コラム:中国経済の成長力低下にIMFが言及、高齢化も制約要因
田巻 一彦
[東京 7日 ロイター] 国際通貨基金(IMF)が6日、中国経済の2012年成長率に関して4%台に低下するとのリスクシナリオを提示した。欧州債務危機の深刻化による世界経済への打撃が大きくなったケースを想定しているが、急速な高齢化に伴う中国経済の構造変化によって、潜在成長力の低下リスクが増大している可能性にも着目するべきだ。
都市化の経済効果を過大に評価し、潜在成長率の低下リスクを無視して財政出動によって生産力を増大させれば、その先に大きな需給ギャップと長期不況が待ち受けているだろう。
日本経済も1973年までの17年間の実質成長率は平均で9.1%だった。しかし、第一次石油危機を契機に高成長に戻ることはなく、74年から90年までの平均成長率は4.2%に低下した。当時の政策当局はそのことに気付くのが遅れ、大規模な財政出動を繰り返し、活発な公共事業で景気を刺激したものの、過剰な生産設備を増設することにつながったケースが多かった。中国が日本の轍(てつ)を踏むことになるリスクについて検討することは、中国経済との関係を深める日本経済の先行きを予想するうえでも有益に違いない。
<欧州危機の深刻化、中国経済の脅威に>
日本国内のメディアの扱いは押しなべて地味だったが、IMFの中国経済見通しの結果は衝撃的と言っても過言ではない。確かに基本シナリオでは、2012年の中国経済の成長率見通しをそれまでの9.0%から8.2%に低下させただけだった。だが、ユーロ圏の債務危機悪化などで世界経済が悪化した場合のシナリオでは、中国の成長見通しが8.2%のからさらに4%ポイントの低下圧力を受けると試算した。
もし、中国経済の成長率4%台が現実になれば、世界経済全体の減速感が一段と増大するだけでなく、日本にとっても対中輸出が急減し、自らの成長エンジンが止まりかねない緊急事態となるだろう。中国工業情報省は7日、2012年の中国の鉱工業生産の伸び率が前年比プラス11%と前年の同13.9%から減速するとの見通しを発表した。現在の欧州情勢を踏まえた中国当局の見通しでも、生産の減速傾向がはっきりしたと言える。欧州危機の深刻化が鮮明になれば、IMFのリスクシナリオの現実性も高まることになると思われる。
IMFは下方シナリオが現実化した場合、消費税減税や消費者への助成、企業投資の拡大促進策、中小企業への財政支援、低価格住宅への歳出拡大などの政策パッケージで国内経済を刺激するべきだと主張。そのケースでは国内総生産(GDP)を3%押し上げると推計している。
<2015年にピークアウトする中国の生産年齢人口>
だが、中国経済の潜在成長率に陰りが出ているなら、単純に財政出動で生産を拡大させる政策は、将来に禍根を残すことになりかねない。中国経済の制約要因として挙げられるのが、急速に進む人口の高齢化だ。国連の予測によると、中国の生産年齢人口は2015年に10億人でピークを迎え、その後は緩やかに減少していく。
中国では、生産年齢人口が1980年の6億人から2010年に9億7000万人へと3億7000万人も増加。豊富な労働力で高成長が享受できるいわゆる「人口ボーナス」の恩恵をフルに受けてきた。中国全体の都市化による製品需要の増大もあいまって高成長の原動力になってきたが、足元で人口ボーナスの利点は減少し、あと3年でなくなる。気づかないうちに中国経済の"老化"が始まっている可能性がある。
もし、潜在成長率の低下が起きていると、外的なショックへの抵抗力が損なわれる懸念がある。中国の場合、全体の20%超を占める欧州輸出が急減すると、一部の輸出企業は受注の大幅減少を起点にした資金繰りの悪化に直面し、一部の産業では不況色が深刻化しかねないと予想する。実際、中国の造船業界は2011年に新規受注量が大幅に減少しており、一部報道によれば、受注件数ゼロという造船会社が続出しているという。
<外的ショックが早める成長率の低下リスク>
外的なショックを緩和するために、大規模な財政出動を実施すれば、国内の景気落ち込みを一時的に防ぐ痛み止めにはなるだろう。しかし、それによって作られた設備がフル稼働し、生産力が高まったとしても、それを吸収する国内需要を維持できるか、という問題が残るだろう。
日本がかつて経験した成長率の下方屈折については、当初、第一次石油危機による所得流出が原因であり、石油価格が落ち着けば、高度成長の時代に回帰できるという楽観的な見方もあった。しかし、黄金の1960年代の半分に低下した成長率は、二度と元には戻らなかった。その背景には生産労働人口の伸び率低下があったのではないかと考えられる。
中国が低成長国になると思っている人は、今のところ皆無に近いかもしれない。しかし、8─9%の高成長率が半分程度になる時期が、そう遠くない時期に到来する可能性については、よく考えておくべきだ。その時期が欧州債務危機の悪化で前倒しされるなら、IMFの試算結果を「テールリスク」と片付けるわけにはいかないのではないか。
日本企業の投資計画は、足早にやってくる中国の高齢化や人口減少の影響を抜きにして決して語れない。IMFの今回の発表は、日本の企業経営者や市場関係者が、日本経済の先行きリスクに備え、ショックを乗り切る対策を議論するための貴重な材料を提供していると言えるだろう。
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