2011-05-01 18:32:44
生還 [ ブログ ]
光だ。まぶしすぎて……でも人影がみえる。きゃしゃな細い肩の。
思わずつよく抱きしめていた。
「きゃああああっ!!」
あまりに細すぎる骨ばった背中、ぼやける目をぱちぱち瞬いてそこにあるぱさついた赤毛の三つ編みをみた。ぐいっと両手で肩をつかんで引きはなし、その顔をまじと確認して、ため息まじりに落胆した蟻力神。
「なんでぇ、カヤか。まちがえた」
とたんにグーで顔を殴られた。
張手よりいてえっ。
「ふんっ!」
鼻息あらくでっかいふんまで引っかけられた。
「ひでーな、いちおーケガ人だぞ」
寝台のうえで半身を起こした腹にはぶあつい包帯まかれているし。
「変態はケガ人と認めないわ!」
「……どんな理屈だ」
ふと寝台のすそを見れば……可愛らしい寝顔が! やっぱあの声は幻聴じゃなかったんだ、ルーが呼びもどしてくれたんだ───!
思わず身を乗りだしてその顔をもっとよく見ようとしたら、もそり身じろぎして目をこする。おおきな碧瑠璃のうつくしい瞳がこちらを見た。
「ザン兄ちゃん……?」
寝台に片膝をついていっきにとびついてきた。きゅうと細い腕で力いっぱい首に抱きついてくる。さらさらとした短い黒髪が自分の頬にやさしく触れた。
「よかった……! 死んじゃうかと思ったんだよ……っ」
泣きそうなルーの声に、胸がしめつけられた。ここぞとばかりに抱きしめかえすのも忘れ、おろおろと手のやり場に困った。
「いや、その……ルー……熱は?」
「へーき、もぉ治った」
「そっか……わりい、心配かけた……」
もう、神妙に謝るしか思いつかなかった。
「……拭きなさいよ、鼻血」
このヘンタイがと言いたげなカヤの視線が、びみょーに……腹の傷より痛かった。
自分が倒れたあと、両親と兄らが帰ってきたらしい。
七つ山むこうの村で瀕死の重傷で生きのこった魔法士のひとりが、曾祖父ノアに連絡し、彼から移動中の父らに精霊による伝令が送られたのだ。村にはなたれた火はシルクが風の精霊で招いた雨雲によって、鎮めたのだという。
家をなくした一部の村人は、おなじ村の親戚の家に身をよせたり、村長が隣村から手配したテントをつかっているらしい。カヤのちいさなあばら家も見るかげもなく炭になったので、母の勧めでいまこの家にいる。
……て、あの凶悪凶暴なオバサンもおなじ屋根の下にいんのかよっ! あいつ、カヤのことで誤解して無茶苦茶オレサマ敵視してたっつーのに!
しかし、あっちも背骨折れてたり右手のひらえぐれたりの重傷で動けないらしい。
やれやれ、寝こみを刃物で襲われたらたまったもんじゃねーからな、あっちより先に回復しねーと。
「そーいや、トムシーってカヤのオバサンとどーゆー関係だったんだ?」
見舞いにきていたカヤが叔母のいる部屋にもどってから、母がきて、兄たちがきて、最後にいれ代わりにやってきた父に尋ねてみた。三便宝
「婚約者だ」
「?……なぁ、トムシーは父さんとプルシオンから帰郷したときはかならず、休みの間中うちに泊まってたろ。なんでだ?」
「……彼はいつも仮面をつけていただろう」
「ああ、オレサマの小せえころからだからな。素顔は覚えてねーけど。ケガしてたんだっけ。ムリにみるもんでもねえと思ってたし」
「いまから六年前のことだ、そのころはまだ、私も彼もフリーで共に旅をしながら様々な仕事を請け負っていた。あるときクインフォウ大陸にも足をのばそうということになってね。しかし、嵐で乗った船が流されて禁忌の海域の手前まで行ってしまった。あそこはひとたびはいれば無事もどってこれないという噂を聞いていたし……船底に穴があいていたのか船は急速に沈みはじめたんだ。
それで私は蒼焔に乗せられるだけの人数を連れて脱出し、彼ものこった多くの人々を助けるべく転移の術で、そこからもっとも近い国へ跳んだんだ。クレセントスピア大陸の北端にある軍事国家キャラベヘ。これが彼らと私の命運をわけてしまった。
転移をつかって国間をわたるときの決まりごとは前に話したことがあるだろう。その国の発行した通過証もなく、関所をとおらず国にはいれば投獄される。国によっては程度差はあっても犯罪者でないかぎりは罰金か、数日の拘留で放免される。遭難者であれば拘留そのものもむずかしく即放免になるはずだが……なぜかキャラベは彼らをスパイと断定した。
私が彼らを救出したときには拷問で三十名のうち半数は死んでいた。のこりもその後遺症で口がきけなくなったり歩けなくなった者もいる。トムシーも顔を酸で焼かれた。原型をとどめないほどに───元が色男というか、けっこうな美丈夫でね。ジャスティも……あぁ、カヤの叔母の名だよ。相当のショックだったらしく、信じなかったんだ。彼ではないと」
「……外見変わっちまっただけで、嫌うでもなく存在否定かよ……ひでえ女だな」
「思えば、あのころからすでに彼女の心は壊れていたんだろう」
「じゃあ、死んだの知らねーのか?」
「墓を建てたら教えるよ。どのみち、私も葬儀には行けなかったから、遺骨ぐらいここにもち帰ってやらないと」
なに、その非難がましい目えはよ。
「オレサマのせいか? あんなにがんばって村守ろうとしたってーのに? 元はといやあ、父さんがあの蛾のヤローをとり逃がしたせいだぞっ!」
責任を追求され父は言い訳でも考えているのか、ふいと視線をそむけつつ自分のあごをさすった。いくらか間があった。
「──黒メダルともどもバラバラに粉砕してやったんだがな……派遣され生き残った魔法士によれば、憑依士を始末しメダルを壊したのに背後から襲われたと言っていた。となると、少なくともよっつは黒メダルを体内に埋めこんでいたことになる。私と、おそらくトムシー、魔法士がひとつずつ壊し、残りのひとつをおまえが壊したわけだ。まさか予備に仕込んだ黒メダルを〈繋ぎ〉にして肉片を集め復活するとはな……。複数のメダルを使えるほど強い魔力と精神を有した憑依士は、そうそうお目にかかることもないし。まあ、かといって複数の悪魔を同時に扱えていたわけではないようだが。あんな使い方をする憑依士ははじめてだったんだ。……トムシーも油断したな」
肉片のままま逃走したってぇのか……そーいや、半分にぶっちぎっても上半身だけで逃げてたな。あのときはとりつくのに都合のいいカヤ叔母が近くにいたから、自分のうつわを捨てたってえことか。
「しかし、執念深くうちの家族まで狙うとは思わなかった。……ザン、よくやった」
「……まーな」
父はテーブルの籠から林檎をふたつとり、ひとつをこちらへ放った。それを受けとりかじりつくと、ちょっと腹の傷にひびいて顔をしかめた。
即死でもおかしくない傷だが、村の薬師であり元・錬金術師の母とそれを専攻している超優秀なシルク兄とがいてくれたおかげで、なんとか中身をつなぎあわせてくれたと聞く。どんなふうにとは聞かなかった。つながってるなら気にすることじゃない。ただ、夏休み中はずっと寝ていろとクギをさされた。つまり完治にはそれだけかかるということか。
「それにしても、ベルドニクはおまえには少々、荷が重すぎはしないか? 一度、契約を白紙にして地涯にもどしたらどうだ。せめておまえが魔法学園を卒業するまで、ほかの御しやすい魔獣を」
「その必要ねえよ、二度とヘマはしねーし」
「しかしな。ベルドニクに対してふたつも契約しているだろう。〈腕輪への封印〉と〈攻撃と防御を一体化する鎧化〉と。今回、そもそも暴走したのはおまえが御しきれていないのに」
「あー、もお、うっせーな、説教ならババアからもう聞いたって!」
「ババア?」
「ここに今オレサマがいられるのはベルがいたからだ。ほかの魔獣なんざいらねえんだよ」
「……頑固だな」
ふぅと父はため息をついた。ザンは林檎の芯をポイと口にほうりこみ咀嚼して飲みこむと、もうひとつ気になることを思いだした。五便宝
「そういや、憑依士たちの言っていた〈ララ・ギネに選ばれた〉ってーのはどーゆう意味なんだ? やたらうれしげに言ってたな」
「昨今、ララ・ギネ復活をもくろむ組織が各地で暗躍しているらしくてな。まあ、その手の集団はいつの世にもいるものだが、憑依士というのは元よりララ・ギネ崇拝者みたいなものだ。自分は選ばれた特別な存在と思わせれば、ふつうの人間でも悪い気はしない。そうした心理につけこんで憑依士に勧誘する、一種のマインドコントロールみたいなものだろうな」
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