「なぁ、そろそろ説明してくれねぇかな?」
連れ去られた直後は騒いでいた剣正も、疲れなのか、諦めたのか今ではすっかり落ち着いた様子で助手席に座っている剣正は、運転席で仏頂面をしてハンドルを握り車を走らせている大男に声を掛けた。
「中将殿から事前に連絡があったはずですが」
「連絡もなにも、俺は『島津寮に向かえを寄越す』としか聞いてない」
剣正は誘拐前にクリスの父であるフランク・フリードリヒから無線で言われたことを、要約して話した。それを聞いた大男は納得した表情を浮かべると、説明をし出した。勿論その間も前から視線を逸らしたりはしない。
「わかったけど、わかりたくねぇ……」
説明を受けた剣正から出た言葉である。これまでにないほど憔悴しきった顔で、声からは絶望にも似た心情が感じられた。
「中将殿もお忙しい身なのです」
「…………」
「どうかご理解いただきたい」
「…………」
「浅井殿?」
「わかった! わかったから! 頼むから左手に持ってる物を片付けてくれ」
一向に「YES」と返事をしない剣正に、大男は先ほど使ったスタンガンをちらつかせていたのだ。おそらく大男は拳銃も持っていると予想できるが相手が「どうせ撃ちっこない」とタカを括る可能性もあり、一度味わったことのあるスタンガンの方が脅すには効果的なのだ。
実際その通り、剣正は怯えていた。
誰しも、一度喰らった痛みなど味わいたくないのである。
「それで、俺はこれからどこに行くわけ? えぇと」
「ルーカスです。浅井殿は空港に準備されている小型ジェット機で中尉殿の居る紛争地帯付近へと行ってもらいます」
「ルーカスさん、それって……結構……危険じゃない?」
「護衛の者も同行致しますので」
「いや、そうじゃなくて」
「これは申し訳ない。防弾チョッキも用意させてあるのでご安心を」
「危険なんだな……」
剣正は「危険はない」という言葉を欲したのだが、現実主義である大男は決して剣正の望んでいる答えを返さなかった。
二年に進級してからというもの、ほとんどロクな目に遭っていない剣正。それに拍車を掻けるように今回の誘拐。汚職に塗れた政治家よろしく剣正の目は濁りきっていた。
そんな剣正の様子を特別気にするわけでもなく、車は着々と目的地へと向かう。
――数十分後
空港に予め準備されていた小型ジェット機内に剣正の姿はあった。
「あれ? ルーカスさんは来ないの?」
「私はこれから任務がありますので」
「そうなんだ。何するか知らねぇけど、頑張って」
「ありがとうございます。では御武運を……!」
「は?」
剣正が聞き返そうとした瞬間、外と機内を繋いでいたドアがバタンと大きな音を立てて閉じられてしまう。
「御武運だって……? ふざけんなチキショー!!」
車で誘拐された時と同じように、機内に虚しく剣正の悲痛の叫び声が響く。理不尽なことに連続して遭遇している剣正の叫びは今まで以上に大きなものだった。
嵐のように荒んでいる剣正の心。それとは裏腹に窓から見える外の景色は雲ひとつなく晴れ渡っている。島津寮に帰りたい気持ちでいっぱいだったが、そんなこと今更できるわけもない。
剣正は行き先の分からない不安など、様々なものが押し寄せてきていることに、どうしようもない感情に苛まれていた。
ぐぅ~…………
「あー、ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい」
「何か、食べるものある?」
「暫しお待ちを」
一時間以上続く沈黙を破ったのは剣正のお腹の音。それもそのはず剣正は昨夜の晩御飯以降、何も口にしていなかった。
剣正は座っている席の後方にいた、同行してくれるという軍人に食料を求めた。
剣正の願いを聞いた軍人は、席を立つと前方に置いてあったバッグの中から食べられる物を持ってきて、剣正へと手渡した。
「ありがと」
剣正の手の中にあったのは、二つの缶詰とパン、スプーンとフォーク。軍隊が軍事行動中に配給される食糧であるコンバット・レーション――日本語でなら野戦糧食、戦闘糧食――だった。
お世辞にも美味しいと言える代物ではなかったが、相手が軍人ということもあり出てくるものを予想していた剣正は文句の一つも言わず一心不乱に食べ続ける。
「ご馳走さま」
食べ終わった剣正は日本人らしく合掌して食事を終えた。
空腹から解放されたことで、少し眠たくなっていた剣正は、その後は特にすることがあるわけでもなかった為、意識を手放した。
「浅井殿起きてください」
「んあ? 晩飯か?」
「いえ、夜食ではございません。そろそろ降りるので準備の方をお願いします」
「準備って……俺、何も持ってきてないぜ?」
「そうでしたな。ではコチラへ」
「まだ空の上だろ? 着陸するまで座ってた方がいいんじゃ」
「ですから先ほど言ったように、”降りる”のです」
「降りる? って、まさか……」
寝起きでボケていた剣正の思考が一気にクリアになる。現在、剣正たちを乗せている小型ジェット機は遥か上空を飛行中で、一向に下降する気配を見せていない。その状況に、軍人の言った『降りる』という言葉を踏まえた結果導き出される答えは……
「そこから飛び降りるなんてことは……ないよな?」
剣正の指がさす方向の先には、鉄製の扉。それは剣正が乗り込む、もとい無理やり押し込まれた時に通った扉。
「はい。本来着陸する予定だった場所が、戦闘により破壊され現在使用することができないとの連絡が入りましたので」
「嫌だ」
「時間がありません。速やかに準備してもらいます」
「おい! 人の話を……いや、何でもないです、ハイ」
剣正の目に映ったのは、天敵スタンガン。
自分を今の窮地に追い込んだ憎き武器であり、見るだけで与えられた痛みと痺れを思い出させられる代物。
死んだような目をしたまま突っ立ている剣正に、軍人は馴れた手つきで器具を付けていく。剣正が前、軍人が後ろという格好で器具を連結させ終えると、扉を開け放ちカウントをとり始めた。
「funf」
最近、何でこうも不幸なんだよ
「vier」
あの無線機、絶対に叩き潰して捨ててやる
「drei」
でも、何より先に飯だな
「zwei」
とりあえず無事に帰ろう
「eins」
剣正がそんなことを考えている間に、無常にもカウントは進んでいき――
「null」
ダラリとしている剣正を気にすることなく軍人は外へと飛び出した。
その日、剣正は初めてスカイダイビングを体験した。行き先は死地……!
皆さんお久しぶりです!
短い内容でスミマセン orz
次回は早めに更新したいと思いますので、どうかご容赦を……
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