日本で約200人が生活しているとされる脱北者。国内の脱北者は日朝両政府の支援で行われた北朝鮮帰還事業(1959~84年)でいったんは北朝鮮に渡った元在日コリアンや日本人配偶者、その子孫たちが大半だ。定住には言葉や生活習慣の違いなど壁が多く、民間団体とボランティアがサポートにあたる。脱北者支援民団センター(港区南麻布)の事務局、陳信之さん(57)に実態を聞いた。
--どんな組織ですか。
03年6月、在日本大韓民国民団(民団)中央本部が設立させました。代表は呂健二副議長。事務局といっても実質は私1人で、10年7月に前任者から引き継ぎました。私は中央本部生活局の副局長でもあり、必要に応じて局のスタッフが協力してくれます。
--支援内容は。
団員の寄付や韓国政府の補助金を原資に、脱北者に当面の生活費として1人10万円を支給しています。彼らは日本に入国後、民間団体の助けで生活保護を申請しますが、日本政府から直接の支援はないため、この10万円の役割は大きいと思います。ほかにも年2回、東京と大阪で脱北者の交流会を開いています。
日本国内の脱北者の数は公表されていませんが、センター設立時に約50人で、現在約200人にまで増えたと言われています。NGOなどからの情報で、私たちが名前を確認できたのは約160人。そのうち支援金を支給したのは約100人です。昨年は13人の入国を確認しました。
--設立から9年目。これまでの道のりは。
民団と朝鮮総連が06年に和解の共同声明を出したのをきっかけに、活動を中止したことがあります。一部の幹部以外は発表まで和解を知らされず、当時の事務局職員は脱北者の名簿やインタビューなどが記録されたパソコンを個人的に隠し、情報を守りました。北朝鮮が弾道ミサイルを発射したことから、声明は白紙撤回され、センターの活動も約1年後に再開しました。
--昨年末に金正日(キムジョンイル)総書記が死去。北朝鮮の国内情勢が変化し、日本に逃れる脱北者が増える可能性を指摘する人もいますが。
現在の状況で、それは考えにくいですね。日本が受け入れているのは北送(帰還)事業で日本から渡った9万3340人とその親族のみ。言葉の壁が少なく、政府の支援も手厚い韓国に逃げる人も少なくないはずです。韓国で暮らす脱北者は既に日本の100倍にあたる2万人を超えました。日本への脱北ルートも中国から東南アジア経由に変化するなど厳しい状況です。
--今後の支援のあり方は。
日本で暮らす脱北者のほとんどは生活保護に頼らざるを得ない状況です。06年に施行された北朝鮮人権法は「政府は脱北者の保護や支援に努める」と定めていますが、実態は伴っていません。昨年、国の支援を受けて国内のNGOが脱北者向けの日本語教育センターを設立させましたが、今後は生活訓練を受ける韓国の「ハナ院(ウォン)」のような施設や、本格的な職業訓練の機会も必要です。
ただ、200人という数は日本の人口からみると多いとも言えません。先に脱北した人が、新たな脱北者に情報を伝える相互扶助によって解決できる問題もかなりあります。まずは彼らのネットワーク作りに力を入れたいです。<聞き手/社会部・黒田阿紗子記者>
韓国では「ハナ院」のほか、定着のための支援金、職業訓練の機会を、政府が主体となって用意している。日本での脱北者に対する待遇と、極端な差を感じずにはいられなかった。入国を許可し、「後は自助努力で」では、あまりに乱暴だろう。「民間とボランティアだけでは限界がある」という陳さんたちの声に、真摯(しんし)に耳を傾けなければいけないと感じた。
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■人物略歴
1955年、京都市に在日コリアン3世として生まれる。小2の時に徳島県小松島市へ移る。明治大商学部へ進学後、民団青年会東京本部の活動に参加。卒業後は四国で飲食・不動産業などの家業を継ぎ、32歳から20年以上、民団愛媛県地方本部の事務局長を務める。07年7月に民団中央本部へ移り、国際・民生局副局長を経て現職。
毎日新聞 2012年1月18日 地方版