「悪いな先輩。寮まで送らせて」
一頻り泣いたあと剣正は自分が住んでいる寮へと百代の助けを借り帰っていた。
「お前がワガママを言わなかったらもっと早く着いてるんだぞ」
「勘弁してくれ」
百代の言ったワガママとは何かと言うと。遡ること数分前。
医務室のベッドから出ようとした剣正は少し困った状況に陥っていた。
「なぁ先輩、さっきは気にすんなって言ったけど、緊急事態だ。助けてくれ」
下半身を指差しながら何かを訴えようとする剣正を見て百代は何やらニヤニヤとした表情を浮かべる。
「あのなぁ……こんな時に下の話はやめろよな」
盛大に勘違いをしていた。
「違うって! っイテ……足首が痛くてまともに歩けそうにないんだ」
剣正がそこまで言うと百代はギラッと目を光らせ剣正を両手で持ち上げた。
持ち上げられた剣正の顔が赤く染まる。
所謂、男性が女性を抱き上げる時にする『お姫様抱っこ』というものだった。
「ちょっ!? 止めろ、止めてくれ! 止めなかったらぶっ飛ばすぞ! いや、ホント何でもするから下ろしてください」
あまりの恥ずかしさに強かった口調は弱くなっている。剣正はこれまで女性と付き合った事もなければ、お姫様抱っこというものを経験したことがない。それなのに抱き上げる側ならまだしも、抱きかかえられる側になったのだから仕方ない。
「何でもするんだな?」
コクコクと百代の腕の中で顔を上下に振る剣正。それを見て「そんなに恥ずかしいか」と言いながら百代は剣正をベッドの上へと下ろした。
これが逆の立場であったなら男としてカッコつくかもしれないが、如何せん剣正にそんな余裕はなかった。
「戻ってアイツの様子見たいしな」
その言葉を聞いて百代は、剣正に言おうとしていた事を心の中に留めた。
(ここで私が戦えと言ったら、空気読めてないよなぁ)
そんな百代に気付く様子のない剣正はカバンを肩にかけると、怪我をしていない方の足で体を支え立ち上がると百代に話しかけた。
「肩貸してくれ」
こうして川神学園から出てきたのだった。
「無理無理無理ッ! あんなの恥ずかしすぎだろ」
剣正はさきほどのお姫様抱っこされたことを思い出しながら百代に話す。
「今後のための予行練習と思ったらいいじゃないか?」
「いや、何で俺がされる側なんだよ。だいたいする相手も」
「なんだお前。付き合うような相手いないのか」
百代は少し驚いたような顔をしながら剣正を見た。
「可笑しいかよ。これまで誰ともそんな関係になったことねーよ」
「いや可笑しくはないが、私の友達の中ではお前って結構人気あるんだぞ」
「は?」
今度は剣正が驚きの表情で百代を見る。
「なんかお前が猫を可愛がっている姿を見て優しいやつなんだなあとか思っているらしい。それに顔も悪くはない」
百代が言うように剣正の顔は悪くはない。だからと言って良いとまでは言わないが、十人いれば一人二人くらいは好みかもと言うくらいの顔をしている。
特に猫とジャレている時の剣正は、普段人に見せることない笑顔をしているため好印象を与えているのだった。
「へぇ~……」
「なんだ嬉しくないのか?」
「いや、今までそんなこと考えたことなかったなぁって。ぶっちゃけると俺は自分の事あまり冴えないやつと思ってた。唯一幼い頃からやっていたアレも先輩や鉄心のじぃさんには適わないし」
剣正の言っている『アレ』とは、数時間前に見せた構えに関する事だ。
「私たちはな……それでも私はお前を評価してるぞ?」
「買いかぶりすぎだとは思うけど」
「なぁ剣正、あの構えって」
百代がそこまで言ったところで、剣正が被せるように話しかけた。
「ここまで来たら大丈夫だ。先輩、ありがとな。また礼はするから」
話しているうちにいつの間にか島津寮の目と鼻の先まで来ていたのだ。
「あぁ、あまり無理をするなよ」
「大丈夫だって。もし何かあれば助けを求めるさ」
互いに手を上げ別れると剣正は猫が居るはずの自分の部屋へ急ごうとする気持ちを抑え、腕時計の短針が十二時を過ぎていたため静かに戸を開けた。
「おかえりー!」
戸を開けた瞬間、大きな声と共に剣正に飛びかかってくる者がいた。
寮に居る者は寝ていると思っていた剣正は突然の出来事と、怪我をしていた事もあり避けることができず直撃し倒れた。
「ッテェ……」
「近所迷惑だキャップ」
剣正の上に乗っていて大和に注意されたのは剣正と同じこの寮に住むバンダナを頭に巻いた少年、風間翔一。
「それに早く退いてあげないと」
翔一にハッ倒され乗られている剣正の様子を見ながら、大和に続いて言葉をかけたのはとある出来事から大和ラブな椎名京。
「あー、悪い。ちょい興奮しすぎた。そんなことより、よかったな猫無事だってよ」
「ホントか? で、今はどうしてる?」
自分の痛みなど忘れ猫の事で頭がいっぱいになる剣正。
「とりあえず中に入ろう。本当に近所迷惑になる」
大和はそう言うと地面に転がる鞄を広い京に預け、剣正に起こす。
「悪いな」
「気にするな」
剣正が自分の部屋に入るとそこにはスヤスヤと眠る猫とそれに寄り添う二匹の子猫がいた。
「二時間くらい前まで居た獣医が治療を終えて帰ったんだ。あと『もう大丈夫。あとは飼い主が側で面倒を見ていてください』と伝えてくれと頼まれた」
剣正と共に部屋に入った三人のうちの一人である大和が猫について説明をする。
「よかったぁ……お前らもよかったな」
子猫たちに話しかける剣正。少し涙目になっていたのは仕方ないだろう。
「お前もよく頑張った。偉いぞ」
剣正は最後に寝ている親猫の頭を優しく撫でた。
「あと三人もありがとな。わざわざそれを伝えるために起きていてくれたのか?」
三人への感謝の気持ちを告げる剣正。三人とは同じ寮生ということで面識はあったが、ここまでの事をしてもらうほどの仲ではなかった。
「それもあったけど俺がお前に用があったんだ」
「なんの用だ風間?」
「俺の事はキャップと呼べ! 大和、京、俺は決めたぜ。今日から浅井……いや剣正を風間ファミリーに迎え入れる!」
「「「……ぇぇぇえええ!?」」」
真夜中の島津寮に三人の声が響いた。
「なにやら楽しそうな声が聞こえてきますぅぅぅ」
それとは別に涙を流す少女が一人いたことは剣正たちは知らない。
この話はグダグダになってしまったことを後悔しながらも、めずらしく更新ラッシュ!
次回で第1章は終わります……おそらくw
愚痴というか悩みというか
恋愛書くの無理じゃね?と思った作者です…orz
さておなじみとなりつつありますが、
ご感想・ご意見・ご指摘など随時お待ちしております。
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