海外レポート/エッセイ
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冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ)   作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空気」「場の空気」
アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』。
最新作は『「上から目線」の時代 (講談社現代新書)』。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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第252回 「拝啓 松井秀喜殿」
配信日:2006-06-03
 それにしても痛そうなケガでしたね。事実、本当に激しい痛みだったのだと思います。5月11日のヤンキースタジアム、宿敵ボストンとの3連戦の最終戦、鉄人と思われていた松井さんの負傷退場という事件の衝撃はNYの町を駆け抜けました。「痛い」と思ったのはファンも同じ、とでも言いましょうか。この欄でも書いたのですが、翌日の12日の午前中、松井さんが手術を受けている間、NYの二つのスポーツラジオ局は手術の結果を心配する報道を続けていたのです。

 こうした「危機」におけるアメリカ人の発想法は、もう松井さんもご存知の通り日本とは少し違います。まず最初に「最悪の事態」を想定してしまうのですね。例えば多くのファンの人たちは「これで打点100が消えた、もうシーズンは絶望だ」と言っていました。それから、今となっては一つのエピソードとして良いのでしょうが、マスコミの中には事故直後に「あの美しいスイングが甦るのか分からない(NYタイムス)」などと選手生命を疑問視するようなコメントすら出ていたのです。

 これはまあ、一種の心理テクニックのようなもので、まずイメージとして「最悪の事態」を描いておけば、その後に「事実」が少しずつ知らされるたびに「良い見通し」が増えていく、まあそうしたスタイルのことです。最初に「希望的観測」といいますか「楽観論」を言っておいて、その後で「事実」が出るたびに悪い方向へ見通しを直して行っては、元気が出ないからでしょう。それはともかく、この半月間、ヤンキースファンの人たちは、本当に松井さんのことを心配し、そして細かなニュースにも関心を持っていました。

 松井さんの「不在」はさまざまな波紋を投げかけたようです。例えば、事故の翌日のアスレチックス戦では、ヤンキース専門のTV局「YESネットワーク」では、試合の中継をしている間も、キャスターのマイケル・ケイとジム・カートは、松井さんの話題ばかりを話していたのでした。ちょうど、松井さんからの「メッセージ」が発表され、その中でケガをしたことを詫びる表現があったことが二人には印象深かったようです。

 60年代にメジャーの投手として活躍したカートに言わせると「ハッスルプレーの結果ケガをしたのだから、称賛こそされるのが当たり前で謝罪なんて信じられない」と、アメリカ人としては典型的なことを言っていましたが、ヤンキースの中継を担当して長いケイは「とにかくチームに迷惑をかけたというのは、ジェントルマンにしか言えないことで、ミッキー・マントルを彷彿とさせるヤンキース精神そのもの」だと言っていました。

 松井さんの欠場は、勿論チームに大きな影響を与えました。ファンがパニックを起こしているのとは別に、まず投手陣が奮起しました。事故の翌日、12日のアスレチックス戦は苦しい貧打戦でしたが、王建民投手が8回無失点の好投をして勝利をつかめば、翌日の同カードはケガからの復帰後今一つピリッとしていなかった、ジャレット・ライト投手が好投して連勝しています。以降この2人は、5月末まで「松井さん抜きのヤンキース」を背負ってそれぞれ3勝1敗の好成績を残しています。

 ケガは松井さんだけではなく、5月11日の時点ですでにシェフィールド選手が負傷していましたし、その後、デーモン選手、ジーター選手、リベラ投手も軽い故障に見舞われています。ですが「不在の大きさ」としては松井さんがやはり圧倒的で、だからこそこの2人の奮起は称賛に値すると思います。

 松井さんの「抜けた穴」をとりあえず埋めているのは、ヤンキースのマイナー、3Aコロンバスから急遽一軍帯同となったメルキー・カブレラ選手でしょう。ドミニカからやってきた、若干21歳のこの若者は、本塁打が打てない(5月末現在でゼロ)という欠点はあるものの、打率も高く、何よりも勝負強さを見せてファンの支持も得ています。

 余りの活躍ぶりに「松井選手のポジションが危ない」などという声も日本では囁かれているようですが、契約面でも、そして大リーグの常識から見てもそんなことはあり得ないことは、松井さんも良くご存知のはずです。NYの町から「メルキー」というファーストネームで呼ばれ始めたこの若者ですが、ヤンキースのチーム構想に入らないようであれば、好条件でメジャーの他球団のレギュラーのポジションを勝ち取って行くことになるのではないでしょうか。

 そうであっても、松井さんのケガがきっかけになったというエピソードは、この「メルキー君」には一生ついて回るわけで、それはそれで松井さんの存在の大きさを物語るエピソードになるのではないでしょうか。復帰後の松井さんと「メルキー君」がチームメートとなる期間は必ずしも長くはないかもしれませんが、これも縁ですから寿司の旨い店にでも連れて行ってやってみてはどうでしょう。

 逆に、松井さんの欠場のショックから調子を崩した選手もいます。他でもないA・ロッドこと、アレックス・ロドリゲス選手です。最近でこそ少し調子が上向きましたが、松井さんの事故の直後は不振、しかもチャンスに凡退を繰り返してファンを怒らせていました。そればかりか、記者会見で「チャンスに打てない」ことを指摘されると「マツイの分まで打たなくちゃいけないってのはプレッシャーなんだ」と思わずホンネを口走ったというのです。

 これはアレックス選手の「弱さ」というよりも一種の複雑さなのですが、とにかく球界を代表する不世出の天才バッターである(そのことは間違いありません)A・ロッドの中で、松井さんの存在感がそれほどまでに大きかったのか、と私は驚かされました。まあ、この人のことは深刻に考えるとキリがないので、松井さんとしては欠場中に「アレックスを笑わせるジョーク」を二三本考えるというのを自身への宿題にしてみてはどうでしょうか。

 勿論、松井さんは患部をいたわりつつも、その他の筋肉に関するトレーニングは全力で続けていて忙しいと思います。ですが、偶然手に入ったこの時間を少し違う視点から野球を考える時間にしてみてはどうでしょう。少し失礼な言い方ですが、この時間を有効利用する宿題を提案してみたいと思います。

 例えばアメリカの文化を深く学ぶというのはどうでしょうか、来米4年目を迎え、そろそろ日本とアメリカの「どっちがいいか」という愚問から自由になる頃だと拝察していますが、だからこそ文化の違いを深く観察してみてはどうでしょう。先ほどの「まず最悪の事態を想定」とか「ケガを詫びる」のが良いか悪いかというのもそうでしょうし、骨折につきものの「ギブス」にも面白い文化の違いがあります。

 松井さんは患部を固定する大きなギブスをしていた頃、ギブスの色は白にして、そのギブスの「痛々しさ」を隠すようにヤンキースのロゴの入った「吊るし布」をしておられましたね。ただ、あれはアメリカでは普通ではないのです。今回、お分かりになったかもしれないのですが、アメリカでは骨折患者のギブスは「色が選べる」のです。子供の場合、男の子だと水色か薄緑、女の子だとピンクやオレンジにする例が多いのです。

 何故、そんな風に色をつけるのかというと「負傷というのは恥ではない。むしろ堂々とギブスをしていて良いんだよ」という価値観がベースにあります。また、色にしてもどうして薄い色にするのかというと、子供たちがギブスをして学校などに顔を出すと、周りの子供たちがマーカーを使って「早く良くなってね」という寄せ書きを「直接ギブスにする」のが通例だからです。

 こういうところはアメリカ文化の明るい面でしょう。身体障害者の人々が胸を張って社会に出ていく文化もこの問題に関係しています。私は、ケガについてチームに詫びた松井さんの姿勢は立派だと思います。この点では「サムライ流」の方が良いと思います。ですが、ギブスを恥じず、周囲もギブスに直接寄せ書きをする文化と、ギブスをしている人間がどこか小さくなっていなくてはいけない文化では、アメリカの方が「みんなが幸せになれる」ように思うのです。

 野球も同じですね。バントを絡めた「スモール」な作戦と、初球から思いきり叩いて行く積極性とは、一概にどちらが良いとは言えません。ただ、日本流の野球とアメリカのベースボールには明らかな違いがあり、松井さんのような人には、その「両方の良いところ」を足し合わせてメジャーでの「新しいプレーのスタイル」に結びつけ、その成果が日本野球にも良い影響を与えることが期待されていると思います。そのためにも、それこそギブスのことから、野球の戦法に至るまで経験者ならではの「日米比較」をしてみてはどうでしょう。

 今回、松井さんの負傷欠場が決定的になると、日本のTV各局はヤンキース戦の中継を打ち切りました。残念ながら、王、ライト両投手の奮闘も、メルキー君の登場も日本には中継されていないのです。所詮、日本のファンは松井さんの活躍を見たいだけで、チームとしてのヤンキースに関しては元から興味がなかったのでしょうか。

 私は、必ずしもこの解説は正確ではないと思います。日本では、今は直前に迫ったサッカーのワールドカップが話題になっており、野球とサッカーという二大スポーツが人気を競っているのです。中継打ち切りの背景にはこの問題があると見るべきでしょう。

 そうです。来週の6月6日からはいよいよW杯のドイツ大会が始まります。松井さんの場合は、この機会に「どうして日本では野球人気に翳りが生じて、サッカーが注目を集めているのか」というここ15年のトレンドについて本質を見極めていただきたいのです。静と動の交錯する中で、むしろ静の方が主役である野球に比べると、サッカーは巨大な運動量のもたらす緊張の持続が観客を陶酔させる点で全く別のスポーツです。

 この6月はそろそろチームに帯同される(それはとても大事なことですが)のかもしれませんが、通常年の6月よりは自由にTV観戦ができると思いますから、W杯をしっかりご覧になって、その緊張感を野球と比べ、特にメンタル面でのコントロール方法など野球に応用できるところはないか、サッカーに流れつつあるファンを野球に呼び返すには何が必要か、などを考えてみてはどうでしょう。

 野球の場合と違って、サッカーの場合は世界の壁は実に大きく高いわけで、今現在まともな日本のサッカーファンの中には「優勝できなかったらガッカリ」などと言う人はゼロでしょう。それどころか、ブラジル、クロアチア、そして豪州という組み合わせの中で、予選リーグ突破の可能性自体は決して高いとは言えません。

 それでも、いやそれだからこそ幻想を排除し、事実を直視し、時には厳しい結果を受け止める中で、人々はサッカーへの愛を確実なものにしていっています。そのような人々の愛を引き出す力を野球は持てているのか、そうした問いかけをすることは、すぐにではないにしても、10年後、20年後の松井さんにはきっと役に立つと思います。

 もう一つ、このリハビリ期間に機会があれば、アメリカ野球の草の根を感じていただきたいと思うのです。超有名人の松井さんですから、お忍びというのは難しいのかもしれませんが、ヤンキースの(あるいは他の町の他球団の)ショップの雰囲気を知ったり、あるいは草の根の少年野球、高校野球(どちらも地区大会が始まります)を見たりすることで、アメリカの野球文化の「核」にあるものを感じてみることができたら、それは松井さんにとって良い刺激になると思います。

 草の根といえば、プロ野球の草の根はマイナーリーグでしょう。松井さんの場合、患部が完治して必要なトレーニングが完了し、実戦で調整ということになったら、2Aトレントン・サンダーで調整出場することになるのではないでしょうか。3Aコロンバスでは遠すぎるし、松井さんも行かれたことのあるスタッテン島のヤンキースは1Aなので役不足だからです。

 そのトレントン・サンダーというのは、私の住むニュージャージー州マーサー郡にあるのですが、このあたりのリトルリーグの少年たちを格安の切符で招待したり、花火大会をやったり様々な集客努力をして草の根に根付いているチームです。ところで、このトレントンという町は、昔からイタリア系の職人さんが住み着いているせいか、ピザが名物なのですが、メジャーの選手がケガからの復帰などで調整出場する際には特大ピザを大量に注文して、マイナーのチームメートに振舞うという習慣があるのです。

 数年前にはディレク・ジーター選手が「ヘッドスライディング事故」からの復帰に際して、このトレントンで調整し、その際にピザの大盤振る舞いをしたそうです。どの店にどんな注文を出したら良いか、ジーター選手なら知っているかもしれませんね(実際はトレントンのスタッフに聞けば分かるでしょうが)。この「ピザのおごり」ですが、メジャーの大物選手は、あくまでマイナーの選手達に対して「自分は大物だが、調整のために君たちのチームの出場機会を借りた」という謝意を示しつつ、大物としての威厳を見せるという面白いコミュニケーション方法だと言えるでしょう。

 たかがピザですが、リーダーシップの経験というのは案外そんなところから学べるのではないでしょうか。私は再三にわたって、松井さんやイチロー選手のような日本人が、メジャーの球団でリーダーシップを取るべきだ、と訴えてきています。それは単に日本選手の作戦や基礎能力が優れているからだけではありません。

 マネジメントのスタイルにある日米の違い、それを肌で感じていただきたいのです。
アメリカでリーダーシップを取ることで、日本にはないリーダーのあり方、コミュニケーションのあり方を、一つ一つノウハウとして貯めていって、それを日本野球への良い影響にしていただきたい、その大きな期待があるのです。

 まずは、遅かれ早かれやってくるトーリ監督の勇退へ向けて、その前に監督をもう一度栄光の座に押し上げること、そして新監督の登場時にチームをまとめる役を経験することが待っていると思います。その経験が、やがてONという巨大な存在を引き継いで行く日本野球のリーダーシップのあり方に良い影響となるように、期待というのはそうした意味に他なりません。

 この部分になりますと、実は日本サッカーも試行錯誤が続いています。代表チームの中でのリーダーシップについても、海外組と国内組、天才肌と常識人など色々な葛藤が続いています。現在は、その葛藤がエネルギーになるようにするしかない段階なのでしょう。また監督人事については、なかなか日本人監督が機能しないという問題があります。

 私には形式的な上下関係を形式的に規定してしまう日本語という言葉が、サッカーという「強い個」を要求するスポーツに合うように変わらなくてはダメだと思っていますが、そこまで深刻な問題であるかは別にしても、リーダー像が不明確という点ではサッカーも野球も同じだと思います。W杯の観戦に際しては、そんな見方もあるのではないでしょうか。

 いずれにしても、復帰までの時間を良い形で生かしていただきたいと思います。勿論、一刻も早い完治をお祈りしていることは申し上げるまでもありません。そして、トレントンへいらっしゃるのを楽しみに(機会があれば、ですが)しています。日米の報道陣で異様な雰囲気になってしまうかもしれませんが、どこかに草いきれの匂いがする古都で、一生懸命なマイナーの若者たちと良い時間を過ごすことができれば、それはとても素敵なことではないでしょうか。トレントンのピザ、なかなかうまいですよ。

敬具

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT