高くついた反アップル戦略NTTドコモで通信障害続出の真相/町田 徹
現代ビジネス 2月14日(火)7時5分配信
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〔PHOTO〕gettyimages |
現在までのところ、この問題の原因として定説になっているのは、スマートフォンの急普及に伴う通信トラフィックの増加ペースの予測が甘く、設備の増強が間に合わなかったというものだ。
しかし、この問題には、それだけが原因とは言い切れない、別の本質的な問題が存在しているのではないだろうか。
今から2年ほど前に、新興勢力に過ぎなかったソフトバンクモバイルに、タブレット端末のiPadの独占販売権などを譲渡されたことに強く反発して、ドコモが米IT業界の巨人アップルと全面対決に踏み切った問題である。
パナソニックやNECなど「ドコモ・ファミリー」と呼ばれる盟友関係にあった日本の携帯電話メーカーがそろって弱体化を続ける中で、新たな戦いの基盤になる携帯OSもプラットホームも持たないまま、ドコモが孤独な厳しい戦いに乗り出したことの代償が、予想外に大きかったと言わざるを得ない。
そこで、今回は、ドコモが挑んだビジネス戦争の知られざる一端をレポートしておきたい。
関西地方で音声通話ができなくなるトラブルが発生した---。
NTTドコモは今月7日、昨春から、8度目になる通信障害の発生を公表した。同社は1月25日にも、東京の都心で携帯電話が繋がりにくくなるトラブルを起こしており、最大で252万人程度に迷惑をかけた可能性があるという。翌26日には、総務省から早急な再発防止策の提出を求められる事態になっていた。
そもそもNTTドコモと言えば、誰もが認める携帯電話業界のガリバーだ。2012年3月期の業績予想をみると、日本企業として最大の4740億円の純利益を稼ぎ出す見通し。稼ぎで親会社のNTTを上回る孝行息子ぶりも健在である。
サービスの内容についても、これまでは、割高感が拭えない半面、「通信ができないエリアは狭いし、音質もクリアーだ、他と比べて、通話がブツブツ途絶えることもほとんどない」と品質が優れているとのイメージが強かった。
現在までのところ、アナリストなどの間では、「先行した高速ネットワーク・サービス、離陸し始めたスマートフォン販売と移動通信サービスの高度利用、パケット収益増加に向けた準備は着々と進展中と判断する」(大和証券CM金融証券研究所)と通信障害の影響を軽微と見る向きが少なくないようだ。
とはいえ、相次ぐ通信障害が災いしたのか、電気通信事業者協会によると、1月の携帯電話の純増数(新規契約から解約を引いた件数)はわずか8万5800件と、ソフトバンクモバイル、KDDIの後塵を拝して3位に転落した。3位転落は、昨年10月、11月に続く事態である。
それゆえ、「今後の挽回次第」と前置きしつつも、「まさに強みであったネットワーク面で問題が頻発したことで、ドコモと契約しておく意味がなくなったと判断、利用者が他社に流れ出すリスクは小さいとは言えない」(総務省中堅幹部)とみる専門家も存在する。
そこで注目したいのが、このような事態が起きた本当の原因だ。
NTTグループでは、筆者の取材に対して「基本的には、スマートフォンなどによる通信量の急増。急増ピッチを低く、甘く見積もったということだと思います」と説明している。
おそらく、こうした説明を受けてのことだろう。新聞各紙の報道を見ても「甘いインフラ想定」「ネット技術者不足」「iモードが足かせ」(いずれも2月5日付日本経済新聞)といった解説記事が溢れている。
こうした説明や報道をハナから否定する気は毛頭ない。もちろん、そういう問題も背景には存在するだろう。
ただ、経済ジャーナリズムとしては、そうした現象面だけではなく、なぜ、スマートフォンの急普及の影響に対する見積もりが甘くなったのか、なぜ、そうした事態に備えて、地道に技術者を育成していなかったのかといった問題の底流に、さらに本質的な問題が存在していることを指摘しておく必要があるはずだ。
というのは、過去2年あまりの間、ドコモの経営判断には、短期的なビジネス上の損得勘定を超えて、ある会社に対して、目にモノ見せずにはおかないとでも言わんばかりの鬼気迫る競争意識が見て取れたからだ。
ドコモがそうした意識を抱いていた会社とは、iPod、iPhone、iPadを立て続けに大ヒット商品に育て上げて、ライバル企業に出資して貰うという経営破たんの危機から一転、世界一のスマートフォンメーカーに躍り出た米アップル社だ。
実は、2010年5月、ドコモがアップルに対して激しく反発する"事件"があった。それまで主流だったノート型パソコンに代わって、タブレット端末の全盛時代の扉を開いたアップルのiPadの発売開始が、その事件である。
同年1月、アップルは、iPadの発売を発表、その際にiPadのSIMロックを解除し、どこの携帯電話会社の回線でもiPadを接続できるようにするとしていた。ところが、5月の発売時には、一方的に方針を覆し、日本市場向けのiPadをソフトバンクモバイル仕様に一本化してしまった。
NTTドコモはこの4ヵ月の間に、山田隆持社長がトップ自らiPadにネットワークを開放する意向を繰り返し表明していたため、赤っ恥をかかされる格好となったのだ。
このため、当時のドコモは、表舞台で、自社ユーザーのために、イー・アクセスなどに遅れをとりながらも、Wifiを介して同社ネットワークにiPadを接続できるサービスを急きょ整える一方、水面下では、なりふり構わず、マイクロソフト、グーグル、サムソンなどに対してコストに糸目を付けずに「ドコモ版のiPad」とでも言うべき専用タブレット端末の開発を強く要請、早期のタブレット端末の投入に並々ならぬ意欲を見せていた。
さらに言えば、打診を受けた各社が、ドコモのアップルに対する怒りの大きさに驚きを隠さなかったのだ。
関係者の一人は、「それまでドコモにとって、アップルはそれほど意識するような会社ではなかった」と当時を振り返る。
というのは、携帯音楽端末のiPodで成功を収めていたものの、2008年投入のiPhone 3Gは前評判ほど売れ行きが伸びず、ドコモの関心の外にあったからだ。むしろ、ドコモにとっては、ドコモ版のブラックベリーの早期投入の方が重要なスマートフォン戦略となっていた。
しかし、その後は、バージョンアップのたびに存在感を増すiPhone の取り扱いをアップルに打診して、その度に袖にされたうえ、iPadでは赤っ恥をかかされる結果になった。ここに至って、ドコモは、国内最強の携帯電話会社のプライドを大きく傷つけられた。もちろん、電電公社の無線部門として、世界の通信技術開発をリードしてきたことへの自負もあっただろう。そして、徹底的にアップルと対抗していく方向に、ドコモは舵を切ったのだった。
だが、2012年3月期の最終損益の予想で、パナソニックが7800億円、シャープが2900億円、ソニーが2200億円、NECが1000億円と、各社がそろって巨額の赤字に陥るとみられていることでも明らかなように、日本の携帯電話メーカーは携帯電話のグローバル競争で完璧な敗退を喫している。残念ながら、かつて強固な連携で知られたドコモ・ファミリーを含めて、アップルと闘ううえで頼りになるパートナーが、現状では国内に存在しないのだ。
国際競争力の熟成という観点からは、巨人化しつつあったアップルに対して競争を挑むドコモの積極性や、自ら研究開発を続けようという志の高さはおおいに評価したいところだ。規模と成長を期待できるのに、リスクを嫌って、海外市場に進出しなかった日本の家電メーカーなどと対照的な勇気のある戦略と断言してよいだろう。
しかし、問題もあった。
スマートフォン向けの携帯OSに関して、アップルのiOSに対抗できるものが、グーグルのアンドロイドぐらいしかなく、これがドコモにとって予想外の大きな負担になったのだ。
というのは、アンドロイドは「html5」という開発言語を用いるインターネットベースのOSで、グーグルは携帯電話メーカーや携帯電話会社がアンドロイドをある程度カスタマイズすることは認めているものの、グーグル自身がカスタマイズに協力することはまずないからだ。
しかも、ドコモが日本最強と言っても、中国やインドといった巨大な新興国市場の携帯電話会社と異なり、ガラパゴスと揶揄される小規模市場しか持たないドコモ向けのカスタマイズなど、グーグルにとって採算に乗らないことであり、無駄な手間にしか映らないという。
加えて、ドコモは、音声携帯電話時代に大成功を収めたビジネスモデルと決別する覚悟が十分ではなかった。アンドロイドとは互換性のないSPメール(スマホ版のiモード)、ワンセグテレビの視聴機能、おサイフケータイ機能などをスマホに移植することに固執してしまったのである。
同グループは、それらの移植に拘った理由を「以前から使っていた機能がなくなったと利用者に不満を持たれることは、絶対に避けたかった」と説明している。
それだけではないだろう。グーグルがアンドロイド端末の顧客管理をグーグルIDを軸にしたプラットホームで行っているのに対して、SPメールはドコモの顧客管理プラットホームの根幹をなすものだ。それゆえ、SPメールをなんとか搭載しておきたいという事情が存在したはずである。しかし、そのSPメールの管理機能をつかさどる部分の容量不足が、一連の通信障害の原因のひとつになったのは、皮肉としか言いようがない。
ましてや、ワンセグやおサイフケータイなどの機能まで移植する必要が本当にあったかどうか、その点には疑問が残る。
ドコモ・ファミリーの各社からは、「採算が合わず世界市場に投入できないカスタマイズに追われた」との悲鳴も聞こえてくる。ドコモも、ドコモ・ファミリーも、乏しい技術者を、益の少ないカスタマイズに割かされた感は否めない。公にはしたがらないが、メーカー各社は、経営の弱体化に拍車がかかる問題に直面していたのだ。
結果として、ドコモのスマホは、ファミリー企業のものではなく、カスタマイズに熱心でない韓国のサムソン製や、欧州メーカーとソニーの合弁だったソニーエリクソン製が主力商品になるという皮肉な現象も生じた。
ドコモは、スマホの急成長に伴う通信容量の急増の見積もりを誤ったとしている。それ自体は事実なのだろう。
が、その一方で、スマホの成長・成功を演出するため、多額の販売奨励金や割賦販売によって、音声電話からスマホへの乗り換えを促進した営業戦略は適切だったと言い切れるかどうかは疑問である。
ライバル他社の2倍を超えるというスマホユーザーの2000万契約は、そうした営業戦略の賜物であり、その膨れ上がったユーザーのトラフィック(通信)が深刻な通信障害を引き起こす原因のひとつになっていたからだ。
最後に触れておきたいのは、ドコモだけでなく、最近になって通信障害が頻繁に起きるリスクが露呈したKDDIと、アップルへの依存度が高いソフトバンクモバイル、携帯電話メーカーを含めて、日本企業は今後、戦略的に活用できる自前の携帯電話OSを保有していないという問題だ。
これでは、アップルやグーグルといった米国企業が携帯OSのバージョンを変えるたびに、日本の携帯電話会社、メーカー、そしてユーザーが米国企業のリスクを転嫁され、検証させられる宿命を背負い込むことになる。
この問題は10年以上前から繰り返し指摘されながら、抜本策がとられないまま、いたずらに歳月が経ってしまった。
今こそ政策的な支援も含めて、世界市場で一定の市場シェアを取れるアプリケーションやハードウェアを開発し、八方塞の状況の打開に繋げる必要があるのではないだろうか。すぐに携帯OSを開発することは無理でも、周辺分野で世界的なシェアを確保して、OSの設計や品質向上に関与する方策を確保しなければ、通信障害が永久に繰り返されるのではないだろうか。
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最終更新:2月14日(火)7時5分