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社説:武道必修化 柔道は延期すべきだ

 武道必修化への不安が急速に広がっている。学習指導要領が改定され、4月から中学1、2年の体育の授業で実施される。原則として柔道、剣道、相撲が対象で6割ほどの学校が柔道を選択するとみられる。

 直視しなければならない数字がある。中学と高校での柔道事故で昨年度までの28年間に114人の子どもが命を落とし、275人が重度の障害を負った。部活動中の事故が授業中を上回る。授業中が少ないのは動きが激しくなく時間も短いためで安全なわけではない。東海・北陸7県の中学で昨年度に起きた事故を分析すると、頭や首を負傷する割合は授業中が部活動中の2.4倍だった。必修化では男子に比べて運動経験の少ない女子も全員が対象となることを考慮しなければならない。

 現場で指導にあたる体育の先生も不安を募らせる。大学時代に武道を履修しなかった先生は少なくない。各地の教育委員会は柔道未経験者を対象に地元の柔道連盟などと連携して講習会を開催している。だが、複数の県で、わずか数日間の講習で初段(黒帯)を認定してきた実態が明らかになっている。

 全日本柔道連盟が13年度から導入する公認指導者資格制度は学校の先生について「現場の実情を考慮し、条件付きで資格を認める例外措置」を設ける。規定された講習を受けていなくても資格認定するということだ。初段程度の先生が中学生の柔道指導にあたるのは若葉マークをつけた初心者ドライバーが自動車教習所の教官を務めるのと似ていないか。

 文部科学省の対応からは焦りが伝わってくる。学校でのスポーツ事故を分析して事故防止の安全対策を検討する有識者会議を設置したのは昨年8月。今年度内に柔道の安全指針をまとめる予定だが、現場に周知徹底する時間が圧倒的に足りない。泥縄の対応にもかかわらず、奥村展三副文科相は8日の会見で「見送りはできない」と予定通りの実施を明言した。子どもたちの命を預かっているという覚悟はあるのだろうか。

 日本の3倍近い競技人口を持つフランスでは近年、重大な事故が起きていない。柔道指導者は国家資格で、380時間以上の研修が義務づけられている。19歳以下が競技人口の75%を占めるだけに安全対策は最重要課題なのだ。柔道の本家が頭を下げ、学ぶべきことは少なくない。

 柔道が危険なのではない。医学的知見を欠いた経験頼りの指導と、事故が起きても原因究明がなされず、再発防止策もとられないという環境こそが問題なのだ。まずは必修化を延期したうえで、部活動も含めて国民が納得できる安全確保の仕組みを構築しなければならない。

毎日新聞 2012年2月12日 2時30分

 

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