展示する銅版画は、18世紀イギリスで活躍したWilliam Hogarthウィリアム・ホガース(1697-1764)の作品の中で、日本でも名前を知られているものや、代表的と考えられるものから選ばれています。 広重を日本人がよく知っているように、ホガースはイギリス人によく知られている作者です。美術史上は、それまでヨーロッパ大陸から輸入される絵画一辺倒であったイギリスで、イギリス人の筆による美術作品を主張する「イギリス派」の中心人物です。彼は社会諷刺を画題に大胆に取り入れ、人物画、とくに顔の瞬間的表情を鋭く捉える油絵画家として著名ですが、彼の名と作品が庶民の中に滲透したのは、世相を鋭く諷刺した油絵とともに、銅版画を作成し、安く大量に売り出したことにあるように思われます。 ホガースは版画の発売を新聞に広告したり、購入予約券を発行したり、現在で言うマーケティングの苦心をしています。発売価格は小型の画の場合6ペンス、有名な「ビール街」や「ジン横町」はそれぞれ1シリング、大型のものは2シリング半程度でした。職人の日給が当時1シリングから2シリング程度でしたから、版画は日給1日分にほぼ相当します。この値段なら庶民にも容易に買えた筈です。 あるいはジン酒のこわさに託して下層民の生活の退廃ぶりを画き、あるいは人々の眼にまばゆく映る社会的成功者を絵画物語にして、勤勉誠実こそ人間の生き方として王道だと説教するかと思えば、大衆娯楽の闘鶏を貴族の胴元として画き、また上流階級の堕落や選挙の腐敗振りを暴く。こうした数々の作品は、社会派庶民を喜ばせたに違いありません。日本の現在も如何にと思われる諷刺の内容です。18世紀のイギリス社会と思想を知るうえで、ロンドンの庶民生活を知り尽し、社会批判の目を持ったホガースが掘り込んだ1枚の版画が、時に万巻の書物にも勝る情報を提供しています。 この展示の元来の趣旨は、本物のホガースを学生諸君に見てもらいたいということにあります。最近ホガースに人気が出てきているようで、図書や我執が何種類かありインターネットで閲覧できるものもありますが、そうした媒体には限度があり、実物とは比べようもありません。離れて眺めるもよし、額に額を擦り付けて細部を見るもよし、見方にはいろいろあるでしょう。 展示の版画には、刷りの良いもの、悪いもの、刷りの初期のもの、原版を彫り改めたものなどあり、また例外的にホガースの彫版でないものも含まれていますが、芸術品としてよりは、社会批判の作品として、ホガースを読み取っていただきたいと思います。 |