和歌山県立医大の医局が、医師派遣先の病院から現金を受け取ったり、医局秘書らの給与を肩代わりさせていたことが、毎日新聞の報道で明らかになった。
医局と関連病院の不明朗な関係は10年ほど前から各地で問題化してきた。それが、いまだに根絶されない背景には地方の医師不足という現実がある。厚生労働省は、医師不足の病院に医局を介さず医師を派遣する制度を導入したが、これに抵抗する医局もあるという。医局の閉鎖的体質を変えなければ、新たな取り組みも根付かないのでは、と危惧する。
和歌山県立医大では、人工透析を担当する「腎臓内科・血液浄化センター」の元教授(64)が02~05年、二つの関連病院から盆暮れに計290万円の現金を受け取っていたことが判明。さらに、11年まで十数年以上、医局秘書や研究補助員の給与を複数の関連病院が肩代わりしていたことなども明らかになった。
同医大は独立行政法人に移行した現在も県から毎年約40億円の交付金を受け、公的性格が強い機関だ。「ブラック・ジャックはどこにいる?」などの著書がある医師、南淵明宏さんは「医局に病院から渡る金は、元をたどれば国民が払った医療費。(その取り扱いには)公明正大な手続きが必要だ」と指摘する。
同様の不祥事は全国の国公立大で繰り返されてきた。奈良県立医大では00~01年、教授ら3人が医師派遣の見返りに病院から計3700万円を受け取ったとして逮捕された。北大や東北大などでも02~06年、関連病院から顧問料などをもらっていたことが発覚。文部科学省の調査では02~03年に、51大学が民間病院に医師の名義貸しをして報酬を得ていたことが判明した。
そのたびに問題になったのは、研究費など自由に使える金が欲しい医局と、医局から医師派遣を受けないと成り立たない関連病院のもたれ合いの関係だ。和歌山県立医大の場合、県内唯一の医大だけに医局の影響力は絶大だった。
こうした構造が温存されてきた背景には、地方の医師不足がある。厚労省の「必要医師数実態調査」(10年6月)では、全国で働く医師数(約16万7000人)に対し、医療機関が必要と考える医師数は1.14倍で、約2万4000人が不足。和歌山県でも必要な医師数は現在の医師数(1812人)の1.15倍とされる。県内の病院幹部は「病院が大学の医局に資金提供するのは、医師を確保するためのコストだ」と話す。
地方の医師不足対策として厚労省は11年度、「地域医療支援センター」という事業を始めた。地域医療に従事する医師を支援し、医師不足の病院に医師を派遣する拠点づくりを促す制度で、センター設立のため今年度は15道府県に約5億5000万円を支出した。同省は「全国に拡大し、県境をまたいだ医師派遣も実現したい」と意気込む。
だが現場では、医師派遣を一手に担ってきた医局の抵抗もある。医師派遣の権限をセンターへ移すには、医局の協力が前提となる。和歌山県もセンターを設置したが、協力しない医局があるという。運営に関わる病院幹部は「教授は『一国一城のあるじ』という意識が強く、医局の壁は高い」と明かす。
改革の参考となるのが弘前大などの取り組みだ。
同大は02年の不祥事発覚を受け、医局を廃止し、医師派遣の人事権を医学部長らでつくる「地域医療対策委員会」に移した。北大や東北大は医局を残しつつ、医師派遣の窓口を学内で一本化し、透明化を図った。医師派遣を統一的に開かれた形で決める仕組みを整えれば、金銭が介在する余地はなくなり、センターとの連携もしやすくなる。
和歌山県立医大の元教授が自戒を込めて語った言葉が耳に残る。「医者の世界の常識は世間では非常識。そのギャップをなくし、透明化しないと、この世界に入る若い人がますます少なくなってしまう」。医大は不祥事防止のため、資金管理や医師派遣の制度見直しを始めた。医局のあり方を根本から改革し、住民が期待する地域医療の再生に踏み出してほしい。(大阪社会部)
医大や大学医学部の講座・診療科ごとに構成され、教授をトップに准教授や講師、助教、大学院生らが医局員として所属するピラミッド型の組織。教育、研究、診療の拠点になるほか、外部病院に医師を派遣する際の人事権も握ってきた。厚労省が04年度に導入した「臨床研修制度」で、新人医師が研修先を自由に選べるようになった結果、医局に所属しない医師も増え、都市部を中心に医局の影響力が低下したといわれる。
毎日新聞 2012年2月10日 0時01分