「危ない」「逃げろ」と叫び声が響き、下から噴き上げる海水に押し出された--岡山県倉敷市のJX日鉱日石エネルギー水島製油所で7日、建設中の海底トンネルで起きた事故。助かった作業員は恐怖の瞬間を語った。関係者は行方不明の5人を心配しつつ、困難な救助方法について検討を重ねた。
自力で脱出した下請け会社「弘新建設」=愛知県知多市=の建設作業員、角井(かくい)健次さん(61)は「トンネル奥から『逃げろ』という声を聞いた後、海水が押し寄せた」と事故発生時の衝撃を話したという。
角井さんは資材などを運ぶバッテリーカーの運転手で、立て坑のらせん階段にいた。階段を駆け上り、海水に押し出されるように脱出した。「私のすぐ下にもう1人いたはずだ」と説明したという。角井さんの意識ははっきりしているが目と耳に痛みを訴え、倉敷市内の病院に搬送された。
海底トンネルの立て坑の周囲には濁った海水が流れ出し、事故のすさまじさを物語っていた。
第6管区海上保安本部(広島市)は7日、測量船「くるしま」(27トン)を海底トンネル事故現場付近の海底調査のため出動させた。現場到着の午後9時すぎ、船底に備えた音響測深器で現場周辺の海底面の調査を始めた。
鹿島水島海底シールド工事事務所によると、行方不明となっている渕原(ふちはら)義信さん(61)は現場責任者▽小荒(こあら)勝仁さん(47)は掘削機のオペレーター▽宮本光輝さん(39)と真鳥晴次(まとり・はるじ)さん(43)は鉄筋コンクリート製の壁の設置▽南坪(みなみつぼ)昭弘さん(57)はトンネル内の土や資材を運ぶバッテリーカー運転手--を担当していた。
行方不明になっている渕原さんは大阪府豊中市内に自宅があり、妻と2人暮らし。妻の惟代(のぶよ)さん(69)によると、渕原さんは熊本県出身で、中学卒業後に大阪に出て、長くトンネル掘削の仕事に従事していた。仕事ぶりは真面目で、大手ゼネコンから指名されるほどだったという。
昨年11月まで作業していた現場を最後に引退し、熊本に戻る予定だったが、指名を受けて岡山に入った。「危険な仕事とは分かっていたが……」と沈痛な表情で話した。
行方不明者の一人、真鳥さんは、長崎県五島市の自宅に妻早苗さん(38)と長男(9)、長女(8)を残して仕事に出ていた。早苗さんには7日午後2時過ぎ、会社から「事故があった」と連絡があったという。その後、親族ら10人ほどが五島市内の親戚宅に集まり、テレビニュースに見入りながら生存を祈った。
早苗さんや親族によると、真鳥さんは05年5月、仕事を求めて今回の工事の下請けに入っていた弘栄建技に入社し、単身赴任だった。今年正月には1週間、五島に里帰りし、会社に戻る際は「行ってくる」と元気に出掛けたという。真鳥さんの弟清次さん(38)は「自分もトンネル工事の経験があるので厳しさも知っているが……」と険しい表情だった。【三上健太郎、椿山公】
海底トンネル工事を担当する鹿島は7日、事故が起きた水島製油所内の講堂で記者会見した。鹿島の水島海底シールド工事事務所の竹下一敏所長らは「多大なご迷惑をかけ、申し訳ありません」と頭を下げた。
行方不明者5人について「さっきまで一緒に仕事をしていた仲間。一刻も早く救い出したい」と言葉を詰まらせた。一部の行方不明者の家族とは連絡が取れていないという。竹下所長はハンカチで涙を拭いながら、「5人が少しでも早く救出されることをお願いします」と絶叫するように訴え、再び深々と頭を下げた。
岡山県倉敷市の海底トンネル事故で従業員が行方不明となっている愛知県知多市の弘新建設には、午後1時半ごろ事故の連絡が入り、家族への連絡などに追われた。社長と専務は既に現場に向かったといい、知多市の本社では加藤俊裕営業本部長が「こんなことは初めて。元請け会社とも相談し、社員や家族のために迅速に対応したい」と同僚の身を案じた。【岡大介】
真鳥さんと南坪さんが所属する東京都台東区の弘栄建技の事務所では、男性社員が「2人のことはそんなに知らないが、東京に来た時は、良い人という印象を受けた。(シールド工の)経験も長く、どこかで生きていてくれれば」と心配そうに話した。【松本惇】
JX日鉱日石エネルギー(東京都千代田区)の木村康社長は7日夜、事故について「当社の発注工事でこのような事故が起きて大変残念。一刻も早く救出されることを祈っております」とのコメントを出した。
鹿島の中村満義社長も「重大事故を起こしてしまった事について深くおわび申し上げます。当局による行方不明になっている5人の皆様の救出作業に全面的に協力してまいります」とのコメントを発表した。
岡山県倉敷市の臨海部の工業集積地。JX日鉱日石エネルギーや三菱化学、JFEスチール、三菱自動車をはじめ約250の事業所が立地し、約2万4000人が働く。10年の製造品出荷額は3兆9646億円。広さ約2512ヘクタール。
JX日鉱日石エネルギー水島製油所は水島コンビナートの中核施設で、61年に操業を始めた。ガソリンや軽油、化学製品の原料になるナフサを生産している。1日当たりの原油処理能力は国内最大の36万5000バレル。
毎日新聞 2012年2月8日 0時03分(最終更新 2月8日 1時31分)