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二章:変わったもの
第5話:もうひとつの決闘

「まだ来てないぞ浅井のやつ」


 剣正の所属する2-Fの教室内はざわざわとしていた。全校生徒が注目している決闘、それの主役のうちの一人、浅井剣正がHR直前になってもまだ教室にはおろか学園にすら姿を露わしていなかった。


「大和、何か知ってるか?」


 筋骨隆々の言葉が良く似合う男子生徒、島津岳人が剣正と同じ寮に住んでいる大和に質問する。


「いや、朝食の時は一緒だったけど、『先に行っといてくれ』って言われたから、そのあとは知らん」

「なんだよソレ。もしかして逃げたんじゃねーのか?」

「それは……」

 
 大和は決闘が決まってからの剣正の様子を思い浮かべると、あながち岳人の言葉が間違っていないかもしれないという気持ちに駆られる。


「ないとは言い切れないな」

「決闘もそうだけどよ、いよいよ今日だなぁ」

「え? あぁ、転入生のことか」

「大和の仕入れた情報だと女子だったよな?」

「そうだけど、あんまり大きな声で言うなよ」


 こうして大和と岳人が雑談を興じている間に、教室に備え付けられている壁掛け時計は8時50分を差していた。と、同時に2-F担任である小島梅子がガラッとドアを開き教室内に入ってくる。

 直前までざわざわとしていた教室内の喧騒はピタリと止み、生徒たちは姿勢を正し着席していた。


「それでは、お待ちかね。転入生を紹介しよう」






◆◇◆◇◆






 馬の背に揺られながら剣正は1つの単語を息継ぎなしで繰り返し呟いていた。


「最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ……」

「ん、何か言ったか?」

「いや、何も……最悪だ最悪だ最悪だ……」


 自分の前で手綱を器用に扱い馬を乗りこなしている少女の背を見る剣正の顔は実に恨めしそうだった。だからと言って、善意おそらくでしていることのなのだろう、と半ば無理やり納得すると動かしていた口をようやく止める。


「遅れ気味だ。少々揺れるが我慢してくれ」

「え? なんだ、つッッッ!!」


 クリスの言葉を上手く聞き取れなかった剣正は聞き返そうとしたが、突如として馬の速度が上がりその振動で舌を噛んでしまった。この時になって剣正は先ほどのクリスが言った言葉がコレだったのかと理解したが、舌を噛んでしまった今では後の祭りだった。

 普段使っている通学路を普段とは違った目線と状況で川神学園に向かうなか、剣正は痛む舌と別の意味で痛む頭に悩むも、1つの答えを出していた。


(腹括るしかねぇか)


 ようやく決断した剣正はある種の清々しい気分になり、気持ち身体が軽くなった気がした。だが、剣正は忘れていた。自分が置かれている状況のまま学園に行く意味を。1つ解決すればまた1つの問題が発生するのが、百代と出会ってからの剣正の日常だった。






◆◇◆◇◆






 場面を移して2-F教室。


「グラウンドを見るがいい」


 転入生であるクリスの父であるフランク・フリードリヒが、教室の窓を指し生徒たちの視線を外に促す。


「……? げっ!?」

「どうした大和、何が見えるんだ?」

「女の子が学校に乗り込んできた。……あと」

「なんだそりゃ!! あとなんだよ?」


 担任の許可を得て2-Fの生徒がワラワラと窓に群がり始める。そして生徒たちの目に映り込んだのは、もちろん…………


「クリスティアーネ・フリードリヒ!! ドイツ・リューベックより推参!! この寺子屋で今より世話になる!!」

「寺小屋って……」


 白馬に跨り、綺麗な金色の髪の毛を風になびかせるクリスと、その後ろで身体を小さくして視線から逃れようとする剣正の姿だった。

 その姿を見て2-Fの男子生徒は歓喜し、女子生徒は男ではなかったことに肩を落としていた。


「なんだあの男は!? 何故クリスと一緒にいるのだ!!」


 生徒とは別で最愛の娘であるクリスの後ろにいる剣正の姿を見て激怒するフランク。


「こうしてはおれん!!」


 そして何を思ったか教室から飛び出して行ってしまった。

 小島先生に促され馬から降りたクリスと剣正は下駄箱でフランクに出会った。父のフランクに先に行くように言われたクリスは剣正を置いて教室に向かって行った。


「君の名は?」

「えっと、浅井剣正ですが」

「何故、クリスと共に来たのか答えたまえ」


 有無も言わせないフランクの迫力にたじろいでしまう剣正。


「遅刻しそうな所に娘さんが通りかかり、目的地が一緒なら連れて行ってやると言われ、
娘さんの善意を無下にするわけにもいかず」

「よくわかった。そこに余計な感情がなかったと誓えるか?」

「誓えます」


 剣正の言葉を聞いたフランクはおもむろに右手を上げ、それを見た剣正は『ふう』っと肩を撫でおろした。


「ようやく外れたか」

「気付いていたのかね?」

「さっきチラっと見えたので」

狙撃手(スナイパー)がかね?」

「目が良いのだけが取り柄なので」

「さすがサムライの国だ。1000メートル以上も離れた位置にいる狙撃手(スナイパー)を事もなげに見破ってしまうとは」

「僕はこれで失礼します。これでも遅刻している身なので」

「うむ。君に1つ頼みがあるのだがいいかね?」

「僕、個人でできることなら」

「美しいクリスに近寄る害虫の駆除を頼みたい」

「できるかぎり善処します」


 フランクの頼みを聞いた剣正は断わることもできたが、先ほどのこともありとりあえず受けることにした。もし断わればどんな目に遭うかがわからなかったからである。


「私はこの後、任務があるのでこれで失礼する。頼んだぞ浅井君」


 剣正の返事を聞いたフランクは満足気な表情をしながら年を感じさせない足取りで、この場を後にした。

 気がだるくなりそうな思いをしたあと剣正が2-Fの教室に着いた時に聞こえてきたのは川神一子の元気な声だった。


「クリス戦闘で勝負よ!」

「分かった。受けて立つ!!」

「待て、肉体を使用する決闘の場合は職員会での了承が必要だ」

「ほっほっ。小島先生。話は聞かせてもらったぞい」


 いつの間にかどこからともなく現われた鉄心が、一子とクリスの決闘を了承する。幸いにも、この日は剣正と百代の決闘が行われる日だったため準備も行なわれていた。その前座試合という形になるが、心起きなく闘えるからだった。


「今すぐやんなさい」

「俺が来てるか見に来やがったな」

「なんのことかのう?」

「クソじじぃ……」

「よく逃げんかったの」

「はッ! 逃げるわけねぇだろ」


 決して今朝の出来事を忘れていたわけではなかったが、鉄心の前ということで強気になる剣正。


「ではこの後の決闘が楽しみじゃ。頼んだぞい」


 ほっほっほ、と笑いながら鉄心は2-Fを後にした。

筆が安定しない……いつにもまして不安定 orz
こんな日もあるさ

※今後この話は改正される可能性があります。

真剣で私に恋しなさいS!【みなとそふと】を全力で応援しています!


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