「あのバカッ!!」
決闘が終わったにも関わらず、相手に追い打ちをかけようとしている剣正を止めるために百代はその場から飛び出す。
かなり焦っている様子だったが、それには理由があった。
決闘直前に鉄心が剣正らに伝えていた「勝敗がついたにも関わらず相手に攻撃を行なおうとしたら『ワシ』が介入させてもらう」という注意事項。
鉄心は老いたとしても武神の名を我がものとするほどの超人。全盛期に比べて衰えていても未だ現役バリバリの武道家なのだ。
武を興じる者としてルールは絶対。
実際これまでは、百代の知る限り決闘でこのルールを破った者はいなかった。
決闘を行なう者たちに多かれ少なかれ良識などがあったかもしれないが、それは『川神鉄心』という存在が主な理由だったのだろう。
それを今目の前でルール破りと言う名の禁忌を犯そうとしている剣正が、鉄心によってどのように処分されるのかが想像できなかった為に百代は焦っていたのだ。それどころか想像すらしたくない。
最悪、これから先闘うことのできない体になるかもしれない。これで興味があった人物が終わるなどと思いたくなかったのだ。
「やめろ浅井……やめるんだ剣正いいいっ!!」
決闘を観戦しいた百代が珍しく叫んだため周囲にいた者たちのほとんどが驚きで体をビクッと跳ねさせた。
が、肝心の剣正には届いていなかった。
もし剣正の耳に百代の声が入っていたとしても、やめてはいないだろう。
剣正にも良識というものは存在するが今回の出来事は剣正の良識、言い換えれば『相手を許せる範囲』の枠を超えた出来事だったからだ。
百代の叫びも虚しく、本田の腕に込められていく剣正の力(体重)。徐々にミシミシと骨が悲鳴を上げだしていた。
本田はというと、痛みと恐怖によって動けず、その場で尻込みをしている。
と、そこに恐らく川神学園……いや、日本や世界の中で最も恐ろしい存在である鉄心が人外としか思いようのないほどの凄まじい速度で剣正たちのもとへと接近する。
剣正と本田の間に割って入ると思われたが違っていた。鉄心は接近する速度を緩めずに剣正の頭部目掛け蹴りを飛ばしていたのだ。
これには、この状況を見ていたギャラリーである生徒たちも驚いた。中には目を大きく開く者から、眼を閉じる者まで様々な生徒がいたが皆思っていることは一つ「危ない」ということ。
だが、ルールを破ろうと暴走する剣正の意識を刈り取ろうとするために放たれた脚は直撃することはなかった。
頭部を横から薙ぐようにして向かっていた鉄心の脚は上方へと弾かれていた。
これには流石の百代でも驚いていた。鉄心の実力からして本気で蹴ったわけではないことはわかっていたが、間違いなく剣正の意識を失わそうと放ったはずだったものが外れたのだから。
生きてきた年数、武道に捧げた時間、闘いの場数、どれをとっても超が付くほどの一流である鉄心が失敗するはずがないのだ。
「何するんだじじぃ……邪魔すんならアンタでも俺はやるぜ」
本田の腕から手を離して距離を取っていた剣正が、強襲を仕掛けてきた鉄心に向かい怒りを露わにしながら言い放った。
「ほう、アレを受け流すとはのう。それはその目が関係しておるのかの?」
鉄心は剣正の怒りを全く気にしていない様子で「ほっほっほ」と笑うように先程まで開いていなかった剣正の目を見ながら言葉を返した。
「……答えになってねぇだろ」
僅かだが剣正に変化が見受けられたが、それも一瞬だった。
「そこに居る情けない者のために、お前さんのような男の手を汚させたくはないのじゃが」
鉄心がチラリと視線を向けた先には、恐怖のあまり意識を失っている本田が地面に転がっていた。鉄心が言った通り情けない姿だった。
「ほれ、これだけの生徒の前で情けない姿をさらしたのだ。お前さんも許してやることはできないものかの?」
「許す? なんの冗談だよ。わかった……邪魔するってんなら、アンタをハッ倒してから、そこの男にトドメをさす」
「なかなか心地良い殺気じゃのう。可哀想じゃが、ちとワシも本気を出させてもらうぞ」
鉄心はそう言うと、他の教師の面々に生徒たちを下がらせるように告げる。
「ハイ、もうちょっと下がるように。巻き込まれても知らないヨー」
数十秒後、生徒たちが充分な距離を取ったことを確認した鉄心は頷くと再び剣正へと視線を動かした。
剣正は先程と同じ構えを取った状態で静止。鉄が仕掛けてくるのを待っていた。剣正が使う武術は待ってこそ力を発揮できるものなのだ。
そんなことは重々承知している鉄心だったが仕掛けていく。
「毘沙門天ッッ!」
次の瞬間、剣正の身に襲いかかる痛みと衝撃。
「なっ……反則だろ……」
バタリと倒れる剣正。勝敗は決したのだ。流石は百戦錬磨である鉄心。まだ十年と少ししか生きていない剣正とでは比べるにも違いが大きすぎた。
「これで終わりじゃの。先生方、この2人を医務室に運んであげなさい」
倒れる剣正と本田を見て鉄心が声を出した。
それを聞いて生徒たちは帰る者や部活に向かう者にわかれゾロゾロと移動を始める。
「まだ、だ……」
剣正は立っていた。
いや辛うじて立とうとしている剣正の姿がそこにはあった。
「……まだアイツ……ため、に……たおれるわけに……は…………」
それ以上の言葉は聞こえてこなかった。自分の譲れないもののため満身創痍の状態で最後の力を振り絞った剣正は、ピンと張られた糸が切れたのようにその場に倒れ込んだ。
こうして今度こそ勝敗は決し、本日の決闘、並びに剣正の暴走事件は幕を閉じた。
「剣正ッッ!!」
地に伏せている剣正に近付くのは百代だった。百代自身この事件を見て何か思うところがあったのか、その表情には迷いが浮かんでいる。
「じじぃ、やりすぎだろ」
「ほっほっほ、年甲斐もなく少々熱くなってしもたわい」
百代の言葉に鉄心は笑いながら答え、この場を後にした。実際、鉄心は少しではあるが熱くなっていた。だがそれは頭ではなく心。何かのために力を使う剣正を見て、手を汚させたくはなかったのだ。
だからこそ一撃のもと意識を失わさせるため『毘沙門天』という奥義まで出した。これは鉄心なりの剣正への思いやりだった。
◆◇◆◇◆
「……ここは」
剣正が目を覚ましたのはあれから数時間後。傾いていた日は完全に落ち、今は月が昇っている頃だった。
「学園の医務室だよ」
起きたばかりの剣正に話しかけたのは百代。
「先輩か……俺は……」
「見た目以上に症状は悪くない。軽い全身打撲に擦り傷だけだ。あのじじぃ上手いこと手加減しやがった」
「俺は負けたのか……」
「あと本田っていう生徒は停学処分になった。『これで我慢してくれ』だそうだ」
剣正が寝ている間に決まったことを伝える百代。
だがその表情は何故か釈然としていない。
「どうしたんだよ先輩」
「私がやっておけばよかったんだ。元はと言えば私が昨日仕掛けなかったら、万全の状態で戦えたはずだ。それに私がやればよかった」
そう、百代は悔やんでいた。己の戦いたいがため昨日剣正に仕掛けた一戦のことを。大和から聞いた時点で本田という生徒を完膚なきまでに叩き潰せばよかったと。
「そんなことはない。それに万全の状態で鉄心のじぃさんと戦っても負けるさ。あと本田の野郎には俺が制裁を加えたかったから、先輩が気にすることはない」
ベッドに横たわりながら、百代の顔を確認し話しかける。そこにはどこか悲しい表情をする剣正がいた。
「でもよ……悔しいぜ先輩……最後は鉄心のじぃさんに助けられた」
剣正の目からは涙がこぼれ落ちていた。
「俺じゃなくてアイツらがだ」
力のない自分を責める
「俺が護ってやるって言ったのに……」
護り通せなかった自分を責める
「ホントに、悔しいぜ……」
そんな思いを象徴するように、目から大粒の涙が流れ続けてた。
百代はそれを見て何を思ったのだろうか。
何も言わず、ただ剣正の涙が枯れるまで側で立ち尽くしていた。
これにて決闘は終わりです。
鉄心の「毘沙門天」は少々やり過ぎた感がありますが、どうかご容赦を orz
原作キャラの話し方って書くと難しいことに気付きましたw
あれでよかったのか不安です……
クリスどうしようか……転入させとけばよかったと絶賛後悔中
ご感想・ご意見・ご指摘など随時お待ちしております。
誤字脱字があれば報告していただけると嬉しいです。
【みなとそふと】を全力で応援しています!
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。