日本のイルカ漁「告発」で物議、米作品あす上映-東京国際映画祭
10月20日(ブルームバーグ):日本のイルカ漁を告発した1本のドキュメンタリー映画が、漁業問題のみならず、個人の肖像権や、国際的な友好都市関係などに影響を与えている。米国では、日本製品のボイコット運動の呼び掛けに至るなど波紋が広がる中、17日に開幕した東京国際映画祭は、あえてこの映画を日本で21日に上映することを決めた。
「ところで、お伝えしておくことがあります」。9月16日、東京国際映画祭の上映作品発表の席で、チェアマンの依田巽氏は唐突に切り出した。「実は、『ザ・コーヴ(The Cove)』という映画を、追加上映することになりました」。作品リストには追加で印刷した紙が挟まれていた。
映画は、和歌山県太地町のイルカ漁を描いたドキュメンタリー映画で、今夏、米国のサンダンス映画祭など海外で各種の賞を受けた。映画は、イルカ保護に熱心な活動家リチャード・オバリー氏が「イルカ漁の実態に迫る」ため、住民や漁師と衝突し、盗撮や取材趣旨を告げないインタビューを繰り返し、「残酷な漁師」や「詭弁(きべん)を弄(ろう)してイルカ漁や捕鯨を続ける日本」を糾弾する内容となっている。
オバリー氏は、1960年代に米国の人気テレビ番組「わんぱくフリッパー」でイルカ調教師として有名になったが、その後一転して捕獲、調教に反対を唱えている。1989年にイルカ保護を目的としたNPO団体を設立。イルカショーなどが虐待に当たるとして、網を切ってイルカを逃がすなどして、何度も逮捕されている。太地町でもたびたび住民とトラブルになっており、07年には太地町のイルカ漁根絶を目的とした団体を設立。自然や生物の撮影で知られるカメラマン、ルイ・シホヨス氏と出会い、今回監督に迎えた。
国内ではネットの予告映像のみ
映画は米国や豪州などではすでに公開されている。日本では9月25日に都内の外国人記者クラブで開かれた試写会に、定員を超える230人が詰め掛けた。しかし国内では配給がつかず、インターネット上で短い予告映像が見られるだけだ。
チェアマンの依田氏は映画祭での上映を急きょ決めた理由について、「海外で散々議論されているのに、描かれている当事者の日本で映画を見る機会がない」と説明、「商業的な理由から見ることのできない作品に触れる機会を作るのも映画祭の役割だ」と語った。
この映画が注目を集めたのは、内容だけでなく、その描写や撮影手法にある。映画のために取材を受けた北海道医療大学の遠藤哲也准教授は、試写会に北海道から駆けつけた。「水銀中毒について科学的な映画を作りたい」と言われ取材に応じたが、「全く趣旨の違う、感情的な映画になっている」と語る。
同意書にもサインせず
遠藤氏はマグロ類の水銀含有量について研究を重ねてきたが、映画の中では「太地町のイルカは水銀に汚染されている」と主張しているかのように撮られている。自身の映像使用の同意書にもサインしていなかった遠藤氏は、試写会の席で肖像権についてオバリー氏に直接質問した。オバリー氏は「私は、出演者であって監督ではないから肖像権のことは知らない」とかわした上で、「それより逆に聞きたいのは、この映画の中で真実でないことがあるのか、ってことだ」と応じた。
太地町会議員の漁野尚登氏もインタビューの使われ方が趣旨と異なるとして抗議文書を監督のシホヨス氏に送った。
イルカ漁を否定する理由として、オバリー氏が主張するのは「水銀中毒」。厚生労働省は03年、妊婦に対し水銀濃度の高いマグロ類の過剰摂取を控えるよう呼び掛けているが、同時に、水銀含有量は微量で妊婦以外にとって「健康に危害を及ぼすレベルではない」としている。映画では1950年代の熊本の「水俣病」患者映像を延々と見せ、「同じ問題が再び起きる」と危機感を煽(あお)る。
「水産庁職員が水銀中毒」
映画で、イルカ漁の正当性を語っていた水産庁の職員は、映画の最後の部分で「この職員は水銀中毒にかかっていた」「撮影の後、水産庁を解雇された」と説明されている。しかし、水産庁遠洋課の花房克磨課長によると、この職員は今も毎日出勤しており、解雇にも水銀中毒にもなっていないという。
こうした事実関係についてオバリー氏に尋ねると、「太地町に足を運べば分かることだ。太地の人たちは今も水銀を食べている。そのことを知る権利がある。マスコミがきちんと知らせるべきだ」という答えが返ってきた。水産庁職員の水銀中毒については直接答えなかった。
日本のイルカ漁は違法ではない。年間約2万頭の捕獲枠を都道府県に割り振り、県知事許可漁業として行っている。太地町では、07年実績で1239頭を捕獲。入り江に誘導し、網で仕切ってから陸揚げする「追い込み漁」をしている。
姉妹都市提携を一時停止
コーヴの公式サイトでは、「日本は組織的にイルカ漁と水銀問題を隠蔽(ぺい)し、汚職が蔓延(まんえん)している」と糾弾。オバリー氏からのメッセージは、「日本の製品をボイコットして外圧をかけるよう」呼び掛けている。太地町の姉妹都市、オーストラリア北西部のブルーム町は、映画をきっかけにイルカ漁への批判が高まり、8月に議会で姉妹都市の提携停止を決めた。今月13日になって提携停止は撤回されたが、イルカ漁に反対する姿勢は変わらないとしている。
映画では国際捕鯨委員会(IWC)での日本代表の映像が繰り返し使われている。IWCは、13種の大型鯨種について資源保護の観点から議題としているが、イルカなどの小型鯨類は現時点で管理対象にしていない。オバリー氏は、ここで日本のイルカ漁をつまびらかにして議題にすべきだと主張する。
映画のIWCへの影響について、水産庁の花房氏は「感情論でイルカ漁に関しての発言が反捕鯨国側から一方的に行われる可能性はある」という。映画の「事実誤認」が広く一般に事実として認識されてしまうことに疑問を感じ、若者に「一元的な情報を与えてしまうのでは」と危惧する。
映画祭の責任
東京国際映画際が、この映画を追加上映すると決めた判断も議論を呼んでいる。上映決定に当たり映画祭事務局は、監督と免責条項を盛り込んだ書面を交わし、「責任は全て制作者側が負う。映画祭に責任はない」と取り決めた。
この対応について、米国在住の映画評論家、町山智浩氏は、「さまざまな意見がある中で、映画祭としてはギリギリの決断をしたのではないか」という。制作者サイドから「日本は政府やメディアが一緒になって映画の存在を無視し続けている」と批判が出る中、「商業上、流通しない話題作を紹介するという映画祭の役割を果たしている」と評価する。
町山氏は、この映画を米国で見た。「モラルの問題はあるが、映画としては非常によく出来たエンターテインメント作品」であり、スパイ映画風のつくりで見る人を飽きさせず、米国の劇場では時折笑い声を立てて楽しむ様子がうかがえたという。ただ、イルカが水揚げで出血するシーンを延々と見せる場面などでは「日本人が皆、残虐に見られてしまう」のが否めないという。
肖像権の扱い
米国では、興行収入が訴訟費用を上回ることを見込んで、肖像権を侵害してでも上映に踏み切るケースがある。
肖像権の問題に詳しいのぞみ総合法律事務所の清永敬文弁護士は、「たとえ免責条項を得たからといって、映画祭が責任を問われないわけではない」と指摘し、映画祭側が肖像権の侵害の可能性があることを知った上で上映を決めた点を重視する。話題がインターネット上にも広がり被害が深刻化する恐れもあるとして、「今からでも慎重な判断を望みたい」と話している。
映画は21日に六本木ヒルズで上映される予定。18日夜に一部メディア向けに行われた試写会で上映された映像では、北海道医療大の遠藤氏の顔に本人と特定できないように修正が加えられた。制作に参加したプラネットビューズ・プロダクションのマイケル・ベイリー氏は同日、「日本だと身近で知り合いもいるだろうから、少し編集を変えている」と説明、上映までに「もう少し手を加える」と述べた。
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更新日時: 2009/10/20 08:19 JST