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LRS小説短編 木の葉を隠すのなら森の中(2012年 バレンタイン記念)
作者:朝陽
私は綾波レイ。
第三新東京市立、第壱中学校二年一組出席番号一番。
二月に入ると、学校全体がどことなく浮ついた空気に包まれる。
それはバレンタインが近づいているから。
女の子から男の子にチョコレートを渡す日とされているけど、友達同士でチョコを交換する「友チョコ」と言う新たな風習も生まれていた。
でも私は教室の中で盛り上がっている同じクラスの子達の輪から外れて、無関心を装い自分の席で本を読んでいる。
クラスの子達はどんな男の子にチョコレートを渡すかで話が盛り上がっている。
サッカー部のエースの木原君、テニス部の長野君、陸上部の竹内君など校内で憧れの的となっている男子生徒の名前を挙げて行く。
そんなにたくさんの相手にチョコをばら撒く行為が、私には理解できない。
そして彼女達は、碇君の名前も挙げた。
第壱中学校二年一組出席番号二番、碇シンジ君。
碇君はあまり目立たないけど、穏やかで優しい性格なのでクラスの男子・女子を問わずに好かれている。
放課後は音楽室で、真剣な顔で楽器と向き合う碇君の姿には私も引かれてしまう。
そう、私は漠然としたものだけど、碇君を好きになってしまっていた。
だけど、私と碇君を結び付けているのは――同じクラスの図書委員と言う関係だけ。
二年の新学期に、この中学校に転校して来た私は自分から立候補した。
でも男子の図書委員は誰もやりたがらなかったので、碇君が引き受けた。
私は軽薄な憧れで碇君を好きになったわけじゃない。
それは誰も居ない放課後の図書室での会話がきっかけだった――。



その日はたまたまクーラーが故障してしまって、利用者や普段涼みに来るだけの生徒達の姿も無かった。
けれど、真面目な私達は自分の当番をサボるわけにはいかないとカウンターに座っていた。
全開に開け放した窓からは熱気と、さらにそれを(あお)るようなセミの鳴き声が入って来ていた。

「綾波さんって、読書が好きなの?」
「そう……だけど」

突然、碇君に話し掛けられた私はドキリとした。

「えっと、それなら面白い本を教えてくれないかな? 僕も何か本を読んでみようと思うんだけど」

尋ねられた私は最初は戸惑ったけど、本の話をしているうちに楽しい気分になって、つい饒舌(じょうぜつ)になってしまった。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
チャイムが鳴って、私は現実に引き戻された。
時計を見ると、1時間近く話し込んでしまった事に気が付く。

「ごめんなさい、つい熱が入ってしまって」
「ううん、別に構わないよ。綾波さんは楽しそうに本の事を話すんだね」

碇君にそう言われた私は、心臓がバクバクして顔が熱くなるのを感じた。
動揺しているのを悟られないように、私は碇君に背を向ける。

「今日は、誰も来ないみたいね」
「それなら、もう少し話を聞かせてくれないかな?」

そう言われて、私はまた胸がときめくのを感じた。
今度は照れてしまって、碇君の顔をまともに見る事が出来ない。
だけど、こんなに誰かと話したのはこの学校に転校してから初めての事だった。
私は教室でもずっと自分の席で本を読んでいて、誰も寄せ付けないような雰囲気を纏っていた。
人見知りが激しい私は、自分から壁をつくって逃げ込んでしまっていたのだ。
そんな私に碇君は優しく手を差し伸べてくれた。
碇君は自分で気が付いていないのかもしれないし、私の勝手な思い込みかもしれない。
でも私には碇君が、冷たく固くなった心を溶かしてくれた微風(そよかぜのように思えた。
その日を過ぎてから、私は碇君と長い間二人だけになる事は無くて、あまり話す事は無かった。
だけど私は碇君と顔を合わせられるだけで、それまで憂鬱だった学校に行く事が少し楽しみになっていた。



私が碇君とあまり話す事の出来ない理由は他にもある。
碇君には惣流さんと言う幼なじみの子が居るのだ。
惣流さんは他のクラスだけど、休み時間になると碇君の席にやって来て、大きな声で話を始める。
そして惣流さんは碇君が他の子にもてるのが気に入らないみたい。
教室の席が出席番号順だった時も、私は惣流さんに厳しい目でにらまれた。
私は本を読む振りをして殺気の込められた視線を受け流したけど、怖くてたまらなかった。
席替えがあって碇君と席が離れたけど、私は寂しさを覚えると同時にホッと安心した。
この席からなら本を読んでいる振りをして、碇君の姿を見る事ができる。
今日も惣流さんはクラスの子達と言い争いをしている。
特にバレンタインデーの前だから、碇君にチョコレートをあげないように釘を刺しているようだ。
たくさんのチョコレートで碇君を虫歯にさせてしまうつもりか、などと理由を付けている。
碇君はチョコレートをくれた人全員にお礼を言っていると知って、私は感心した。
そう言う誠実な姿勢が碇君の良い所なのだと私は思う。
碇君はちょっと困ったように引きつった笑顔を浮かばせている。
惣流さんに言われても、クラスの子達は碇君にチョコレートを渡す事を諦めて居ないようだ。
そして、惣流さんに知られてしまう事を恐れて、差出人の名前を書かずに碇君にチョコレートを渡す子が居る事を知った。
その時、私の頭の中に読んだ事のあるイギリスの推理小説の一節が浮かぶ。

『木の葉を隠すのなら森の中』――。

無記名の子達が出すチョコレートの中に紛れさせてしまえば、私がチョコレートをあげても碇君や惣流さんには差出人が私だと気付かれないかもしれない。
私の中に、碇君への思いを手作りのチョコレートに託したいと言う気持ちが芽生えた。
別に碇君に振り向いてもらわなくても良い、あの夏の日の図書室で私が碇君に声を掛けられて、どれほど嬉しかったか伝わればいいの。



思い立った私は近くの書店に行って、バレンタインの特集をしているコーナーへと足を運んだ。
だけど本の種類はたくさんあって、私は迷ってしまった。

「綾波さんもチョコレートを作るんですか?」

突然後ろから声を掛けられて、私は驚いた。
振り返ると、長いストレートの黒髪、眼鏡を掛けて大人しい印象を受ける女の子、山岸さんが立っていた。
山岸さんは去年の秋に転校して来た子で、今は私の親友と言って良い存在になっていた。
転校生で、私と同じように新しい学校に馴染む事の出来なかった山岸さんに、図書室で私の方から声を掛けたのがきっかけだった。
碇君と楽しく話す事が出来た私は、勇気を出して山岸さんに話し掛けられたのだ。
似たような境遇で、読書と言う趣味も同じだった私達は、すぐに打ち解けて友達になれた。
勇気をくれた碇君には、いくら感謝してもしきれない。
山岸さんが私も一緒にチョコレートを作ろうと提案したので、私はその提案を受けた。
本に書いてある通りに作っても、それは他の人が作ったチョコレートと同じ物になってしまうかもしれないし、仲間が居た方が心強い。
山岸さんも同じ気持ちだったようで、私が提案を受けるとホッと安心した表情になった。
そして私と山岸さんはスーパーで買い物をして、山岸さんの家の台所を借りてチョコレートを作る事にした。
山岸さんは父子家庭だから、普段から家事を手伝っているらしい。
自分の部屋で本を読んでばかりの私がちょっと恥ずかしくなった。
私と山岸さんは買って来た本を参考にしながらチョコレートを作り始めたけど、料理もあまりした事が無い私は苦戦した。
だけど私は、チョコレートを食べてくれるかもしれない碇君の姿を思い浮かべて一生懸命頑張った。
山岸さんの助けが無かったら、私はまともなチョコレートを完成させられなかったかもしれない。
私は山岸さんとチョコレートを無事に作り終えた感動を分かち合った。

「私は恥ずかしいんですけど、父にチョコレートをあげようかなと思っているんです」

少し顔を赤くしながら、山岸さんはそう答えた。
私はもっと恥ずかしい相手にチョコレートを渡そうとしている。

「綾波さんは、どなたにチョコレートを渡すのですか?」

山岸さんに尋ねられた私は、正直に言うべきか迷った。
けれど山岸さんは決して私の事をからかったりする人じゃないと思って、私は全て打ち明ける事にした。

「私は……同じクラスの碇君に……」

碇君の名前を口にした途端に、私の顔が熱くなるのを感じた。

「碇君ですか、彼は優しい人ですよね」
「山岸さんは碇君を知っているの?」
「はい」

私が尋ねると、山岸さんは図書室で本棚の本を崩してしまった時、碇君が助けてくれたのだと話した。
図書委員の仕事を増やしてしまった自分を責めず、怪我をしてないか気遣う碇君の様子を目を輝かせて話す山岸さんの姿を見て、私は胸がモヤモヤするのを感じる。
やっぱり碇君は私以外の女の子にも優しいんだ――。
私は惣流さんが他の子にきつく当たる気持ちが解ったような気がする。
碇君の優しさを自分だけの物にしたい。
それはワガママだとは思うけど、私の中に芽生えてしまった正直な思いだった。

「綾波さんは勇気のある人ですね、男の子にチョコレートを渡す事ができるなんて」

山岸さんは私を憧れの眼差しで見つめて、感心したようにつぶやいた。
私に勇気をくれたのは碇君なの、と心の中で私はそっと答えた。
それから私と山岸さんは、チョコレートを入れた箱の包装に取りかかった。
バレンタインのチョコレートはラッピングを終えてから完成となるのだ。

「あの……綾波さん、ご自分の名前を書くのを忘れていますよ……?」

箱の中に入れるメッセージカードに、私が名前を書かないのを見て、山岸さんは不思議そうに声を掛けた。

「それで良いの、私は碇君と同じクラスだけどそれほど親しいわけじゃないし、私が告白しても碇君を困らせてしまうだけだから」

私は惣流さんの顔を思い浮かべて首を横に振った。

「そう……ですか……」

山岸さんは私の答えを聞いて悲しそうな顔をしてつぶやいた。
それ以上掛ける言葉が見つからないのか、私達の間に静寂が訪れる。
こう言う時はそっとしてくれた方が私にとってもありがたかった。



そしてやって来た二月十四日の早朝。
私は誰にも目撃されずに、碇君の靴箱にチョコレートの箱を入れる事が出来た。
どうやら私が一番だったようで、他にまだチョコレートの箱は入っていなかった。
目的を達成した私は、忘れ物をした振りをして一度家へと帰る。
一日に二度も登校するなんて、自分でも馬鹿馬鹿しいと思ったけど、私は学校に居た事をなるべく見られたくなかったのだ。
いつもと変わらない時間に教室に入った私は、平静を装って自分の席に着いて本を読む態勢に入る。
本の陰に顔を隠して、私はため息を吐き出した。
碇君は惣流さんと言い争いをしながら教室に入って来たから、すぐに分かった。
予想通り碇君の靴箱にはチョコレートの箱が何個もあったみたいで、お礼を言いに行こうとしている碇君に、惣流さんがくってかかっている。
いつもの事で碇君は慣れてしまっているのか、惣流さんの言葉を聞き流す事にしてしまったようだ。
碇君が来たのを知ったクラスの子達が、チョコレートを渡しに碇君の席へと集まる。
惣流さんがそれを阻もうとすると、クラスの子達はチョコレートを渡すぐらい構わないではないかと反論する。
別の子が惣流さんから碇君を盗るつもりは無いと冷やかすと、惣流さんの顔はさらに真っ赤になる。

「アタシは幼馴染の(よしみ)で、シンジに変な虫がつかないように面倒を見てやっているの!」
「何や、もう惣流の尻に敷かれとんのか」

いつもジャージを着ている男子がからかうと、教室中から大きな笑い声が上がった。
私にも
碇君はチョコレートを受け取ると、穏やかな笑顔で丁寧にお礼を返した。
私は羨ましそうにその子達を見つめる事しか出来なかった。
もうちょっと勇気を出せば、私も碇君の微笑みが受け取れたのに。

「だけど、名前を書いてくれなかった人にはお礼を言えないんだよね」

クラスの子達にお礼を言い終わった碇君は困った顔でつぶやいた。

「靴箱の中に入れるんだから、他のクラスの子じゃないの?」

灯台もと暗し。
惣流さんは、こんな近くに居るとは思っていないようで私は安心した。

「そっか、お礼を言えなくて残念だな」

生真面目な碇君は悩んでしまっているようだった。
ごめんなさい、碇君を困らせるような事をしてしまって。
私は心の中で謝った。
すると惣流さんはそんな碇君にウンザリした様子で声を掛ける。

「いつまでも気に病んでいても仕方ないじゃん、贈ってくれた子の気持ちに感謝してあげればいいんじゃないの?」

惣流さんの言葉にクラスの子達も同意してうなずいた。
その通りなのだろうけど、やっぱり心のどこかで寂しさを感じてしまった。
どうして勇気を出して自分の名前を書けなかったんだろう、碇君に迷惑をかけてしまうと言うのは、思いやりでは無くて弱い自分への言い訳だったではないだろうか。



私が碇君にチョコレートの事を話そうかと迷っているうちに、一ヶ月が過ぎてしまった。
そして今日が碇君との最後の図書委員の当番の日だった。
この機会を逃したら、碇君と話すのは難しくなってしまう。
来年も同じクラスで同じ図書委員になれるとは限らない。
それに教室では他の子達の目があるし、他の場所では惣流さんが一緒だ。
だけど私はなかなか決心を固める事が出来なかった。
私の態度がおかしかったのか、碇君が心配して声を掛けてくれたけれど私は大丈夫だと虚勢を張った。
終わりの時間が近づくにつれ、私の心臓はドンドンと高鳴って行く。
でも、碇君にバレンタインの事を言おうとすると声が出て来ない。
そしてチャイムが無情にも鳴り響き、下校を促す校内放送が流れる。
碇君はカウンターの中を片付けて、帰る準備をし始めた。
早く声を掛けないと、碇君が行ってしまう……!

「い、碇君っ!」

力が入って大声になってしまい、図書室に残って居たわずかな人達が驚いて私の方を見た。

「ど、どうしたの、綾波さん?」

目を丸くした碇君が私に尋ねる。
緊張と恥ずかしさで混乱してしまいそうな心を落ち着かせて、私は言葉を絞り出そうとする。

「あ、あの……」






―終―
※途切れて終わっているように見えますが、この先は読者様の想像にお任せする形で終わりたいと思います。読んで頂きありがとうございました。
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