芥川賞作家・田中慎弥が語る受賞会見のこと、自分のこと「『働いたら、負け』ってそんなわけないでしょう」

[2012年02月09日]


芥川賞作家、田中慎弥。受賞会見の言動ばかりがクローズアップされるが、実際はどんな人物なのか。実像に迫った

あの“ふてぶてしい”芥川賞受賞会見で世間の話題をさらった田中慎弥氏。「照れ隠し」「礼儀がなってない」などさまざまな意見が飛び交ったが、その実像は? 田中氏にシンパシーを勝手に感じる20代、モテない男が、本人に会って確かめてみた。

***

■強い女性が好きです

――いきなりですが実は僕、石原慎太郎という人間が大嫌いでして。あの堅物さといい偏屈ぶりといい、いかにも老害という感じがして。都知事選で彼が再選したときも都民に怒りすら覚えたくらいでした。だから、田中さんのあの発言には少しスカッとしました。

田中 はあ。

――それで、僕の勝手な想像なんですけど、田中さんがあの会見で、石原さんを皮肉ったのは、彼が若い頃、反体制側にいた人で、それが今や保守の権化みたいになってしまったことに、ある種の失望感みたいなものがあるのかなという……。

田中 すごい解釈ですね。まあ、別にあの人が大嫌いというわけではないです。ただ、何かにつけて話題になる人でしょう? だから、何か言いたくなるんですよね。それを普通に言っただけです。

――お父さんみたいな感じですか?

田中 さすがに、それはないですよ。まあ、面白いですよね、石原さん。あんな人は二度と現れないんじゃないかって思いますよ。彼の若い頃はパワーがあって、それが年齢を重ねて老成して、味わい深いものになったのかというと、そうではなくて、ずっと若い頃の「石原慎太郎」を演じ続けなければならないっていう。何かに駆り立てられている感じがします。彼の晩年がどうなるのか、興味ありますね。政治家としてはあまり期待していませんが(笑)。

――では、あらためて、芥川賞受賞、おめでとうございます。5回目の候補で受賞とは、かなりの遠回りをしましたね。

田中 そうですね。落選したときのことはけっこう覚えていますよ。1回目のとき、まさか自分が芥川賞の候補になるとは思っていなかったので「これはひょっとしたら」とか思うわけですよ。下馬評によると、かなり厳しかったらしいですが、知りませんでしたし。落選を知らされたときはガックリきました。たぶん、あのときがいちばん期待していましたね。で、2回目、3回目と落ちると「あ、やっぱり自分はダメなのかな」と思うようになる。でも、いざ候補になると「もしかしたら」と気持ちが跳ね上がっちゃう。そしてそのたびに潰(つぶ)されてと。特に電話で“ゆっくり”落選を伝える人がいて、あれは少々きつかった。「え~~このたび~~田中さんの作品におきましては~~大変~~残念ではございますが~~」って。聞いているこっちが気の毒になりました。

――今回、芥川賞を受賞した『共喰い』をはじめ、田中さんの作品はたびたび「父と子」がテーマになります。田中さんが4歳の頃お父さんはお亡くなりになったそうですが、どんな方だったか覚えていますか?

田中 私自身にははっきりとした記憶はないのですが、母や周りから聞くところによると、割と優しくておおらかな人だったらしいですよ。私の母が産気づいて、病院に行かなきゃというときにも隣で麻雀をしていたという話を聞きました。まあ、「それはおおらかなのか?」と聞かれると、どうかな、という気がしますが。とにかく、そういう人だったそうです。

――『共喰い』に登場する父親は女性に対してひどい暴力を振るう男ですが……田中さんのお父さんとはかなり違いますね。

田中 父親の記憶がない私が書く父親像は、けっこうありがち。“強い”とか、“お金を持ってくる”とか、“暴力を振るう”とか。その大きな存在に対して子供が倒したり、折り合ったり、逃げたりする。

――もし、お父さんが生きていたならば、そういう小説にはならなかったかも。

田中 それはわかりません。私はずっと母親と一緒に暮らしてきましたが、『共喰い』に登場する母親は大変怖いというか、最後には暴力的になる。僕の母親は、そういう人ではありません。だから、父親がいるかいないかで、僕が書く父親が変わるかというと……それはない気がしますね。

――今、お母さんの話があったんですけど……田中さんは、やはりマザコンですか(笑)。僕はそうです。

田中 まあ、マザコンでしょうね。どう考えても。母親とずっと一緒に生きてきましたし。意識することはないですけど。

――では、好きな女性のタイプもお母さんみたいな人だったり。

田中 それはわからないんですけど、少なくとも私は強い女性が好きですね。ちゃんとしているというか。いかにも「女のコ」って感じの人はちょっとダメかな。私には「女性=強い」というイメージがあって、それを崩すような、ナヨッとしている人はダメです。女性は強くあってほしい。

――じゃあ、「私のこと、守ってほしい」って感じの女性は……。

田中 守れませんから(笑)。自分で自分も守れないのに。

――「強い女性」は男に対してかなりキツいことを言ったりしますよね……僕はそういう女性が好きなんですが。

田中 あ、それはイヤですね。やっぱりガーって言われたらヘコむでしょう? ヘコむのがいいんですか、あなたは?

――いや、まあ、僕は確かにMっけがあるみたいですが……。

田中 そうですか。まあ、私がイメージしていることと現実にいる「強い女性」はたいてい違うので、実際はどうだかわかりません。

――ここはちょっとツッコミます! 今までどんな女性と付き合ってきましたか!?

田中 それは言いたくないというか、言えるほどの遍歴がないので……。一応女性です。

――では好きなアイドルは!?

田中 松田聖子、小泉今日子、中森明菜とかいましたね。いや、特定の誰かというわけではないですが。

――好きなAV女優は!?

田中 AVはダメです。想像力を奪うから。

――合コンとかやったことありますか!?

田中 ないです。「出会い」をわざわざセッティングするなんて気持ち悪いじゃないですか。そんなふうに酒を飲むなんて何が面白いのか。全然わからないです。

■「芥川賞で終わり」とは言われたくない!

――芥川賞の受賞会見は新聞やテレビだけでなくネットでも話題になりました。そのなかで田中さんがニートだったとか働いたことがないということに、やたら食いつくネット民がいたりして、共感を呼んでいました。

田中 それについてはいろいろと思うことがあります。私は高校を卒業してから、働く気もなければ、勉強する気もなく、ズルズルと何もしなかったんですよね。母もそれに対してあきらめたのか何も言わなかったんですが、まあ相当な親不孝ですよ。ただ、本が好きで毎日読んでいました。その頃から「作家になれれば」って考えていましたけど「どうしても」というわけではなかった。

一方で「どこかで落とし前はつけないといけない」とは思っていました。だけど「じゃあ、バイトなり、就職活動なりをしろよ。働きながらでも作家は目指せるじゃないか」と言われると「それはヤダ」ってなる。この押し問答を続けながら結局、働かずにデビューまでの約15年間を過ごしました。

ただ、20歳の頃から、とにかく毎日、絶対欠かさず、何かを書きました。書けなくても書く。誰かの小説をノートに写すのでもいいから、書く。これだけは続けてきました。一日一回、机の前に座ればいいのだったら、それはできるだろうと。私の祖父が亡くなった、その葬式の日の合間にも書きましたよ。それはよくないことなんですが、「何があっても毎日書く」という覚悟があった。

――その結果、作家になって、芥川賞まで受賞したのですから、努力が実ったということですね。

田中 でも、「私みたいにすればいいですよ」とは言えません。ちゃんと大学に行って、学んで、就職する。そっちのほうが絶対いい。「働いたら、負け」という言葉がありますけど、そんなわけありません。そりゃ働くほうがいいに決まっています。芥川賞の受賞会見で、私が「働いたら、負け」と以前に言ったと記者に指摘されましたけど、そんなこと言ってません。主義として働かなかったのではなく、ただ私がそういう人間だったというだけなんです。

――田中さんは小説家という職業に就いています。書くことを“労働”と意識したことは?

田中 まったくないです。僕にとって「労働」は苦しいというか、ものすごく何かを我慢しなければならないというイメージがあります。書くということはものすごく大変で、「なんでこの一行が出てこないんだろう」と思うことはありますけど、それは苦痛ではありません。むしろ、私にとっては、ありがたい幸せなことです。

――今の若者はこの不況下で働き口を見つけるのも難しい状況です。その「働かない」という生き方に憧れる面もあると思います。

田中 まあ、法律の範囲内で好き勝手にやればいいんじゃないですかね。「落とし前」はいつか絶対つけなければならないけど、好き勝手にやっている以上、誰もそのやり方を教えてくれないので、そこは覚悟して。

人ができることなんて、最初から決まっています。だから、そのできる範囲だけは、ちゃんとやる、やり続ける。そしたら、どこかで“取っ掛かり”みたいなものを発見できるはずです。これは本当に、そう思います。

(撮影/佐賀章広)

田中慎弥(たなか・しんや)

1972年生まれ、山口県出身。2005年、『冷たい水の羊』で新潮新人賞を受賞し、デビュー。2008年に川端康成文学賞と三島由紀夫賞を受賞。パソコンや携帯電話は「必要ない」という理由で持たず、小説は鉛筆で執筆する。

『共喰い』(田中慎弥/集英社/定価1050円)
17歳の遠馬は、女を殴りながらセックスをする父親・円の血を引いている自分が、彼女である千種に父と同じように暴行してしまうかもしれないという不安がある。抑えてきた衝動は少しずつその姿を現し、遠馬は千種に暴力的なセックスを試そうとする。ふたりの関係は冷え込んだ。その一方で円の愛人・琴子は円の子を孕(はら)んだまま、彼のもとから逃げ出そうとする……。

写真でピックアップ

インタレストマッチ - 広告掲載について