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大丈夫ですか? [何だこりゃ?]

先週のある日。
その日の昼飯は、小洒落たシティーホテルのレストランだった。

コーヒーポットを手にした若い女性の店員さんと、これまた若き女性客がひとり。
店員さんのほうは25歳よりも前、客のほうは25歳過ぎだったかなあ。
いい感じの若者2人に見えたのだが・・・

店員:「珈琲のお代わりは大丈夫ですか?」
お客:「はい、大丈夫です」

・・・ぬわにぃ~?^^;

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(キャナルのカエルも怒りましたの図)

前々から思っていたが、今日こそは絶対におかしいと思った。
「大丈夫」という日本語、いつからこんな風にヘンになってしまったのだろうか?

「大丈夫ですか?」というのは、普段とは決定的に違う憂慮すべき状況に陥った時に、
大きな問題の有無について最大限の思いやりを以って確認すべく問う言葉であって、
少なくとも珈琲のお代わり如きに使う言葉であろうはずがない。
普通に言うんなら、例えばこんな風だろう。

店員:「珈琲のお代わりはいかがですか?」
お客:「いいえ、結構です」

客も客である。
「はい、大丈夫です」はないだろ!
「大丈夫」の濫用と言うべきか、安っぽい見せかけだけの思いやり言葉と言うべきか。
どうやら、「よろしいですか?」の丁寧語バージョンが「大丈夫ですか?」だという理解が、
若者相互に存在しているように思える。

少し可哀想かもしれないが、丁寧な言葉使いの意味が分かっていないのだ。
心配していますよ、という意味を伴った言葉を使うことによって、それが丁寧な言い方に
通ずるに違いない・・・そこにはそんな身勝手な誤解があるように見受けられる。
だけど違うよ、そういうことじゃないよ。

言葉は生き物だから、変わり行くものだとは思います。
だから不変を要求するのは、酷な話だというのも分かる。でもなあ・・・。
おじさんは、こんなに「大丈夫」を連発されると、違和感ありまくりで心中穏やかじゃないよ。
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ぼくの中の昭和の断片 [昔話]

平成の世になって早24年目。
陽水の世紀の消音クチパク、「お元気ですか~?」からもう四半世紀近くが経つなんて
絶対ウソだよね、そんなの。そんなこと、あっていいはずがありませんよ、絶対!

さて、そんなこんなの今日この頃、昭和を思い起こさせるブログ記事を目にすることが、
何だかすごく多いような気がするのですが、気のせいでしょうかねえ?
そんな中のひとつ、例えばこの本は、“e”さんが記事の中で紹介してくれたものです。
タイトルに偽りなし。少し古めの昭和の香りが、あちこちに溢れていました。

120128_183040.JPG

東京オリンピックであります。
この時ぼくは10歳の紅顔の美少年。(誰も言ってくれない時は自分で言う。^^)
毎日かじりつくように見てましたね、白黒テレビで!^^
今でも一番記憶に残ってるのは、東洋の魔女でもなく、体操の遠藤選手でもなく。
マラソンのアベベでも、陸上100mのヘイズでもありません。
どういうわけだか、水泳のドン・ショランダー選手。不思議だけど事実だもんなあ。
その後、市川崑監督の『東京オリンピック』を全校生徒で観に行かされました。
映画館までを遠足みたいに整列徒歩して行ったのが、妙に楽しかった覚えがあります。


昭和の中に身を置いたのが約35年(34年と10ヶ月)。
そして、平成のそれが約23年(23年と1ヶ月)です。
よくよく考えたら、面白いことに気づきましたよ。
平成の経験値23年というのは、非社会人の期間と同じです(大学3年を2回やったので)。
ということは、残りの35年は社会人の期間と同じなんですね。
単なる偶然だし、だからどうだってことも、特には無いんですけど。
でも、社会人になるまでの23年間って、結構色々なことがあった気がするけど、
平成の23年間ってエポックメイキングな出来事が少ないような気がするなあ。

昭和のキーワードって何でしょう?
人それぞれキーワード自体も違ってるだろうし、それが持つ意味も違うんでしょうけどね。
不思議なのは、昭和って何だか暖かい感じがするんですよね。正体は不明だけど。
暖かいのは体温でしょうか? 絶えず動き回ってたから体温が上がってるのかなあ?

昭和にあって、平成に無いもの。
無駄が無い、という前提。
昭和には、無駄になると事前に分かっている前提など、あり得なかった気がします。
一方、平成には、ある程度の無駄が無いと、全体が成立しない危うさがありました。
だから、無駄を省き始めた今、世の中はどんどん危うくなり始めてます。

昭和にあって、平成に無いもの。
ソリッドステート(という表現)、オープンリールのテープデッキ(憧れの10号リール)。
NASA宇宙ロケット打ち上げの実況生中継と、その際の同時通訳。
蛍雪時代(←ぼくはやや世代が違うけど)、赤尾の豆単。

昭和って、追いかけてる気楽さがエネルギー源だったんじゃないかなあ?
平成は、追いかけられてる焦燥感がブレーキを掛けてる気がしますね。
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何だかジーンと来たCM [暮らし]

どうしてなんだろう?
何だかとても暖かくて、とても優しい気持ちになりました。
シルエットだけの表現って、すごく素敵な方法なんですね。
なかなかやってくれるな、東芝!^^


タグ:CM 東芝 LED電球
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負けておく方が利あり [暮らし]

ささやかな年末年始休暇も終わり、明日5日からは通常業務です。
ところで今年の正月は、何となくいつもと違った感じで過ぎて行きました。
いつもと何が違ったのか?

■普段と違うと推測される主な要因
 1 大掃除がいつにも増して不完全。
  ・単身時の荷物が未だに片付いていないのも影響している。
  ・どさくさ紛れに、鏡餅のセットを忘れる。(おいおい!)
  ・そんな中、しめ縄は忘れず。(当たり前じゃ!)
 2 例年なら3日まで居る息子が2日に帰るので、元日初詣に行った。
  ・新大阪行きの指定、3日の券が取れなかったようで2日になったらしい。
  ・そのため、家族揃って行くには元日しかないということになった。
 3 普段なら余る年賀状が今年はピッタリだった。
  ・追加印刷の11枚を元旦発送し、悔しい余り年賀状なし。(ばんざ~い!)
  ・本当はやや不足気味だったのだが、もういいでしょ。(こら!)
 4 三が日過ぎても家に居ることができる。
  ・言ってみれば、これが普通である。今までが異常だっただけだ。
 5 おせちがオードブルに変身。
  ・数年前からその傾向にあったが、本年は更に大きく変更。
  ・これも十分アリだと思ったなあ。と言うか、これでいいよ。


さて初詣のおみくじ、「吉」でした。
おみくじの順番(っていうのかな?)は大吉、中吉、小吉、吉、半吉、末吉、末小吉、
凶、小凶、半凶、末凶、大凶の順なんだそうです。
ということは、今年の運気は「中の上」ってところでしょうか。^^

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■争い事:負けておく方が利あり

ぼくは争い事は好きじゃないんですが、何故か巻き込まれることが多い。
でも、負けておく方が利あり・・・なんですね。
了解、神さま!^^

とてもありがたいメッセージに思えた。
何だか肩の力が抜けて、随分ラクになった気がした。
正月早々こういう気分になれるって珍しいなあ。
タグ:おみくじ
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謹賀新年 2012 [その他]

2012年の扉が開きました。
ソネブロの皆さま、新春のお慶びを申し上げます。

さて、大好きな後輩のMN君は、ぼくにこう言いました。
「生きてるだけで丸儲けなんですよ!」
今のぼくは、イマイチそれが理解できていません。
2012年のテーマのひとつは、本当に「生きてるだけで丸儲けなのか?」
・・・これを最重要テーマとして確認したいと思います!

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ところで今日、ここ数十年では初めての元日初詣に行きました。
行ったのは近所の小さな神社なんですが、さすがに元日!
この神社でこんなに多くの参拝者を見たのは初めてで、本当にびっくり!
好天ではなかったので少ないかと思ったぼくの考えが甘かった。
だけど、近所の名も無い神社にこの人出。何だか妙に嬉しかったなあ。^^;

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年末の記事に多くのコメントをいただき、本当にありがとうございました。
去年の自分を88点と書きましたが、それでも2度と出ないかもしれない水準だと思いました。
ところが何と、Combat! さんは自らに95点をあげたい気持ちだと仰る。凄い!
Combat! さん、あなたはぼくのライバルです!(笑)
一時はこれ以上は無理だと思ったけど、更に上を目指さなくっちゃ。

というわけで、2012年も一段と頑張りたいと思います。
ソネブロの皆さま、本年もどうぞよろしくお引き回しのほどを!^^
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2011 今年の採点 [採点]

2011年の採点:88点。

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(長崎自動車道 大村湾PA上り線 11月16日撮影)

今年は職場も職種も変わり、その中でそこそこ頑張ったんじゃないかと思う。
だから少し甘めにオマケしてやってもいいかな?・・・という気になった。
80点でも85点でもない。88点だ。なかなか出ない点数だと思う。

点数の細かい根拠など、いちいち考えたりしない。
今年はそういうプロセスを必要とする年ではないと思う。
直感的に何点に思えるか?・・・それが重要だと思った。

2011年。
皆さんの心に刻まれているのは、やはり東日本大震災だろう。
当たり前のことなんて何ひとつない・・・被災された olived さんはそう書いておられた。
ぼくは幸か不幸か、そんな発想をしたことがなかった。
だけど、まったくその通りだと思う。

2011年は珍しく、まずまず合格点だった。
2012年はどんな年になるのだろう?
何が出来るか? どこまで出来るか? どんな風に出来るか?
もうひと頑張りしなくちゃいけないし、したいと思っています。
頑張ろう、おれたち!^^

最後に、ソネブロの皆さまへ。
こんなに重くてイライラする so-net も、気のいい皆さまのお陰で楽しい毎日です。
2011年は本当にありがとうございました。
そして2012年も引き続きよろしくお願いします!
では皆さん、良いお年を!
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Merry X'mas !! [昔話]

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今日はクリスマスですね。
クリスマスと言えば、我が母校(高校)関連の面白い話をご紹介しましょう。
2学期の終業式は大体23日前後だと思いますが、我が母校の終業式の会場には、
小さめの四角い箱が、うず高く積み上げられていました。
さて、その四角い箱とは・・・?(答えは後ほど)

ぼくはクリスチャンでもないのに、ひょんなことから、キリスト教系の高校でした。
先生にも神父さんがおられるような学校で、月曜の朝はミサから始まります。
学生の2割ぐらいは「神学生」という神父さんのタマゴで、当時、学校は山荘通りにあった
のですが、神学生の寄宿舎である「神学校」も、そのすぐ近くにありました。

ぼくが入学した昭和44年当時、全校生徒数は100人ぐらい。
1学年は約20人のクラスが2クラス、ぼくが入った頃の3年生は1クラスだったから、
全校でもわずか5クラスという信じられない構成でした。
よく言えば少数精鋭、悪く言えば不人気だったのかもしれません。

当時の我が母校はC紫女学園、福岡F葉、福岡C央と、女学生の大集団に囲まれており、
自転車通学のぼくも、雨でも降ろうものなら、女子だらけの城南線(路面電車)です。
いやあ、まったく肩身の狭い思いをしておりました・・・。(ホントかよ?)
あ、いつものようにちょっと脱線しておりますね。^^;

さて、四角い箱とは・・・そうです、クリスマスケーキ!(笑)
直径は、恐らく20cm以上あったと思います。
何の変哲も無い、普通の丸いケーキなんですよ、これが不思議にも。
ね? 面白いでしょう?? と言うか聞いたことないでしょ、こんな話。
クリスマスにケーキを配る高校なんて、ぼくは母校以外に聞いたことがありません。

ひとつには少ない生徒数だったから、こんな面白いことが出来たのかもしれません。
もらったケーキを大事に大事に自転車の荷台にくくりつけて、この日だけはいつもよりも
明らかにゆっくり目の速度で、注意深く家に帰ります。
悪い成績をケーキで誤魔化そう・・・決してそんな魂胆からではありませんよ。(笑)

そんな我が母校も、今年から校名が変わってしまいました。
随分前に移転して所在地が変わり、今年からは校名まで変わりました。
もう昔の面影はまったく無いって感じですね。何だか寂しいなあ。
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奇跡の映画『ある日どこかで』 [その他]

プロフ画像は何か?

・・・某所より、上記のご質問がありました。
プロフィールに簡単に記載(好きな映画は?の欄)しておりますが、折角ですから
もう少し詳細に記述してみることにします。

ひとことで言えば、大好きな映画『ある日どこかで』(原題“Somewhere In Time”,
1981年1月日本公開)に出て来たラウンド島灯台(Round Island Lighthouse)。
有名な五大湖のひとつ、この映画の舞台となったミシガン州はヒューロン湖に浮かぶ
マキナック島(Mackinac Island)、そのすぐ南に位置するのがラウンド島であり、
そのマキナック島側に突き出た岬にあるのが、今は退役したこの灯台です。
ちなみにこの灯台、デトロイトの新聞が選ぶミシガン随一の灯台なんだそうです。

roundislandLH.jpg
(“Somewhere In Time” 公式HP より転載)


映画との出会いは、皆さん色々だろうと思います。
十分な情報を持って、映画館でドキドキワクワクで出会った作品。
まったく情報無く、テレビの深夜映画劇場で偶然出会った作品・・・etc。
ぼくのこの映画との出会いは、ほとんど情報無く、まったくの出会い頭でした。

007シリーズの大ファンであるぼくは、『死ぬのは奴らだ』のジェーン・シーモアの
作品で、別の面白そうなものを探していました。
そこで偶然ブチ当たったのが、この『ある日どこかで』。
主演はクリストファー・リーブ、そしてジェーン・シーモアです。
当時はまだDVDはリリースされておらず、2003年にオークションで入手したのは
LD(レーザーディスク)でした。

落札したのは2003年の5月ごろでしたが、観たのは何故か夏でした。
正確な日付は憶えていませんが、初めて観た時の衝撃は今も忘れられません。
ところがこの作品、調べてみたら、1981年の1月に封切られたものの、不入りで
2週間と持たずに外されたんだそうです。分からないものですねえ。
でも、確かに81年当時では、流行りそうにない感じはします。ぼくも当時だったら
恐らく興味を持たなかったと思います。

そうこうしていたら、TOHOシネマズの偉いさんが、トンでもない企画を!
旧作、名作50本をニュープリントで、全国でリバイバル上映しよう、と!!
そして何と『ある日どこかで』が、その50本の中の1本に選ばれたのです!
この時の嬉しさは何とも言いようの無いものでした。

2010年2月6日(土)、午前十時。
千葉の市川コルトンで、81年以来、約30年ぶりの上映が行なわれました。
当日はみぞれ混じりの悪いコンディションでしたが、ぼくより高齢のファンの方も多く、
ああ、やっぱり30年前の映画なんだなあ・・・と改めて感じました。

作品については、詳しい日本版HPがあります。
よろしければ是非!
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大阪名物 たこ焼き [何だこりゃ?]

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今日は最近多い大阪出張。
写真は新大阪駅21、22番ホームにあるうどん屋さんです。
このうどん屋さん、当ブログには、随分前、とちょこっと前に続き、3度目の登場。

以前はたこ焼き入りうどんを、「明石焼きうどん」として提供されておりましたが、
好評につき、ついに、たこ焼きだけを別売りすることになったようです。^^
たこ焼き、6個で350円!
これって安いの? 高いの? 普通なの??(笑)

まあ、しかし。
大阪って本当に面白い街だと思うなあ。
たこ焼きを売ってるうどん屋さんですよ。それも新幹線のホームですから。
これって、ボケなのか? ツッコミなのか?^^;
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ホークスへの想い 3 [プロ野球]

さて、前回から随分と間延びしてしまいましたが、第3回目です。

78年のオフを限りに出て行ってしまったライオンズに代わって、
10年ぶりに来てくれたプロ野球チーム、それは浪花のホークスでした。
素直に嬉しい! これからは逃げられないように大切にしなきゃいけない。
だけど・・・。

あまりにも急な話で、みんな心の準備が十分出来ていない。
その上、馴染みも薄いので、レギュラー陣でさえも知らない名前があったりする。
さらにチームは弱い。特に投手力は壊滅的で、ストレスの残る負け方が多い。

記念すべき新生福岡ダイエーホークスの初代監督は、ジェントルマンの誉れ高き
杉浦忠さんだった。
だけど杉浦さんは、新球団となったその年限りの監督生活で、すぐにフロント入り。

二代目は田淵さん。知らない人のいない元ライオンズのスタープレイヤーだ。
丁度その頃だったと思う、地行浜(じぎょうはま:万国博覧会よかトピアの跡地)に
ドーム球場とリゾートホテルを建設するニュースがリリースされた。
軽く数千億のビッグプロジェクト。さすがは飛ぶ鳥を落とす勢いのダイエーグループ!
福博の街はみんな一様に驚いた。

1年目 89年:杉浦監督、4位(11.0) ※カッコ内は首位とのゲーム差
2年目 90年:田淵監督、6位(40.0)
3年目 91年:  同上  、5位(29.0)
4年目 92年:  同上  、4位(24.0)

杉浦監督、田淵監督の時代はタテ縞のユニフォームだった。
高名なデザイナーの作だと聞いたが、配色もイマイチだし、成績がパッとしないからか、
まったく強そうには見えず、却ってひ弱そうに見えた。
杉浦さんの1年目はまだしも、田淵さんの3年間は目を覆うばかりのBクラス。
必然的に、地元に根ざした雰囲気など、残念ながらまだまだ薄かった。

92年のシーズンを最後に、長らく親しんで来た福岡城址の平和台球場は役目を終え、
西へ約2キロ、地行浜に日本初の開閉式ドーム球場が誕生した。

93年はボロボロの平和台から最新鋭設備のドーム球場に変わり、監督も田淵さんから
根本さんに変わり、そしてユニフォームもタテ縞からシンプルなものに変わった。
しかし、相変わらずのBクラス。チームの成績だけはまったく変わり映えしなかった。

5年目 93年:根本監督、6位(28.0)
6年目 94年:  同上  、4位( 7.5)

93年のシーズンオフ、秋山がトレードで、小久保がドラフトでホークスに加わった。
94年オフには石毛、工藤がトレードで、城島がドラフトで加わった。
誕生当初は「福岡」という名前が付いただけの、実態としては大阪のチームだったが、
5,6年が経ったこの頃には、主力の選手たちもほとんどが入れ替わっており、
名実ともに福岡のチーム、九州のチームになっていた。

そして94年オフには少し次元の違う、飛びっきりのビッグニュースがあった。
それは、世界の王さんが監督として福岡にやって来るというものだった!

初めの頃の新聞報道には、誰もが懐疑的だった。
世界の王さんが、福岡みたいな片田舎に本当に来るのか?
そんなわけない、きっと何かの間違いだ・・・。
しかし、王さんは福岡にやって来てくれた。間違いなんかじゃなかった!

6年目の94年。チームの成績は4位だったが、成績は69勝60敗1分の勝ち越し。
貯金を持ったままシーズンを終えたのは、一体いつ以来なのか?
そんな中、元ライオンズの投打の要、秋山・工藤。そして王さんが監督。
おれたちのFDH(福岡ダイエーホークス)が、やっと花開くぞ!
翌95年のシーズン、悪くてもAクラス入りは間違いないと、みんなが思っていた。

7年目 95年:王監督、5位(26.5)
8年目 96年: 同上 、6位(22.0)
9年目 97年: 同上 、4位(14.0)

しかし状況に大きな変化は無かった。3年連続してリーグ最低の防御率。
そこそこは得点するものの、投手陣がそれを守りきることが出来ない。
結果を伴わないためだろう、王監督のギャンブルをしない手堅い采配(逆に言えば、
ワンパターンとも言える)にも、次第にファンの非難が集中し始めた。
過度の期待感がもたらす反動と言えばいいのか、暴徒化した心無い一部のファンは
王監督に生卵をぶつけ、「お願いだから辞めてくれ」などと醜い罵声を浴びせた。

早いもので、福岡ダイエーホークスになって、すでに丸9年の時が流れていた。
南海ホークス時代から指折り数えると、20年連続Bクラスという汚名である。
96年オフには井口、松中、柴原がドラフトで加わった。
97年には3年目の城島が3割を打ち、小久保が打点王を取った。
だが、ある種の諦めムードも漂っていた。


(part4に続きます)
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高潔無比 [富士山]

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2011年12月16日、午前8時55分ごろ。
駿河湾上空から見えた、初冬の富士山です。
手前の清水港、静岡市街がきれいに見えます。

昨日は晴れ渡って、澄み切っていました。
最近はいつも天気が悪く、こんなにきれいに見えたのは久しぶりです。
疲れる東京出張でも、朝から富士山にお出迎えしてもらって、もう気分は最高!
いつも至近で拝める人たちが羨ましいなあ。

さて、一気に冬の気配ですね。
こちら福岡でさえ、昨日も今日もグッと冷え込んでおります。
どうか皆さん、風邪など召されませぬよう。
タグ:富士山 初冬
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47番への惜別 [プロ野球]

ありがとう、今日まで本当によく投げてくれたと思う。
キミが投げると、いつもまったく打てない打線に、言いたいことは山ほどあっただろう。
しかし、それを考えることも、口にすることも、明日からはもう必要ない。

「信頼や愛情が無い」なんて意味不明のことを言わずに、早く移籍を決めてほしい。
そんな一言ひとことが、どれほどファンの神経を逆撫でしているか、キミには判らないだろう。
でも、まだ今のうちなら、いい思い出のほうが圧倒的に多いと思う。
長引かせても、何ひとつ得るものは無いからね。

マスコミによれば、ファンの8割以上がキミの残留希望だと言うが、それは違うと思う。
少なくとも福岡のファンには、そんな度量のある人間は多くない。
だから、一旦見限った選手を再度温かい目で見守るなんてこと、絶対に出来るはずがない。

毎年、全部がインセンティブ状態?・・・当然じゃないか!
キミたちはサラリーマンではない。だからこその高給ではないか!
キミたちは生粋のアスリートであり、そして勝負の世界に身を置くピュアな勝負師でもある。
それ故の厚遇、それ故の輝きだと思うのだが、ぼくが間違っているのだろうか?

来シーズン、仮にキミがホークスに残ったとしても、ぼくはそれを是としない。
悪い代理人にそそのかされた情状はあるが、ホークスの一員としてのキミをぼくは認めない。
悪く思わないでくれ。ファンというのは、そんなものなんだ。

ぼくは悲しすぎて、無念すぎて、信じられなくて、涙も出ないよ。
だけど仕方ない。いつかはやって来る、お別れの時が来たってことだ。
ありがとう、そしてさようなら。杉内!
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ホークスへの想い 2 [プロ野球]

というわけで、前回の続きです。
周囲のおじさんたちに感化されて、チビsong4uの身近にあった西鉄ライオンズ。
今は無くなってしまった平和台球場までは、途中で寄り道をせずにちゃんと行けば、
自宅から自転車で30分はかからない場所にありました。
song4u幼少期からのライオンズを時系列に振り返ると、大体こんな風になります。
※( )内はsong4uの年齢。(爆)

56~58年(2~4):西鉄ライオンズ、日本シリーズ3連覇。
63年(9):西鉄ライオンズ、最後のパリーグ優勝。その後は低迷。
70年(16):「黒い霧事件」が発覚。主力が抜け、チームの士気は地に落ちる。
70~72年(16~18):3年連続の最下位。観客は激減、ついに西鉄は撤退を決断。
73~76年(19~22):太平洋クラブライオンズとなる。本拠地は平和台を維持。
77~78年(23~24):クラウンライターライオンズとなる。本拠地は変わらず。
79年~(25~):西武ライオンズとなり、本拠地を所沢の西武球場に移転。福岡を去る。

読売ジャイアンツのV9(65~73年)のほぼ真ん中で発覚した70年の黒い霧事件。
この事件はセリーグも含めたプロ野球全体の問題でしたが、主力級が永久追放になった
パリーグに対して、セリーグへの対応は甘いものに感じられました。
その結果醸成されたのは、王・長嶋で大人気のクリーンなセリーグと、ダークなイメージが
付きまとう怪しいパリーグ、という極めて好対照すぎる明と暗の構図です。
オールスター戦などでよく言われた「人気のセ、実力のパ」というキャッチフレーズは、
単に「人気のないパ」と同義だと、ぼくは理解していました。

よくよく考えれば、ぼくの子供時代の球団は、ひとつとして現存していません。
西鉄ライオンズ(現 西武ライオンズ)を筆頭に、南海ホークス(福岡SBホークス)、
阪急ブレーブス(オリックス ブルーウェーブ)、近鉄バファローズ(楽天Gイーグルス)、
東映フライヤーズ(北海道日本ハム ファイターズ)、東京オリオンズ(千葉ロッテマリーンズ)。
チームの愛称でさえ、そのまま残っているのはライオンズとホークスだけです。


さて、そんな激動の時代、79年以降はプロ球団が無くなってしまった福岡では、逃げた女房
(西武ライオンズ)に相変わらず未練を持つ(声援を送る)人がほとんど、という状態でした。
もう戻って来るはずはないのに、何とか福岡に連れ戻す手段はないものか、などという話が
あちこちの呑み屋で聞かれました。
テレビは憶えていませんが、ラジオは依然、ライオンズ中心の放送だったと思います。
と同時に、ライオンズが所沢に去って5年ほどが経過した80年代半ば頃からは、福岡への
球団誘致の噂がまことしやかに立っては消えの状況が繰り返されておりました。

そして88年、ついにその時を迎えます。
熱血漢の名物オーナーであった南海ホークスの川勝オーナーが4月に亡くなったのを契機に、
毎年10億円(当時)の赤字垂れ流しに業を煮やした南海電鉄本社の不満が沸騰!
南海ホークスが経営権を手放して、チームは福岡に移転するらしい・・・との有力情報が!
注目の譲渡先は、中内さんのダイエーグループ!!

同じ阪神地区での起業で何らかの縁があったのでしょうか、買収相手は当時バブル景気に
乗って破竹の勢いだったコングロマリットの雄、ダイエーの中内さんでした。
プロ球団待望論の根強い福岡に南海ホークスを移転すれば、地元の協力は容易に得られる。
その上で中内さんが狙ったのは、まずはベースボール&リゾート。
そして、福岡を発射台にしたアジア圏への更なる飛躍だったようです。

福岡の地元経済界は、もちろん、もろ手を挙げて賛成の大合唱。
一方、ファンのほうは複雑な心境です。よりによって西鉄時代にライバルだった憎きホークス。
ライオンズの代わりにホークスって、そんなに簡単に乗り換えられるほど単純な話か?!
他方、南海ホークスの地元大阪で巻き起こっている移転への大反対は、10年前に自らも経験
していて、とても他人事とは思えない気持ちもありました。

複雑な心境のファン、そしてもっと複雑な心境だったであろう選手たち。
色々な思いや感情、皮算用などが交錯する中、88年を最後に南海ホークスは静かに消滅し、
翌89年、本拠地を平和台球場として、新たに福岡ダイエーホークスが誕生しました。
79年以降、プロ野球無風地帯となった福岡に、10年ぶりに帰って来たプロ野球です!

当然ながら、表向きは歓迎ムード一色。
しかし一皮剥けば、そこにはドロドロとした、何とも得体の知れないものが蠢いていました。
福岡撤退から10年も経ったのに、まだライオンズを応援する声が多かったのも周知の事実。
特に、平和台でのホークスvsライオンズ・・・どちらがホームで、どちらがビジターなのか?
言うに言われぬ、本当に摩訶不思議な雰囲気が漂い続けました。

「ダイエーやら好かん。西武のほうが好いとう!」


(また書ききれませんでした、スミマセン! part3へ持ち越します。。)
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ホークスへの想い [プロ野球]

プロ野球の話ばかりで辟易だと思いますが、もう少しの辛抱です。(笑)

今日はシリーズの総括を書こうと思ったのですが、ひとつ前のenpokoさんへの
返信を書いている内に、なぜかこのテーマについて書きたくなりました。
ぼくのホークスへの想い・・・
このお話をするには、まず、西鉄ライオンズから書かねばなりません。

西鉄ライオンズ。
54年生まれのぼくにとって、56年から3年連続日本一という西鉄黄金期は
当然ながら記憶の片隅にさえもありません。
それどころか、63年のパリーグ優勝すらも記憶にありません。
どうしてなのか、自分でも良く分からないんですが。

ぼくの記憶に残っている西鉄ライオンズのメンバー。
まずは横綱格の稲尾、中西、そして池永。
高倉、ロイ・バーマ・ウィルソンの外人3人組と和田。
背中を見せて投げる若生や、サウスポーの井上善夫。
もう少し後になると、基、竹之内、東田、そして東尾、河原など。
当然ながら、大下や仰木は記憶にないし、豊田も記憶にありません。

池永がいた頃は勝ったり負けたりでしたが、70年、例の黒い霧事件とともに
負け続ける弱小球団に成り下がりました。
ちょうどその頃、監督になった稲尾投手の晩年は、変化球の制球で何とか
食いつなぐような投球内容で、世に言う「鉄腕稲尾」のイメージは残念ながら
ぼくにはありません。

親会社の西鉄は経営意欲を失くし、太平洋クラブ→クラウンライターと短い間に
経営者もチーム名も変わり、平和台球場は次第に閑古鳥が鳴くようになって
しまいました。
そうこうする内、西武鉄道系が買収して所沢に移転するという噂が立ちました。
福岡市民はこぞって大反対。それまで平和台を見向きもしなかった割には、
九州の球団を守れとの大シュプレヒコールです。

しかし、どうなったかはご承知のとおりです。
78年のシーズン終了をもって、ライオンズは福岡を去って行きました。
去る時、チームの主戦だった東尾投手の言葉、ぼくは今でも忘れられません。
「きっと福岡に帰って来ます!」
その後の東尾投手がどうであったかは、敢えて書きませんが。

79年以降、福岡ではプロ野球が姿を消しました。
ライオンズがお情けで来てくれたり、ジャイアンツが新聞勧誘の手段として
主催ゲームを福岡でやるのを、プロ野球とは言いたくありません。

福岡市民、福岡県民、もっと言えば、九州人の落胆は大きかった。
西鉄の努力も分かっていたし、黒い霧事件のショックも尾を引いてました。
毎年繰り返されるチームの身売り話に慣れっこになってた側面もありました。
だけど本当に無くなるとは、正直言って思ってなかったと思います。

それから数年経った頃から、福岡にプロ球団を!という機運が高まって来ました。
地元の有力企業が中心となって、そういう噂話がまことしやかに伝わったりする中、
ついに88年のシーズン終了後、南海ホークスが身売りして九州に移転するらしい
との情報が新聞紙面を賑わすようになりました。
どこが買収するのか?九電?福銀?地元企業連合体??

(長くなったので、part2へ続く)
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祝!福岡SBホークス日本一!! [プロ野球]

やったー!
バンザーイ!!
ホークス、日本一おめでとう!!

ドラゴンズ、いい戦いを本当にありがとう!
素晴らしいシーズン、そして日本シリーズ、本当に本当にありがとう!

■日本シリーズ 最終第7戦のスコア
 D 000 000 000 0
 H 001 100 10X 3
 D:山井、小林正、ネルソン、浅尾、岩瀬-谷繁
 H:杉内、ファルケンボーグ、森福、攝津-山崎、細川

20111120-00000524-sanspo-000-12-view.jpg
(写真:サンケイスポーツ)

杉内(秀)、ありがとう。
山崎、内川、ありがとう。
攝津、森福、ファルケンボーグ(秀)、ありがとう。

小久保(MVP)、長谷川、ありがとう。
川崎、本多、多村、細川、松田、松中、ありがとう。
山田、和田、ホールトン、金沢、馬原(来年頑張れ!)、ありがとう。

ドラゴンズ、ありがとう。
ドラゴンズファンの皆さん、ありがとう。

秋山監督、おめでとう!
ホークスファンのみんな、おめでとう!
孫さん、そして王さん、本当におめでとうございます!

6box_nihonichida.jpg
(福岡SBホークス オフィシャルサイトより転載)
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日本シリーズ2011 第6戦 [プロ野球]

シリーズの決着は最終の第7戦へ。
明日、勝ったほうが日本チャンピオンだ!

■日本シリーズ第6戦のスコア
 D 200 000 000 2
 H 000 100 000 1
 D:吉見、岩瀬、浅尾-谷繁
 H:和田、金澤、森福、馬原-細川、山崎

うーむ、やや消化不良。
しかし、不思議なくらいホームで勝てないなあ。
第4戦の裏返しのような試合結果。
力みなのかなあ、どう考えてもホークスのゲームじゃない気がした。

慢心はなかったと思うが、イマイチ乗っていない感じの和田の立ち上がりだった。
終始コントロールが悪かった。初回の2点で終わったのはラッキーだったと思う。
松中を組み入れた打線も不発に終わった。

あまりポイントらしいポイントのないゲームだった。
強いて言えば、4回裏、1点返した後に何の工夫もなかったこと。
そして8回裏、無死で多村が出た後の長谷川のバント(失敗→ゲッツー)のところ。
結果論ではなく、長谷川に単純なバントはなかったのではないか?

今日のゲームを細かく振り返っても、あまり意味がないように思う。
明日は今シーズン最後のプロ野球公式戦、泣いても笑っても最後の一戦だ。
この時期まで公式戦を戦っている両チームは本当に素晴らしい。
明日は悔いの残らないように、持てる力を全部出し切って欲しい。

明日の先発は杉内でしょう。今シーズン、運のなかった杉内が最後の最後で
どんなピッチングを見せてくれるのか、今から楽しみだ。
ここまで来たら、勝負は時の運かもしれない。
しかし、運を味方にできない勝負師は、勝負には勝てないのではないかと思う。

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日本シリーズ2011 第5戦 [プロ野球]

(お詫び)
時節柄、しばらくプロ野球の記事が続きます。
どうぞ遠慮なくスルーしてください。


祝!
ホークス、日本一に王手!!
福岡で孫ちゃんを胴上げしよう!

みんなに白い目で見られながら、悪い誘惑を振り切り、ホテルへ直行。
テレビの前にスタンバイした時には、すでにホークスが先制していました。
中盤、ジリジリとした攻防でしたが、均衡が崩れるとあっという間でしたね。

■日本シリーズ第5戦のスコア
 H 100 000 130 5
 D 000 000 000 0
 H:山田、攝津、森福、馬原-細川
 D:チェン、河原、小林正、久本- 谷繁、小山

いつの間にこんなに逞しい戦士たちになったのだろう。
今日のゲームを戦うホークス戦士たち観ていて、つくづくそう思った。

山田投手は育成ドラフト出身。
そんな山田が日本シリーズの晴れ舞台でこんな素晴らしい投球をする。
そんな山田の後を、一昨日8回途中まで110球を投げた攝津が引き継ぎ、
昨夜、無死満塁伝説を作ったヒーロー、森福までが登場する。
何ということだろう。何というゲームなんだろう!

この試合のポイントは、ホークスの1-0で迎えた6回裏だったと思う。
それまでも打順の巡り合わせに恵まれてるなあと思ったが、この回もそう。
先頭打者がピッチャーのチェンで、まずは無難にワンナウト。
しかし案の定、最も警戒すべき荒木に芸術的なバッティングをされ、1死2塁。
迎えるは、こんな時に一番イヤらしい井端だ。山田はどう投げる?

ところが山田は、堂々と渡り合った。
ヘンな小細工は一切なし。細川のサインにも首を振ることはなかった。
引っ張り一辺倒の井端に外角へは誘い球、勝負は最後までインコースだった。
スゴイ、正真正銘の力勝負! 結局、内野ゴロでランナーはクギ付け、2死2塁。

さあ、静かに燃える男、森野だ。
1点勝負のこの場面、ぼくは1塁も空いてるし「歩かせ」もあると思っていた。
しかし、バッテリーは「遅い球勝負」を挑んだ。
これが見事に大成功!森野はまったく合わないまま、三振!
まさにこれぞプロ、本当に見応え十分の攻防だったと思う。

ピンチの後にはチャンスあり。
その後、ホークスは7回、8回に追加点を上げ、勝利を決定付けた。


今日のゲームは、ひとことで言えば山田に尽きると思います。
しかし攝津の登板に男気を感じ、森福の連夜の快投にシビレました。
まったく、何てヤツ等なんだろう!
もう、第7戦は無いかもしれないなあ。
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日本シリーズ2011 第4戦 [プロ野球]

(お詫び)
時節柄、しばらくプロ野球の記事が続くと思います。
どうぞ遠慮なくスルーしてくださいまし。


シリーズ、ついに振り出しに!

■日本シリーズ第4戦のスコア
 H 200 000 000 2
 D 000 010 000 1
 H:ホールトン 、森福 、ファルケンボーグ-細川
 D:川井 、山井 、三瀬 、浅尾-谷繁

ホームでの勝率がダントツだったはずの両チーム。
ところが、どうしたことか両チームともホームで連敗の悪夢。
やっぱりシリーズは、特別なステージだということが良く分かる。

今日は社用でどうしても抜けられず、帰宅したのは21時前。
ネクタイ締めたままテレビの前に陣取ったら、6回裏ノーアウト満塁の大ピンチ。
ピッチャーは先発ホールトンから森福に代わったところだった。

状況的には、ホークスは「スミ2」。
その前の回に1点返された上、この6回はノーアウト満塁!
1本出れば、今日のゲームは決まりかねない。
ドラゴンズは行け行け、ホークスは守勢一方。

だが、森福の表情を見ると、何だか余裕があるように見えた。
森福は小さいし(事実、ぼくよりも小さい)、はっきり言ってヤサ男。
しかし、この時だけは堂々としてて、随分大きく見えたなあ。

最初の打者は前回痛い目に遭った小池。だが、全然合ってないぞ。
ノーアウト満塁のセオリー、ここは絶対に三振が欲しいところ。
最後は外から外のボール球?で、さんし~ん!!

次、これも痛い目に遭った平田。
打ち急いだ感じ?ドン詰まりのレフトフライ。
ポテンになるなよ! 内川がやや余裕を持って取りました。
ツーアウト、あと一人だ!

次は誰だ?・・・谷繁!(ラッキー!^^)
満塁になると、押し出しの心配があるピッチャーがいるが、森福は大丈夫。
谷繁はかすりもしない。最後はやっと当てて、ただ当てただけの内野ゴロ。
スリーアウト、チェンジ! 森福、男だ!!

今日のゲーム、ぼくは約1/3しか観ていない。
だから強気に語れないけど、ホークスが2点しか取れなかったと言うよりも、
ドラゴンズが3点目を与えなかったのではないだろうか?

3連投のファルケンも良く頑張った。
3連投さえシーズン中にはほとんど無かったはずなのに、今日は2イニングだ。
だけど、これじゃあ、さすがに明日は無理だなあ。

落合は2-1のままのゲームじゃないと考えたのでしょう、8回途中から浅尾を投入。
しかし秋山は、2-1のまま終わらせようと考えた、連投ファルケンの2回封殺。
今日は秋山の勝ち!


いやあ、実に面白くなって来たなあ。
明日は両チームともに見事にローテの谷間。一体誰が来るのか?
ホークスは山田か岩崎でしょう。細切れリレーしかないね。
ドラゴンズは誰なんでしょう?(誰でも大したことはない?)

ところが、明日からは早朝便(5時起き)で東京出張であります。
下手をすれば、明日はまったくゲームを観られない可能性も大。(悲)
明後日が移動日に当たってるのだけはラッキーですが。

というわけで、今日は皆さんのところへの巡回も不可能です。
明後日以降には必ず!^^;
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日本シリーズ2011 第3戦 [プロ野球]

(お詫び)
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ようやくシリーズ初勝利!
しかし楽には勝たせてくれません。
ドラゴンズは本当にしぶとく、そして嫌らしい野球をするなあ。
(河原の登板には驚いた!)

■日本シリーズ第3戦のスコア
 H 100 200 010 4
 D 000 001 010 2
 H:攝津、金沢、森福、ファルケンボーグ-細川
 D:ネルソン 、小林正 、河原 、鈴木-谷繁

まず一番の勝因は、攝津の好投。
孤軍奮闘で本当に良く投げてくれたと思う。
第二の勝因は、振り切るバッティングを取り戻した打撃陣。
初回から全イニングを観ていないので、あまり強気なことは言えないが、
ドラゴンズ先発ネルソンの投球は、今日のホークス打撃陣には丁度良い塩梅
だったように感じる。

しかし、今日のゲームは伏兵の二発に救われた。
ほほ確実なアウトカウント供給者だった多村と細川の本塁打には驚いた。
ファンは驚くとともに大喜びだが、一番喜んだのは秋山監督だったに違いない。
二発とも完璧な当たりだった。おめでとう、多村!嬉しいよ、細川!

だが、問題は相変わらず解決していない。
本塁打の出た4回、8回、そして唯一三者凡退に終わった9回を除く1,2,3,5,6,7回の
すべてで得点圏に走者を置きながら、タイムリーが出たのは1回、松田の1度だけ。
ドラゴンズとは対照的なほど、12安打もしながらタイムリー欠乏症だ。

とは言え、今日の勝ちは大きい。
なぜなら、これでドラゴンズが余計なことを考え始めるからだ。
野球とはそういうもの、勝負事というのはそういうものだ。

今日は、先日に続き金沢も投げ、森福も無難に初登場した。
投手陣で心配なのは馬原。そして今日も投げて押さえたファルケンボーグのヒジだ。
明日はホールトンだろうが、何とか完投してくれないかなあ。
そのためには、打撃陣が5点以上をもぎ取る必要がある。
頑張れ、ホークス!
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日本シリーズ2011 雑感 [プロ野球]

(お詫び)
時節柄、しばらくプロ野球の記事が続きます。
どうぞ遠慮なくスルーしてくださいまし。

日本シリーズの記事を書き出してからと言うもの、訪問して下さる方の数が激増!
4桁のPVなど考えられなかったことで、正直言って、驚いております。
というわけで、図に乗って第2戦終了時点における雑感などを。

今さらだが、ドラゴンズの印象は次の2つ。
・数少ないチャンスを確実にモノにする集中力の凄さ
・8回9回は、ほとんどノーチャンスと思ったほうが良い

まず1点目。
ドラゴンズの得点機会はホークスの半分しかない。
第1戦は2本の本塁打だったから除外しても、少ないチャンスを生かすしぶとさは
やはり大したものだと言わざるを得ない。勝負強い!

2点目。
浅尾-岩瀬のリレーは、残念ながら馬原が不安定な分、ドラゴンズが勝る。
同点ならまだしも、終盤でビハインドの展開では、勝ち目は極めて薄い。

第1戦、第2戦を観る限り、押さえ投手陣に比べ、先発投手陣にはスキがあった。
ドラゴンズ側では、中盤までに2,3点は覚悟している起用のように見えるのに、
相手が差し出しているその2,3点が取れないまま終盤に持ち込まれ、ズルズルと
負けパターンに引きずり込まれているように感じる。

現状のままでは、終盤での接戦勝負ではリスクが高い。
やはり、前半で3点ぐらいは取っておく布陣が必要ではないか?
現状のウィークポイントははっきりしている。多村-福田-細川(山崎)のところだ。
ナゴヤでは小久保がファーストに入るだろうから、ライトは多村の代わりに福田か
明石で臨んだらどうか?
守れない松中が、1打席のみの代打でしか使えないのが本当に痛い。

明日の先発はホールトンか攝津しかいないが、ホールトンは長らく投げていない。
6戦、7戦の中継ぎ登板までも視野に入れれば、必然的に攝津に絞られるか?
しかし攝津の場合、ある程度の失点は覚悟せねばなるまい。
昨夜の森野の決勝タイムリーを除けば、ドラゴンズ得点のすべてがコントロールミス
によるものだけに、攝津の制球力に期待したい。攝津、頼む!

以下、独断と偏見によるおまけ。

■打撃陣の寸評
1.川崎:可もなし不可もなし。だが気合負けはしていない。
2.本多:不調で出口見えず。すっかり崩された。
3.内川:ツキもない。まあ、大丈夫でしょう。
4.松田:そこそこ。意外性の男の出番はこれから。
5.小久保:やる気十分、結果も出てる。今に見ておれ。
6.長谷川:当たってる、絶好調!バントさせる手はない。
7.多村:今やただの守備要員。松中が守れれば・・・。
8.福田:やる気が空回り。多村が低調でプレッシャーかかる。
9.細川:まあ、こんなもの。

■投手陣の寸評
・和田:好調を持続中。
・杉内:やや下降気味。
・ファルケンボーグ:安定感抜群。宝の持ち腐れ。
・馬原:相変わらず不安定。
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