県外から移り住んだ人は必ず口にする。「香川の運転マナーは最悪」と。苦言を実証するかのように、日本自動車連盟(JAF)四国本部が実施したマナー調査で、三年連続の四国最下位という不名誉な結果が出てしまった。追跡班がJAFと同じ定点で実地検証を試みたところ、暗黙の「香川ルール」を成立させる環境が整っていることが見えてきた。この惨状を県民性の一言で片づけていては解決の糸口は見えてこない。そこで各界の識者に聞いたところ、ユニークな分析と苦い良薬が返ってきた。香川の「代名詞」となった感もある劣悪運転マナーのなぞに迫る。
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一時停止を守らないと指摘されている高松市の琴電踏切。徐行で通過する車がほとんどだ=高松市福田町 |
高松市福田町の琴電踏切。瓦町に近い国道11号は交通量も多く、ひっきりなしに車が通過していく。道路交通法では「踏切一時停止」を義務づけている。が、きっちり止まる車は少ない。良くて徐行、大半のドライバーが申し訳程度にスピードを落として突っ切っていく。
一台が停止線できっちり止まった。すると、後続車がクラクションを鳴らす。鳴らされた方はたまったものではない。警報が鳴り始めると、さしかかった乗用車がアクセルを踏み込む。警報は「急げ」、遮断機が「止まれ」の合図なのかと錯覚してしまいそうだ。
定位置
香川の運転マナー実態を浮き彫りにする一つのデータが、日本自動車連盟(JAF)四国本部が毎年実施している交通マナー調査(表参照)。総合成績は順守率の高い順に高知(56・5%)、徳島(50・4%)、愛媛(38・8)、そして最下位が香川(30・0%)。これで三年連続の「定位置」である。
調査項目はトンネル内点灯、踏切一時停止、左折ウインカーの三つ。今年は四月九日の午前中、四県の十二地点で二百五十台ずつ調査した。交通量やトンネルの明るさ・長さ、電車の通過本数など、似通った条件の場所を選んでおり、香川は坂出市の金山トンネル、高松市の琴電福田町第四踏切、高松市の上天神交差点が調査定点。
項目別でみると、踏切一時停止では香川の低さ(4・0%)と徳島の高さ(51・6%)、トンネル内点灯で高知の高さ(75・6)%が群を抜いている。追跡班はこの各定点に出向き、JAFと同様の方式で順守率をリサーチしてみた。
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トンネル内の点灯率は高知が圧倒的に高い=高知市の新宇津野トンネル |
点灯率86%
まずは香川と徳島の踏切一時停止。高松市の琴電踏切の惨状は冒頭で紹介した通りだ。追跡班調べでもほとんどがスピードを落とすだけで、完全に停止したのは10%強。
徳島の定点はJR徳島駅に近い寺島本町の花畑踏切。交通量は多い。追跡班は二十一日の午前中に調査を行い、停止九十六台、徐行百三十七台、不停止十七台(順守率38・4%)という結果を得た。JAF調査(51・6%)には届かなかったものの、阿讃対決はどうやら完敗のようだ。
坂出市の金山トンネルは明るく、見通しがいいことも影響してか点灯している車は少なめ。追跡班が二十日に行った調査では点灯率は約45%で、JAFの調査とほぼ同じだった。付近一帯は県警が自ちょう気味に「金山高速」と呼ぶスピード違反の名所。この日もご多分に漏れず、何台もの車がビュンビュンと駆け抜けていった。
一方、高知の定点は市街地から桂浜方面に抜けるルートにある新宇津野トンネル。高知市街へ向かう上りは片側二車線、明るさもまずまずだ。
二十二日午前中の追跡班の調査結果は、二百五十台中、点灯が二百十五台、非点灯はわずか三十五台。順守率は驚異的な86%だ。香川の金山トンネルとくっきり明暗が分かれてしまった。
高知市内のタクシー運転手は「高知がそんなにマナーがいいとは思わないけどな…」と調査結果にやや懐疑的。だが、トンネル内の点灯については「そりゃ、つけるでしょ。条件反射みたいなもんです」と即答。86%の高率もうなずける。
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赤信号をものともせずに右折を強行する車が目立つ=高松市天神前 |
お構いなし
このほかにも指摘される劣悪マナーは多い。たとえば駐車場などから出て右折したい時、歩道の手前で待つのが定石だ。しかし、香川ではいきなり出ていって手前の車線を封鎖し、右折のタイミングを待つ車が目立つ。高松市内の転勤族の公務員男性は「あれは初めて見た。香川恐るべしだね」とあきれ顔で語る。
交差点でもマナーの悪さは目立つ。高松市中央公園の南にある中央通りの天神前交差点。交通量はもちろん、横断歩道を渡る歩行者や自転車の数もかなり多く、日中はいつでも混雑している。
中央通りの第三車線には右折を待つ車がずらりと並ぶ。信号が黄色から赤に変わると同時に菊池寛通りへ次々と右折していく。四台、五台…。歩行者が横断歩道を渡り始めてもお構いなし。れっきとした信号無視。
そこのけそこのけ車が通る―。思わず目を覆いたくなる光景が今日も繰り返されている。
なぜ香川の交通マナーは悪いのか?。興味深い問題だが、いまだに説得力のある解答はない。未解決の難問を解くため、学者、作家、財界人らの有識者に理由を分析してもらうことにした。
その前提として、香川人の思考、行動パターンの“源泉”となる県民性をまとめると…。
県民性を示す典型的な言葉が「へらこい」。利にさとく、抜け目なく立ち回り、合理的で、自己防衛が強いといった様を意味している。
さらに温暖で風光明美な土地に育ち、「箱庭的気質」が強い。人のまねをしたがる「讃岐の猿まね」という言葉もある。
「ちょっとこば」説
神戸出身で香川在住のミステリー作家山崎秀雄さんは讃岐弁の“ちょっとこば”を持ち出した。県民には「ちょっとだけなら許される」との甘えがあり、マナーの悪さが重大事故につながる認識は薄いと分析する。踏切で一時停止しないのも事故はあり得ないと甘く見るためで、自分の利益には目先が利く気質の表れでもあるとみる。
「幼児性」説
香川大教育学部の岩月謙司教授は「授業参観でお母さんの私語のうるささに驚いた」経験から、香川人の幼児性を説く。幼児性が高いほど「自分は一人前」と誤った思い込みが生じるため、他人への思いやりの欠如や危機意識の低下につながるという論理。讃岐ロードは大人の顔をした幼児であふれているわけで、運転マナーも当然つたなくなるはずだ。
「讃岐時間」説
接遇講習やマナー教室の講師を務める荒井孝子さん=高松市=は時間感覚の乏しさを挙げる。定刻に遅れるのが当たり前の讃岐人。しかし、早く移動するための道具である車に乗ると、少しでも早くしないと損をするとばかり運転が荒くなる。そして段々と習慣化し、他のドライバーにも伝染してしまうという。
「サービス精神欠如」説
交通安全教育に詳しい高松大経営学部の正岡利朗助教授は「サービス精神の欠如」を主張する。観光でも日常生活でもサービス精神に欠けているのが香川の印象と指摘。他人を喜ばせ、気を利かせるサービス精神なくして、良好な交通マナーが望めるはずもない。
「自虐性による助長」説
インターネットをのぞくと、運転マナーの悪さが話題に上る県は香川だけでない。そこで、正岡助教授は県民の自虐性に着目する。「うちの○○は最低」と自ちょうするのが好きな独特の自虐趣味が、運転マナーの悪い評判を助長している面もあるとにらむ。
「道交法が香川ルールにそぐわない」説
日銀の田中克高松支店長は「全国一律の道路交通法が香川に合わない」と言い切る。香川では踏切で一時停止せず、ウインカーをぎりぎりに出すのがルールで、その方が合理的だと多くの県民の理解がある。ただし県外から来た人には、慣れている道交法と違うため悪い運転のように映ってしまうという。香川を味方するようで、逆説的に「順法精神」の欠落を批判していて、県民にとっては耳が痛い。
◇
こんな見方もある。
歩き遍路を今春に体験した中原育代さん=高松市=は「香川人は悪いマナーを見過ごす変な意味の寛大さがあり、糾弾するほど熱くもなれない。お互いさまという気持ちが働くのでは」と自戒を込めて指摘する。
運転マナーを向上するにはどうしたらいいか?にも知恵を拝借したかったが、各人とも解決策は難しいと頭を痛ませる。どうやら染みついた県民性をあらためるのは並大抵でないようだ。
山崎さんは「無事故・無違反には駐車場料金や保険料を安くする特典をつけては」と、香川人の利にさとい性格に訴える作戦を提言する。あつかいにくい県民性は逆手に利用してやるのが一番ということか。
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追跡班が訴えたいことは、中国の亡命者連行事件で何かと話題の「自虐主義」ではなく、事実を真剣に受け止め、行動に移すことの大切さ。真の大人としての良識を見つめ直すことだ。
そもそも、マナーというのは道の譲り合いなどのことだ。踏切の一時不停止、トンネルでの非点灯、ウインカーを出さないなどの行為はれっきとした道路交通法違反。ゴールド免許が証明するのは「無事故無違反」というより、「無事故無摘発」にすぎないことを肝に銘じるべきだろう。
データは正直だ。人口十万人あたりの交通事故死者数で、毎年ワースト近くに顔を出す常連さんの香川。しかも、ここ二年は連続で全国ワースト一位を“怪”走中。むろん車両側に全責任があるわけではないが、交通事故の大半はドライバーのルール違反から発生する。
識者は「幼児性の表れ」と指弾した。ルールを守らずに「みんなやっている」と開き直る大人たち。その姿を見ながら育った子供たちが大人になり、ハンドルを握る。
「劣悪運転マナー先進県」という汚名は一日も早く返上したい。私たち一人ひとりの意識改革にかかっている。
福岡茂樹、黒島一樹、岩部芳樹が担当しました。
(2002年5月26日四国新聞掲載) |