一子とクリスの決闘はすぐに校内放送で学園生徒全員に伝えられた。剣正と百代の決闘も予定されていたため決闘という言葉に敏感になっている生徒たちは、すぐさまグラウンドに移動を始め瞬く間に校庭は観客で埋め尽くされた。
剣正はというと今朝のクリスとの登校を見られたのを気にして、グラウンドを見渡せる屋上でもうすぐ始まる決闘を見物しようとしていた。
一子とクリスによる決闘の後は、全校生徒注目のメインイベントである『剣正』対『百代』の決闘が設けられていた。一度は腹を括った剣正だったが、直前になって気持ちが弱くなり今からでも逃げようかと往生際の悪い考えが頭の中をグルグルと回っていた。
「何だこんな所にいたのか」
剣正の背後から突然、女性の声が聞こえる。
「あ、あぁ先輩か」
振り向いた先に居たのは対戦相手。だが、その姿は着ているはずの川神学園指定の制服ではなく、武道に席を置く者なら誰しも持っている道着に袖を通した百代の姿だった。
「珍しく道着なんだな」
「今日まで楽しみにしていたんだ。制服で戦っちゃ対戦相手であるお前に失礼だろ」
「そんなもんかね(先輩が満足できる相手に出会っていない、か……)」
以前どこかで小耳にしたことのある噂が脳裏をよぎり、逃げ腰で揺らいでいた気持ちを持ち直した。
「なぁ、先輩」
「なんだ?」
「今まで先輩のいる世界には俺はいなかった。踏み込んでやるよ、先輩が満足できるように」
縁をなぞるように置いていた腕の上にあった頭を上げ、百代の方に体ごと向くと宣戦布告を行った。今回の決闘を決めた時の勢いに任せたものではなく、しっかりと冷静な精神状態での宣戦布告だった。
「……楽しみにしている」
そんな剣正の姿と言葉に少し驚いた百代は、一瞬戸惑うもしっかりと言葉を返した。本当に楽しみにしている表情をしながら。
「ま、本当に満足させられるか不安だけどな」
「そんなことないさ。私が興味を持った男なんだからな」
「あんまり過度な期待はしないでくれ。こうみえても俺はチキンなんだ、逃げたくなる」
「ハハハ、逃げたら今まで以上に追いかける。地獄の底までな」
「本当にそうしそうだから怖ぇよ」
そんな風に剣正と百代が雑談に興じながら、下で行われている決闘を見ていた。
「どうみる剣正?」
「わかんね。でも、もうすぐ勝敗が決するんじゃねぇか?」
「何故そう思う?」
「ン、なんとなく」
剣正の言葉は次の瞬間真実の物となる。
猛攻を仕掛けていた一子が一度距離を置き、手に持っていた薙刀を高速で回転させ始めたのだ。
その後、一子の必勝の構えから撃ちだされた大技をクリスはギリギリではあったが、かわしきり必殺の技を出したために僅かだが硬直していた一子の身にクリスのレイピアが突き刺さり勝敗は決したのだった。
「終わったか」
「あぁ、次は私たちの出番だ。行くぞ剣正!」
「おう! って、どわぁぁぁぁぁああ!!!!!」
決闘を見届け終わった百代は剣正の首根っこを掴むとバンジージャンプよろしく、グラウンドに向かって跳んだのだ。突如の事態と味わったことのない体験に叫び声を上げながら降下していく剣正だった。
◆◇◆◇◆
決闘を終えたクリスは2-Fの生徒たちに歓迎されていた。クラスメイトである一子と真剣勝負をしたクリスは敵ではなく仲間となった。その証拠に決闘の最中でも付き合いの長い一子だけではなく、クリスに対しても声援が送られていた。
「なぜ皆、教室に戻らないんだ?」
周囲を見渡したクリスが疑問を口にした。決闘が終わったにも関わらず見に来ていた生徒たちから一向に戻る気配が感じられない。
「クリスは来たばかりだから知らないのか」
「お前は?」
「直江大和。同じクラスだ。よろしく」
「大和……日本国の異称、“大和”の字か」
「そうね。戦艦大和の大和」
「とても良い名前……大和と呼んでも?」
「うん。皆もそう呼んでるしね」
「では大和、よろしく」
「っと、脱線してしまったな。話を戻すけど、本来今日はもう一つ決闘が行われる予定なんだ」
その後、大和はクリスにわかりやすいよう簡潔に説明をした。
「でも、こういうお祭り騒ぎが好きな生徒が多いのは知っていたけど、決闘にこれだけの人数が集まったのは初めて見たよ」
「それだけ注目されているのだな。確か一人は川神百代」
先ほど大和に説明を受けたクリスはポツリと主役の名を呼ぶ。それに捕捉するように大和が付け加える。
「で、もう一人が浅井剣正。今朝クリスが馬に乗せてきた生徒でクラスメイト」
「こう言っては悪いが、一見した様子では正直強いとは思えなかったが……」
クリスが住むドイツまで川神百代の名は届いていたのだ。朝に出会った少年が、あの川神百代と張り合えるはずがないと思ったのだった。
「たしかに、普段の浅井からは想像できないから仕方ないか」
「もしかしてアイツはそんなに強いのか?」
「姉さん……川神先輩ほどではないと思うけど、強いはず。武道に関して、ほとんど素人の俺では信憑性に欠けるけどね」
最後に「あとは自分で見て確認してくれ」と言おうとした時、叫び声が聞こえてきた。それも大和たちがいる所へと近付いているのか、徐々に叫び声が大きくなっていた。
「上か」
誰かの声で一斉に頭上へと視線が集まる。目に飛び込んで来たのは、風を切りながら降下してくる百代と、首根っこを捕まれ情けない声を出している剣正だった。
「姉さん!?」
「大和じゃないか」
「なんで空から……?」
「屋上でワン子たちの決闘を見てて終わったようだから降りて来た」
「それはわかったけど」
大和はそう言うと、百代の手にぶら下がっている剣正へと可哀そうなものを見る時と同じ視線を向けた。
「先輩、そろそろ離してくんねぇかな。皆が見てる……注目されると逃げたくなる」
平常心を取り戻した剣正は自分に向けられる視線に気付き、気だるい気分になりながらも百代に離すように求めた。
「悪い悪い。でも逃げるんじゃないぞ」
「わかってるって。場も結構、暖まっているみたいだしな。逃げようもんなら大顰蹙を買っちまう」
一子とクリスの決闘を見た後ということもあり、興奮冷めやらぬ様子で今か今かと、決闘が始まる瞬間を待っていた。
「それでは、始めるかのう」
剣正たちの会話が終わり、ちょうどキリの良いところで決闘の見届け人である鉄心が話しかけてきた。
「「あぁ」」
剣正と百代、二人の声が重なる。
「と、その前にじぃさん。少し頼みがあるんだが」
「なんじゃ?」
「道着貸してくれねぇかな? 今、持ってないんだよ」
「お安い御用じゃ。ちと待っておれ」
鉄心はそう言うやいなや、疾風の如き速度でこの場から消え、一瞬で戻ってきた。その手には剣正に頼まれた道着が持たれている。
「ありがとさん」
鉄心から道着を受け取り着替え終わった剣正はグラウンドの中心、主役が待つ場所へと歩みを進める。距離が近づくにつれ、ひしひしと緊迫している空気が伝わってきていた。
「なかなか似合っているじゃないか」
「久々に袖を通したけど、やっぱり良いもんだな道着ってやつは。気が引き締まる」
帯をしっかりと絞めた剣正は百代に視線を向ける。その表情は、この決闘から逃げようとしていた時の情けない剣正とはかけ離れたものだった。
「いい顔だ」
剣正を見た百代が口角を上げ、笑みを浮かべる。
「それではこれより川神学園の伝統、決闘の義を執り行う。審判はワシ、川神鉄心が責任を持って勤める。両者前へ出て名乗りを上げい」
「3年F組、川神百代」
「2年F組、浅井剣正」
「決闘中は勝負がつくまでは何があっても止めぬ。が、勝負がついたにも関わらず相手に攻撃を行おうとしたらワシが介入させてもらう。良いな?」
「あぁ」
自分と同じ領域に誰もいない孤高の強者、川神百代。
「わかってる」
その領域に足を踏み入れようとしている稀代の挑戦者、浅井剣正。
二人の武士の――
「いざ尋常に、はじめいっ!!!!」
――決闘の幕が切って落とされた!!
えーと……まず謝っておきます。
決闘かと思って読んでくれた皆さま、すみませんでしたー!
何故か書いているうちにこんなことに……
戦闘は次回になりますので、見捨てずにいてください orz
申し訳ない気持ちではありますが、
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