ウオッチング・メディア

「放射能いじめ」に傷つく親子

福島に帰れない生活で高まる孤立感と無力感

upperline
previous page
6

 南相馬市では小学生は制服だった。こちらは私服だ。指定の道具も全部違う。夜になって「お母さん、明日、給食着入れがいるんだけど」「音楽バッグがいるんだけど」「国語ノートが」「裁縫道具」「名札」と言い出せば、そのたびに右往左往する。どこに買いに行けばいいのか分からない。市役所の避難者相談窓口は5時で終わりだ。翌朝、子供の登校前に何とかするしかない。途方に暮れる。そんなストレスが、次から次へと襲いかかってきて、心の休まる時がない。「普通に生活していれば何てことないもの」が突然牙をむく。

 そんな神経を張り詰めた生活をしていると「小さな無神経」が大きくこたえる。例えば、小3の息子の授業で「P市のお祭りについて書いてみましょう」と宿題が出る。もちろん、避難してきた木下さん一家は群馬県P市のお祭りを知らない。福島からの避難者がクラスにいると教師は知っているのに、何でわざわざそんな宿題を。

 教師に悪気はないのかもしれない。単なる「うっかり」なのかもしれない。聞くとすぐに「福島のお祭りでいいです」と訂正したから、きっとそうなのだろう。

 しかしそんな時、木下さんは重い孤立感と無力感を感じるのだ。

向こうに戻れば友達もいるし病院も知っている

 木下さんの話は続いた。

 家族の連絡用に携帯電話を増やしたら、携帯代金が月1万円から4万円に増えた。福島では灯油で暖房をしていたので月3000円だったのに、こちらはガス代が8000円だ。

 2時間の話の間に「もう、疲れちゃった」という言葉を何回聞いただろう。

 「どうにかして帰れるようにしてちょうだいよ、もう」

 木下さんは誰に言うでもなくひとりごとを言って、弱々しく笑った。

 「向こうに戻れば、相談する友達だってたくさんいるし、病院も知ってるんだから」

 お迎えの時間になった。もう行かなくてはいけない。私は東京から持参したブルーベリータルトの箱を手渡した。木下さんは深々と頭を下げ、律儀にドリンクバー代230円をテーブルに置いて、駆け足で去った。

 私はしばらくテーブルに座ったまま呆けていた。あまりの問題の多さに、頭が混乱した。なぜこの人がこんなにつらい目に遭わなくてはいけないのか、どうしても理解を超えていた。

 東京に戻る東武鉄道の中で、木下さんからメールが来た。

 今日は話を聞いてもらってありがとうございました。あのあと、親子3人でブルーベリータルトをまるごと全部食べました。おいしかったです。

 そう書かれていた。

(登場人物は仮名です)

previous page
6
PR

underline
昨日のランキング
直近1時間のランキング

当社は、2010年1月に日本情報処理開発協会(JIPDEC)より、個人情報について適切な取り扱いがおこなわれている企業に与えられる「プライバシーマーク」を取得いたしました。

プライバシーマーク