剣正は親不孝通りで遭遇した事件の翌日、川神学園に辿り着いてすぐに宇佐美の下へと向かうため、廊下を走っていた。基本的にはギリギリに登校してくる剣正だったが、この日ばかりは通常より早めに登校してきていた。
職員室の前で宇佐美を見つけた剣正は話しかける。
内容はもちろん聞き忘れていたクスリの件と昨夜遭遇した暴行事件のこと。
「おはよう宇佐美さん。ちょっといいか?」
「おはようさん。これから小島先生に話しかけようとしてたんだが……」
「悪い。今は諦めてくれ」
「仕方ない」
「恩に着る」
剣正の様子に気付いたのか、宇佐美からは先ほどまでの駄目なオッサンという雰囲気は消え、仕事に専念する時の表情になる。
それを確認した剣正は、クスリのこと昨夜の事件のことについて話し、宇佐美の知っていることを聞きだしていく。
「何か知ってるか?」
「オジサンの知っているかぎり、クスリに関しては最近出回りだしたモノで、どんな作用があるのかはわかってない。今度調べといてやる」
「ゲンちゃんと同じか……。悪いけど頼むわ。俺じゃ裏世界の情報は調べられねぇからな」
「忠勝にも聞いたのか。わかったらアイツからお前に伝えるように言ってといてやる」
「俺も仕事なんて選ばず何でもやるんだった」
剣正は今になって悔んでいた。部屋の掃除から借金の取り立ての何でも代行する“宇佐美代行センター”でバイトとして働くようになったのは、社員の一人が剣正をスカウトしたのが始まりだった。
最初は『面倒だ』と言って渋っていた剣正だったが、『簡単(安全)な仕事だったら請け負う』という条件付きで働きだしたのだった。それを今の今まで貫いてきた剣正は危険が伴う仕事をしたことがなく、裏の情報を手に入れるコネなどがなかったのだ。
「悔やんでも何にもならないぞ。大事なのはこれからだ」
「あぁ。これからは何でもやるから言ってくれ」
「どんな心境の変化だ? 前は頼んでも『嫌だ。俺は平和に暮らしたい』と言ってたろ」
「……守るものができたからな」
宇佐美の質問に、剣正の頭の中に浮かんだのは風間ファミリーのメンバー一人ひとりの顔だった。仲良くなったのは最近であっても、自分が変われるようになったきっかけをくれたのは、他ならぬ彼らや彼女らであったのだから。
「ご立派、男の鑑」
「茶化すなよ」
「男の顔だねぇ。今度何か奢ってやるよ」
「しっかりと奢ってもらうから覚悟しとけよな。あ、暴行事件の事は何か知ってるか?」
「一度で覚えろ?」
宇佐美は親不孝通りで住んでおり、近所で起きた事件だったこともあったため、昨夜の騒ぎ(パトカーや救急車のサイレン)を聞きつけ早い段階で情報を集め出していたのだ。
ちなみに親不孝通りに住んでいるのは、裏の情報を知るのに都合の良いことや、治安の問題で家賃が他に比べ安いことが理由だった。
「『加害者は黒のタンクトップを来た大男』『被害者はクスリを売っていた人間たち』か……了解。しかしいつもの事ながらよく知ってるな」
「情報は金になるってこと。本来なら金で情報を流す」
「それをタダで情報が貰えるなんて、働いていてよかったぜ」
「これで昨日の手伝いの分の給料はチャラ」
「ってオイ! それはねぇだろ宇佐美さん……」
「世の中ギブアンドテイクってことだ」
「さっきまでは良い人だって思ってたのによ」
「良い勉強になったな浅井。ほら職員会議が始まるから行け」
「ご立派、教師の鑑……」
宇佐美の真似をし溜息を吐くと、教室に向かって歩いていく剣正。その後ろ姿からは疲れが見てとれた。
「そうそう、優からの伝言だ。『明日戻るから、放課後河原に来るように!』だとさ」
「りょうか~い」
剣正は宇佐美の言葉に生返事をして、その場からトボトボと消えて行った。
◆◇◆◇◆
その日の夜、人気の無くなった川神学園の中に複数の人影が確認できた。その影とは風間ファミリーであり、その中には剣正の姿もあった。
「で、なんで呼び出されたんだ?」
放課後、制服から私服に着替えた剣正は情報を求め親不孝通りを駆けずり回っていた。だが知っている以上の情報を得ることができず途方に暮れていたところに、風間ファミリーのリーダーである風間翔一から電話で『今すぐ川神学園に集合、異論は認めん!』と招集を掛けられたのだ。
「キャップ説明してなかったのか」
「忘れてたぜ。わりぃわりぃ」
「はぁ……いつものことだけど、しっかりと伝えてくれ」
キャップと呼ばれる翔一に変わり、大和が今回呼び出した理由を話しだす。
「“依頼”って知ってるよな?」
「頼みを請け負うアレだろ?」
川神学園には“依頼”と呼ばれるものが存在していて、学園内の問題、つまり教師や生徒からの頼み、内容は部活の助っ人から彼氏や彼女のフリだったりと様々なモノを、食券を報酬で受け取り、それをこなすというものだった。
依頼は毎回、空き教室を使ってセリにかけられより安く提示したものが請け負うというシステムになっていて、今回は『窓を割っている犯人を叩き伏せろ』という内容のもので、翔一がセリ落としていたのだ。
「俺、その犯人知ってるかも」
「ほんとか?」
「昨日ファミレスでそんな会話を聞いた覚えがある」
「で、どんなやつだった?」
「たしか中学生くらいの子で二人組だった」
「俺たちが手に入れた情報だと3・4人で車をだったから、最低でももう1人はいるな」
「あまり役に立てなくてスマンな」
風間ファミリーの面々は作戦会議を始め、各階に二人ずつ別れるツーマンセルという形をとることになり、剣正は目が良いという理由から、弓道部に所属している椎名京と共に屋上という配置に着くことになった。
「京ちゃん、敵さんが来たぜ」
屋上から正門の方向を見ていた剣正が窓割りの犯人が来たことを知らせるように口を開いた。
「何も見えないけど……」
「紺の軽自動車に四人。えーと……運転手は大柄な南米系の男、あとは中学生くらいの子供だ」
「もしかして冗談じゃなくて、見えてるの?」
「あぁ、昔から目が良いんだ」
「目が良いってレベルじゃないと思うよ」
そんな会話から少しあと剣正の言った通り、紺の軽自動車に乗った四人組の男が川神学園の敷地内に入ってきた。
「ところで俺はなにをすればいいんだ?」
剣正の質問に京は「見てるだけでいい」と言うと、傍に置いてあった弓を左手に、矢を右手に構えると、乗る者のいなくなった軽自動車のタイヤ目掛け放った。京の手から四本の矢がなくなる頃には、前輪後輪を合わせた四本のタイヤからは空気が失われることになった。
「ほぇ~、見事! って言葉が似合う腕前で」
「まぁまぁだね」
「慢心しないとはご立派、武士の鑑」
ほどよくして校内から逃げ出してきた犯人の一人は、車がパンクしていることに気付くと振り返りナイフを片手に一子に立ち向かっていったが敢え無く返り討ちに遭い、お縄に着くことになった。
「最近、ヒ……宇佐美さんがうつってきたかも……なんか憂鬱だな」
暑くなってきて脳味噌がとろけてきている忍ですw
久々に連日更新できてよかったw
ではまた次回お会いしましょう。
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