粉雪の舞う夜、仕事で遅くなり、ともに支局に残っていた若い記者2人と熱いラーメンでも食べて帰ろうかと。タウン誌で見て印象に残っていた、古びれた福井市東郊のキムチラーメンの店があります。せっかくの機会なので、ちょっと足を伸ばしてみることにしました。
ガラスの引き戸にキムチラーメンとだけ赤い字で書きつけた、殺風景な店構え。やや身構えて中へ入ると、ハルモニ(おばあさん)が韓国語なまりの元気な声で、「いらっしゃいませ」と迎えてくれました。メニューには、プルコギ(韓国の焼肉料理)、チヂミ(あちらのお好み焼き)、キムチなどと。繁華街でもない場所で、思いがけなく本場の味にたどりつけたことがうれしく、少々腰を落ち着けたくなりました。まずは、キムチとビールを注文!
飲みながら、店の来歴を聞いてみると、もともとは福井東消防署のあたりで屋台を引いていたそうです。韓国・釜山の出身ということですが、福井市生まれの在日韓国人の夫と知り合ってやってきた当初は、ひどく貧しかったそうです。この北国の冷え込む夜中、背におぶった幼子を包むものもなく、ガソリンスタンドのタイヤにかけてあったビニールシートを拝借して羽織ったそうです。
やがてお金をため、今の店を20年ほど前にもったそうですが、夫と死別。しんみりとして、「私が女らしい性格やったら、とてもじゃなかったけどおー(福井弁風)」。一転してアハハと豪快に笑いながら、「こんなんやから、なんとかがんばってきました」と話してくれました。
そこへ高校生の頃から通ってきているという中年の常連客が入ってきました。ハルモニが、用意していたチヂミとキムチを持たせて帰らせます。なんでも、この人がラミネート加工を施した店のメニューをプレゼントしてくれた御礼だそうです。ハルモニがメニューを胸に抱きしめて言います。「私はこれを一生、大事にするわ」
ハルモニは日本語が書けません。その人は店のメニューを書いてくれたり、品ぞろえのアドバイスをしたり、会社の同僚を連れて来たりと、親身になって店のことを考えてくれるそうです。
「娘も店のことをあれこれ言うけどな、私はオモニ(お母さん)の店や言うて口出しはさせん。でもな、お客さんの言うことは別や。それだけ、私のことを思ってくれているということやもの。ありがたいです」
韓国の親戚とは縁を切ったそうです。キムチ作りには、韓国の唐辛子が欠かせなくて送ってもらっていたのですが、長年、18キロ分を送ったと言うので信じて代金を払っていたのに、実はいつも13キロしかなかったことが、後で分かりました。別に手間賃の1万円を送金しており、どうしても許せなかったそうです。
「いろいろあったんや。それでも日本語もわからんかった私を、福井の人が支えてくれてやってこられた。本当に本当に、感謝しているんです」
福井はいいところだなと、私も思いました。寒いけれども、温かい。そうそう、最後にはちゃんとキムチラーメンを食べて帰りました。【福井支局長 戸田栄】
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毎日新聞 2012年2月10日 地方版