、
まさにそれら木材に刻まれたヘルメス像、線の半分や現に研究活動中の学者である。
(アリストテレス「形而上学」)
アンビエントは、何かを行っている状態を指す言葉だ。
(STEEL)
今回は、ソフトハウスGravitonの処女作「STEEL」をご紹介。
このゲーム、実はかな〜り前にクリアしてたんですけど…
その…このゲーム、物語の基盤がアリストテレスの著書「形而上学」
に準拠していて、それはプレイしてすぐ分かったんですよ。
ギリシア哲学はかなり好きで、「アリストテレス」とかも読んで
いましたから…ただし………その………ゲームをクリアした時点で、
私はアリストテレスの「形而上学」をまだ未読だった………。
無学でスミマセン………(号泣)
なので、こりゃ、「形而上学」をちゃんと読むまで何も語れないな
と云うことで、ゲーム評書くのは寝かしておいたのですが、
つい先日、「形而上学」をちゃんと読みましたので、
本ゲーム評を発表の運びとなった訳です。
本作は、オン(在る)の構成要素(文法的抽象範疇)
「ポソン、ポイオン、プロスティ、ポイエイン、パスケイン、プー、ポテ」
の特色を持った抽象的力を、アニマ(霊魂)と呼ばれる物理的な力
として世界に発現できる異能力者達が、それぞれ殺しあう物語で、
その様相はいかにもギリシア風味の、全てが滅び去ってゆく
悲劇的展開として、描かれて行きます。
思いきり簡単に云うと、抽象的概念を現実の事象と
意図的に混線させてある世界が本作舞台になっている。
本作「STEEL」は物理的事象と心理学と存在論を繋げていて、
ユングの集合的無意識、普遍的無意識の層の意識を
自己意識とは分裂した意識(アニマ)として顕在意識化すること
によって、そのアニマが物理的な影響力を持つことが
出来るという発想、これは意識のレイヤーと存在する世界のレイヤー
が本作の中では繋げてあって、構成要素の認識を自己意識
から分裂させる(本作におけるアニマは明らかに構成要素的意)
ことによって、異能力者達は構成要素の一部を失い、それによって
存在する世界より根源的な高位(メタ)のレベルから
物理的な干渉力を引っ張り出せるという設定になっているよう
なのですが、ただ…このゲーム、あまりに説明不足過ぎますよ。
いきなり、ストイケイアとして、ポソン、ポイオン、プロスティ、
ポイエイン、パスケイン、プー、ポテが…みたいな台詞が出てくる
のはあまりに不親切過ぎると思うのですが…。
ギリシア哲学を知らない人には、この作品は全く意味不明なものに
しかならないし、知っていても、やはり説明不足過ぎて、なんとも…
私が先に上げたのも、かなり推定的な私的解釈に過ぎません。
本作は、ストーリーに深く関わってくるアニマと呼ばれる異能力の
ことについて、きちんとした説明がほとんどないんですね。
物語のあちらこちらに謎掛けのようなギリシア哲学のタームが
散りばめられていて、それをもって恣意的に解釈するしかない。
結局のところ、ギリシア哲学の謎掛けめいたターム部分を除けば、
謎の力持つ能力者達が、謎の力の破壊的作用に翻弄されながら
殺し合い、死んで行く。なぜこのような力があるのか、全ては謎である…
みたいな感じですし、ギリシア哲学の謎めいたタームもいかようにも
解釈のしようがあるあまりに曖昧な形でしか提示されないのですね。
一応、私の解釈では、人格が破綻するほどのトラウマ(精神外傷)が
このアニマと云う能力を発現させるのですが、トラウマを受けた人間は
世界に対する認識に、内面からの構成要素的傷が現われて、その
構成要素的欠如に対して、外界にも影響力を持つことが出来る(例えば、
トラウマにより内面でのポテ=時間に傷があると、外界の時間に影響を
与えられる)と云うことになっているようですね…。
で、このアニマと云う能力は、自己意識とは別の分裂した意識、
トラウマによって与えられる二重人格的意識を持ち、そのアニマが
アニマを発現させた人間を破滅的運命に導いてゆくというのが、
本作の根幹的物語であり、このパターンが何度も何度も反復されます。
あと、本作は意識は全て繋がっている、意識こそが、存在を
超える更なるメタ世界への扉なのだ!!みたいな感じで、意識の
浮かぶ海(存在を超える上位世界)で人々がみんな繋がっていて、
その世界の一を高度な根源に達した意識は移動できる、
つまり輪廻転生とかがある世界なのですね。
ただ、こういったことも、断片的にしか語られず、その上、
非常に重要なシナリオ展開の前提となっていたりするので、
なんというか、全く訳の分からない展開が多い感じですね…。
本作は色んな設定を詰め込み過ぎて、それを消化できて
おらず、物語がパンクしているように感じますね。
これなら、単純に異能力者同士が戦闘すると云う少年ジャンプ的
なありがちな話の方が完成度が高かったのではと思いますね。
バトルシーンは極めて良く描けていて、好感が持てます。
また、悲劇的展開も、悲劇自体は、私は好みなのですが…。
そういった物語展開の前提となる設定が、存在論・心理学・神学・形而上学
的観念が物理的事象として発現する色々なものの階層がごちゃ混ぜになった
訳の分からない原則で動いている世界観で、なおかつその世界観について、
ほとんど説明が為されないので、プレイヤーとしては訳分かりませんと云う感じで…。
私的には結構面白かったんですよ。例えば、主人公が構成要素の認識が
部分的に欠如した世界を、パラレルワールドとして捉えるんだけど、実際は
全く違う、つまり一なる世界を別の認識で捉えることで、別のものとして
感じているんだ、とか、こういった思索ゲームみたいな展開は私好みですね。
だいたい、異世界物の作品って、結局のところ、私達の存在する世界と
同じ”存在する世界”を舞台にしていて、それは異世界と名乗っても、
結局私たちにとっての外国の話とかと何も変わらない訳でして…。
本作においては、世界の階層が違うと云うのがメイン・モティーフ、つまり、
実体、量、性質づけ、関係、場所、時、状況、所持、能動、受動と云った、
存在の前提の欠如した世界とかを異世界と呼んでいて、これはまさに
本当の意味での異世界であると思いましたね。こういったところは好感。
で、トラウマによって、欠如が生まれ、それが存在の前提が欠如した
より土台的な高次世界への道を開くと云うのも、なかなか面白い発想。
個々の発想を見ていけば、なかなかに
面白いアイデアが詰めこまれた作品なんですよ。
だけど、断片的なアイデアに個々光るものは多々あれど、
それをきちんと物語のそれぞれの繋がりとして意味付け
する行為が作品内で全く行われていない為、結局のところ、
意味ありげなタームばかりを乱発する意味不明作になっている…。
特にラストは正直酷い。今までの存在論議はなんだったんだと
思わせる最後の最後、これには残念に思いましたね…。
根源としての神をあのように(人間的に)捉えることは、
それこそアリストテレスの戒めたことですよ。
本作は「エクソダス・ギルティー」と云う作品と非常に似たパターンですね。
個々のアイデアに良いものあり、物語も階層を異とする様々な基礎
土台をそれぞれ思っても観なかったような視点から繋げることで、
センス・オブ・ワンダーの感覚を出そうとする、だが、あまりにも
物語の組み立て自体が杜撰で、結局、失敗作になってしまうパターン…。
私はギリシア哲学は好きだし、本作も結構面白がってプレイできた
のですが、よくよく思えば、そういったことに興味のない方には、
単に”訳の分からないゲーム”以外の何物でもないかも知れません…。
そうですね…。アリストテレスの「形而上学」を読んで、おお、
この本(形而上学)はなんと面白いんだ!!(^^)/
と思えた人なら、プレイしてみてもいいかも知れません。
あと、シナリオが意味不明でも、迫力あるバトルシーンと
萌える女の子との悲劇的展開があれば、そんなことは
全然気にしないよ〜、と云う人向きかな…。
本作はシナリオ全体を見れば失敗作と云えど、
エクソダス・ギルティーと同じく、個々光るアイデアや
展開はあり、私的にはかなり面白かったのですが、
万人向きとは云えない作品であると思います。
ギリシア哲学が好き、もしくはエクソダス・ギルティーが
好き(光るところのある失敗作が好き)と云う人なら、
本作をやってみても良いのではないでしょうか――
参考作品(amazon)
アリストテレス「形而上学 上巻」