日能研教務部算数科 真藤 啓
このページは、「進学レーダー8月号」に連載している算数エッセー「算数好きになるくすり 涙の理由(わけ)」のうち、問題や解説など、紙面で書ききれなくなったことを補足するために、開設しました。
ブレーズ・パスカルは生まれつき病弱だったので、はじめ、父はブレーズが数学を学ぶことを諦めていたのですが、ブレーズが自力で、ユークリッド幾何学の初歩的な定理(中学や高校くらいの図形の問題のうち簡単なもの)を会得したことを見て、学ぶことを許したのみならず、出入りしていた当代の優れた数学者や科学者にも才能ある我が子を見せて誇ったと伝えられています。
ブレーズは虫歯の痛みから逃れるために数学を学んだといっています。ブレーズは、計算機を発明しました。それは、単にたし算とひき算ができるだけの簡単なものですが、世界で初めての計算機でした。計算に悩んでいた父を喜ばすために、作ったと伝えられています。
また、円錐曲線に関する、射影幾何学の「パスカルの定理」を発見しました。また、「トリチェリの定理」を確かめるために、大掛かりな装置を作って、気圧や流体の様子を研究し「パスカルの原理」を発見しました。今日その業績をたたえられ、気圧の単位にパスカルを使われるようになっています。天気予報などで、気圧の単位としてヘクトパスカルということばを聞いたことがあると思います。
また、「確率論」に関連して「パスカルの三角形」を発見しました。このパスカルの三角形というのは、いろいろなところに現れます。流体を研究しても現れ、文字式を研究しても現れ、もちろん確率を研究しても現れます。
たとえば、11、11×11=121、121×11=1331、1331×11=14641、というように、整数のかけ算にも表れます。そういうわけで、いろんな分野に突如現れるこの数の三角形は、中国やイランやイタリアなど世界のあちこちで古くから知られていました。
中国では「楊輝(ヤンフィ)の三角形」、または「賈憲(クヮケン)の三角形」といわれます。イラン国内では「ハイヤームの三角形」といわれ、イタリアでは、三次方程式の解法で知られるニコロ・フォンタナ・タルタリアにちなみ「タルタリアの三角形」と呼ばれています。
碁盤の目の道順を考えるときに現れる、各交差点まで進む場合の数の並びもパスカルの三角形になっています。
タルタリアがパスカルの三角形に自分で気づいただろうことは容易に察しがつくという人も多いでしょう。ところで、タルタリアの三角形には別のものもあリます。日本でタルタリアの三角形とはふつう下の2つを指します。
イタリアではパスカルの三角形だけではなく、これを含めてタルタリアの三角形といいます。
しかし、パスカルほどこの数の三角形を研究した人はいないと伝える書物もあります。
さて、パスカルは、数学のみならず広く科学を研究しましたが、突如、宗教に進みます。この事情をくわしく伝える書物はありません。困ったことや苦痛があると、「神さま」にすがろうとする心がもたげるのはだれしもあるのではないでしょうか。もしかすると、パスカルは単なる病弱などというものではなく、しょっちゅう苦痛に悩まされていたのではないかとも思います。歯痛から逃れるために学習したといいますが、持病の苦痛によるものかもしれません。そうして、そういう苦痛は他人と共有できないことを知って歯痛といったのではないかというような気もします。
そうして、それは「算数のススメ」を語るときにはどちらでもよいことのようにも思いますが、その一方で、パスカルが苦痛を逃れるほどに集中して研究する態度を、健康な者も時には見習ってみる必要があるのではないかという気にもなります。
文字が違っても、たとえば、ヨを4個、タを3個、合わせて7個並べる場合と同じです。
道順を考える場合の数
右のような碁盤(ごばん)の目の道路でAからBに進むには、横に4回、たてに3回進めばよいです。各交差点まで行く場合の数を書き込んでいきます。
これは、横という文字を4個と縦(たて)という文字を3個並べるのと同じことです。また、漢字を使わず、カナ文字のヨを4個とタを3個並べることを考えても同じです。
逆にいうと、カナ文字のヨを4個とタを3個の合計7個の並べ方は、このように道順で考えることができます。
カナ文字のヨを4個とタを3個の合計7個の並べ方というのは別な意味にも使えます。
たとえば、□を7個並べてみましょう。
□□□□□□□
I この7つの□のうち、4個選んで□の中にヨと書く場合の数を求めなさい。
II この7つの□のうち、3個選んで□の中にタと書く場合の数を求めなさい。
III この7つの□のうち、4個にヨ、3個にタと書く場合の数を求めなさい。
という問題では、いずれも同じ答え35通りになります。
IV 異なる7個のものがあります。この中から3個選ぶ場合の数は何通りありますか。
V 異なる7個のものがあります。この中から4個選ぶ場合の数は何通りありますか。
VI 異なる7個のものがあります。これを3個の組と4個の組に分ける方法は何通りありますか。
という問題では、いずれも同じ答え35通りになります。
円周上に右のようにAからGまでの7個の点があります。
VII この7個の点のうち、3個を頂点とする三角形は何個できますか。
VIII この7個の点のうち、4個を頂点とする四角形は何個できますか。
という問題では、いずれも同じ答え35通りになります。
ですから、こうした問題では、与えられた問題を考えやすい問題に置き換えて考えると便利です。ずばり言うと、組合せの場合の数は道順に直して求めることができます。
例題1
ABCの3人がいます。3人のうち、3人が並ぶ場合の数は何通りですか。
解法1
こういう問題は、樹形図で考えることが知られています。右の図のようにして6通りあることが分かります。慣れてきたら、
3×2×1=6(通り)
と計算で求められる人もいますが、最初は丁寧に樹形図をかいて、「めんどうだなあ。あきちゃったなあ。うまい方法がないかなあ。」と思ったころに計算を使うようにしましょう。同じようでも、はじめから「めんどうだからや~めた。あきたからや~めた」というのではいけません。
解法2
樹形図で考えることがよいというのが定説ですが、「算数は自由だ。」ということで、ここではあえてほかの方法でも考えてみましょう。
まず、Aさん一人が並ぶ。1通りある。
次にこれにBさんが加わる。前に加わるか後に加わるかの2通りある。
さらにこれにCさんが加わる。前に加わるか後に加わるか真中に加わるかの3通りある。結局、1×2×3=6(通り)に変わりはない。
では次に、7人のうち3人を並べる場合を考えてみましょう。
例題2
A、B、C、D、E、F、Gの7人がいます。7人のうち、3人が1列に並ぶ場合の数は何通りですか。
解法1
7人のうち、3人を選ぶ場合の数は35通りあった。また、3人を並べる場合の数は6通りあった。すると、
7人のうち3人を並べる場合の数=7人のうち3人を選ぶ場合の数×3人を並べる場合の数
となるので、
7人のうち、3人を並べる場合の数=35×6=210(通り)
とわかる。
答え 210通り
この問題を樹形図でも考えてみましょう。
解法2
なれてきたら、樹形図は完全にはかかなくてもよいです。
たとえば、右のように、かいてもよいのです。最終的には全然かかないで解いてもよいです。
それは自分で決めましょう。
7×6×5=210(通り)
答え 210通り
さて、ここで、
7人のうち3人を並べる場合の数= 7人のうち3人を選ぶ場合の数×3人を並べる場合の数
この式のうち、
3人を並べる場合の数=3×2×1=6(通り)
7人のうち3人を並べる場合の数=7×6×5=210(通り)
と簡単に計算できるので、これを利用して、
7人のうち3人を選ぶ場合の数=210÷6=35(通り)
とする方法が思いつきます。
この辺は、「進学レーダー」にも書いたことは書いたのですが、たて書きだとわかりにくかったかと思い、再度説明したものです。
問題
右の図1のような規則にしたがって、数を並べます。
このとき、次の各問いに答えなさい。
解法
《参考》
512は、2を9個掛け合わせた数です。10個かけると1024となります。はじめが1から始まっています。言い換えると、2を0個掛け合わせたものから始まっていますから、10番目は2が9個掛け合わせた数になります。
答え (1) 1 6 15 20 15 6 1 (2) 35通り (3) 解法参照
(3)は、フィボナッチの数列です。つまり、フィボナッチの数列は、パスカルの三角形に埋め込まれていると見ることもできます。
《参考》パスカルの三角形の数は三角数とも関連します。
パスカルの三角形に並ぶ1つ1つの数を、ある数で割った余りで色分けすると、「シェルピンスキーのギャスケット」というフラクタル模様が現れます。
パスカルの三角形に並ぶ1つ1つの数を、2で割ったときの余りで分類した図は1995年慶應義塾湘南藤沢中等部に出ています。上のような「シェルピンスキーのギャスケット」とよばれるフラクタル模様になります。 2006年穎明館中には、17で割ったときの余りで分類した図が出ました。2006段までの17色が入り混じったきれいなフラクタル模様ができるのですが、2006段までの全容を明らかにするには、このスペースでは幅が十分でないので割愛します。
《参考資料1》
黒と白の2種類のご石が三角形に並べられている。ご石には、下の図のようにある規則に従って数字が書かれており、その数字が奇数ならば白、偶数ならば黒のご石が並べられている。
このとき、次の各問いに答えなさい。
(1995年 慶應義塾湘南藤沢中等部「2」)
解法
答え (1)128 (2)1596 (3)285個
《参考資料2》
図のように、三角形状に数が並んでいます。2段目から下の段は、両端に1が並んでいます。3段目からは、両端の数以外には、その1つ上の段の左の数と右の数の和を17でわった時の余りの数が並んでいます。
このとき、次の問いに答えなさい。(24点)
ただし、(3)については、途中の式、計算なども書きなさい。
(2006年 穎明館中「5」)
解法
答え
あるきまりに従って、数を下の図のように並べました。第8行まで書いてありますがこの後も続きます。
(1999年 東京大学 前期理系数学「5」)
【解法の視点】
斜め上に奇数が1個だけあるときは、下は奇数になる。斜め上に奇数が2個あるときは、下は偶数になる。奇数の位置を●で表すと、右の図のようになる。
奇数+奇数=偶数 奇数+偶数=奇数
偶数+偶数=奇数 偶数+偶数=偶数
というようにおおまかに考えるとよいのです。
右の図で、アが3つ集まってイになり、イが3つ集まってウになり、ウが3つ集まってエになり、エが3つ集まってオになり、・・・・・・ます。
このとき、各場合の最下段に●が横一列に並びます。その一つ下の行は、両端だけが●になります。そのことを問うているのです。
解法
1行、2行、4行、8行、16行、32行、・・・に奇数が並ぶことがわかる。
つまり、第(2を何個か掛け合わせた数)行に奇数のみ並ぶ。
答え (1)第(2を何個か掛け合わせた数)行 (2)第(2を何個か掛け合わせた数+1)行
先の慶應義塾湘南藤沢中等部の問題や穎明館中の問題が解けたならば、この東大の問題も同じように解けたことでしょうが、そもそも中学入試自身がやや難しかったことでしょう。
この問題では、実際の東大の問題の(1)と(2)を逆にしてあります。
もとにした問題
(1999年 東京大学前期理系数学「5」)
用語を少し説明しますと、
2項係数 パスカルの三角形の各数を2項係数ともいいます。
kを自然数とする。mをm =とおく 1段目を第0行とするときの2の累乗(
)行を表しています。
0<n<m nの範囲のうち端の数0、mを除くことを表しています。
0n
m nの範囲のうち端の数0、mを含めることを表しています。
「区別のできるn個のものから、r個とる場合の数」というのを略して
と書くこともあります。Cはcombination(コンビネーション 組合せ)の頭文字です。「しいのえぬ、あーる」と読みます。この東京大学の問題では、n、rのところをm、nと書いてありますが、同じように、「区別のできるm個のものから、n個とる場合の数」と言う意味です。「しいのえむ、えぬ」と読みます。
たとえば、「区別のできる7個のものから、3個とる場合の数」という場合には、略してと書くことができます。
は「しいのなな、さん」と読みます。この記号は日能研の授業では原則として使わないように配慮して指導していますが、中学受験参考書にあることもありますので、ここでは少し触れることにしました。
この東大の問題で、(1)は最初の行を第0行としたときの第行に両端以外のところに偶数が並ぶことを示しなさいという意味です。(2)は、両端を含めて、すべて奇数になるのは第何行ですかという意味です。(1)の行の1つ上の行ですから、第
-1行 が答えになります。
先の中学入試に取り組んでいると、すぐにわかるといえる位の問題です。逆にいうと、それだけ最近の受験算数は難しい問題が混じっているともいえます。
これは、おそらく、『オイラーの贈物(吉田武 海鳴社 1993年6月)』や続篇の『素数夜曲(同 1994年11月)』が出典であろうと思われますが、こうした受験算数の問題がよい問題かどうかといえば、そのときの受験生には難しすぎる問題のように思います。お茶の水女子大学の看板教授の一人、今人気の藤原正彦教授は、かつて、「受験算数は、時間がもっと与えられているなら、慨してよい問題である。」といっておられましたが、そういう意味で、過去問として受験生が学ぶにはよい問題といえるでしょう。
今回は思考することが生きがいであったパスカルとパスカルの三角形についてのお話でした。
なお、今年(2007年)の土浦日本大学中の問題5番を研究してみると、背景にシェルビンスキーのギャスケットが浮かんできます。(2)ではなんと空間のギャスケットが浮かんできます。公立の中高一貫校の千葉市立稲毛高附属中でも今年(2007年)、類題が出ています。また、パスカルの三角形とは関連しない、面積の問題や個数の問題としては、「ギャスケット」そのままの問題が、1993年調布中(現田園調布学園中)を皮切りにいくつか出ています。ただし、話題が散漫になりますのでこのあたりについては割愛します。
(1993年 調布中 5番の問題図)
《付記》
【有名なパスカルの言葉】
人間は考える葦である。
(「パンセ」断章347)
クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう。
(『パンセ』第二章162)