クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第五十二話 いざ、ミシュラムへ! ~エステルとヨシュアの遊園地デート!?~
<ボースの街 ボース国際空港>
アリオスの妻のサヤと、娘のシズクをリベール王国まで連れて行くように頼まれたエステルとヨシュアは、久しぶりにリベール王国に帰って来た。
「まだほんの少ししか離れて居ないのに、懐かしい感じがするわね」
「うん、僕もリベールが第2の故郷になったんだなってヒシヒシと感じるよ」
飛行船の窓からボースの街並みを見下ろしたエステルのつぶやきに、ヨシュアも同意した。
エステル達にとっては懐かしい故郷だが、サヤとシズクにとっては異国の地。
心細い思いをしているだろうと気遣うエステル達に、サヤとシズクは気丈に「旅を楽しみにしている」と答えた。
飛行船がボース空港に到着し、エステルとヨシュアが甲板に出ると、空港のデッキにカシウスとレナ、隣にエルフィード翁が立っているのが見えた。
「父さん、母さん!」
エステルはカシウスとレナの方に嬉しそうに駆け出して行った。
ヨシュアは少し困ったような笑顔を浮かべながら、サヤとシズクをエスコートしながらゆっくりと飛行船を降りた。
「さあ、遠慮無く父さんの胸に飛び込んで来い!」
カシウスはそう言ってエステルを待ち構えたが、エステルは隣に立っていたレナの手を嬉しそうに握った。
スルーされたカシウスは盛大にずっこけた。
その滑稽なカシウスの姿を見てサヤとシズクは楽しそうにクスクスと笑った。
ブライト家にとっては恒例で行われる寸劇のようなものなのだが、場の空気が和むのを感じてカシウス達からも笑い声が上がった。
ご迷惑をお掛けしますと頭を下げるサヤとシズクに対して、カシウスとレナは構う事は無いと首を横に振った。
「ところで、ワシの可愛い孫娘はどこに居る?」
飛行船から降りて来ないアネラスを探すように、エルフィード翁は辺りを見回してエステルに尋ねた。
「アネラスさんなら、クロスベルに残ってますけど」
「僕達もサヤさん達を送り届けたら、すぐにクロスベルに戻るつもりだったので」
「老い先短いこのワシに会いに来る事すらかなわないのか」
エステルとヨシュアがそう答えると、エルフィード翁は腕で目頭を押さえて泣くような仕草をした。
かわいそうだと思ったサヤとシズクが慰めの声を掛けると、エルフィード翁は弾かれたようにピンと背筋を伸ばして自己紹介をした。
「立ち直りが早いですね」
ヨシュアが感心したような、半ばあきれたような表情でつぶやいた。
「父さんの剣のお師匠様だって言うけど、あの軽そうな性格も父さんに伝わっちゃったんじゃない?」
「ワシはカシウスの堅すぎる性格を柔らかくほぐしてやっただけじゃよ」
「剣の前に女性の扱い方を教えるくらいでしたからな」
エステルの質問にエルフィード翁が悪びれずに答えると、カシウスはため息をついた。
「でも、アネラスさんに会いたかったら父さん達の方がクロスベルに来たらよかったのに」
「俺達がクロスベルに行ったら、警戒させてしまう事になるだろ?」
「そっか、闇のオークションが中止になったりしたら、マズイものね」
カシウスの言葉にエステルも納得してそうつぶやいた。
「ヨシュア、エステルの事をフォローしてあげてね」
「はい、任せて下さい」
「あたしの方がお姉さんなのに」
レナがヨシュアにそう話すのを聞いて、エステルは顔をふくれさせた。
エステル達が空港で話していると、発進を告げる汽笛がなる。
楽しい時間は過ぎてしまうのが早いとエステル達は感じた。
「それじゃあ、サヤさんとシズクちゃんをお願いね」
「おう、任せておけ」
エステルの言葉にカシウスは自信たっぷりにうなずいた。
そしてエステルはジト目でエルフィード翁にも声を掛ける。
「アネラスのお祖父さんも、サヤさんがいくら美人だからって手を出さないでよ」
「大丈夫じゃ。さあ、お嬢ちゃん、行くとしようかの」
エルフィード翁がエステルにそう答えてシズクの手を握ると、エステルは大きな声で叫ぶ。
「ちょっと、シズクちゃんに手を出したりしたら、それこそ犯罪よ!」
「可愛いは正義じゃよ!」
きりっとした表情で答えるエルフィード翁に、エステルはあきれてしまった。
「まあアリオスも師匠の事は心得ているから、問題は無いだろう」
「返ってサヤさんは心配なさそうだし、大丈夫ね」
エステルは無理やり自分を納得させるようにそうつぶやいた。
甲板に顔を出した飛行船の乗組員が、エステル達に席に着くように促す。
「じゃあシズクちゃん、あたし達、アリオスさん達と力を合わせて頑張るから!」
「なるべく早くクロスベルに帰れるようにね」
「はい、お願いします」
エステルとヨシュアはシズクの目をしっかりと見つめて声を掛けると、シズクは礼儀正しくお辞儀をした。
カシウスとレナは目を細めてエステルとヨシュアの顔を見ていた。
そしてエステル達はカシウス達に笑顔で手を振って中へと入って行った。
「あいつらも一人前の顔つきになって来たな」
「ふふ、そうですね」
カシウスとレナは嬉しそうに顔を見つめ合って微笑んでから、エステル達の乗った飛行船をじっと見送るのだった。
<クロスベルの街 裏通り>
エステル達がサヤとシズクをリベール王国に送り届けている間、クロスベル支部の遊撃士協会に残ったアネラスは、エステル達がレン達から受けた依頼を代わりにこなそうとしていた。
アネラスも人形の幽霊の話にとても興味を引かれ、もし彼女が化けて出るほど双子の姉妹を探しているのなら、早く自分の手で解決してあげたいと思ったのだ。
「私のぬいぐるみ達ともお話しできたら楽しいのにな、そうしたら毎晩寝る前にあんな事やこんな事……」
「お姉さん、また妄想の世界に入っちゃったの?」
「あっ、ごめんね」
アネラスは同行していたレンに声を掛けられて意識を現実世界に戻した。
2人はあの空き家の持ち主であるイメルダ夫人に調査報告も兼ねて話を聞くために、裏通りにあるイメルダ宝石店を目指していた。
「でも、レンちゃんを連れて来て良かったのかな」
ネオンに彩られたバーの看板が立ち並ぶ裏通りの光景を見回して、アネラスはそうつぶやいた。
「けど、お姉さんだけでこの街を歩く方がもっと危ないと思うわよ?」
自信たっぷりにレンに言われたアネラスは、反論できなかった。
この裏通りは入り組んだ所にルバーチェ商会の本部が存在するなど、迷い込んでしまったら旧市街の時よりも厄介な事になる。
エステルとヨシュアはリベール王国に行く前に、どうしてもイメルダ夫人の所へ行きたいと言うアネラスの気持ちを聞いて、レンに道案内兼お目付け役を頼んだのだ。
レンは昼間でも薄暗い裏通りの細い路地を迷う事無くアネラスを先導し、妄想の世界に入ってしまったアネラスを気遣って声を掛けたりしている。
これではどちらが年上なのだろうか、分からない。
「おい、こんな所で何をしている!」
「えっ、あなたは?」
レンの後について裏通りを歩いていたアネラスは、ダドリーに声を掛けられて振り返った。
「お前は、リベール王国から来た遊撃士だな」
「はい、そうですけど?」
どうして自分の事を知っているのか、アネラスは不思議そうに首をかしげた。
「とりあえず、それ以上先に進むな」
「ちょ、ちょっと、何をするんですか!?」
いきなりダドリーに腕をつかまれて引っ張られたアネラスは抗議したが、ダドリーは力を緩めずにアネラスを歓楽街の方の通りに連れて行った。
「なんか面白い事が起きたみたいね」
レンは楽しそうにつぶやいて、アネラスとダドリーの後をついて行った。
歓楽街まで着くと、ダドリーはオークションの日が近づいているため、裏通りにあるルバーチェ商会の本部が殺気立っているのだと説明した。
「やつらは警察だけでなく、遊撃士も目の敵にして居るからな」
「危ない所だったんですね」
自分だけならともかくレンまで巻き込んでしまったら、大変な事になってしまったと、アネラスはホッと胸をなで下ろした。
「だから裏通りには、しばらく近づくな、解ったな」
「でも私達、イメルダさんに人形の事で聞きたい事があって」
ダドリーが警告すると、アネラスは困った顔をして食い下がった。
レンがさらに説明を続けると、ダドリーは真剣な顔で考え込んだ後、アネラスとレンに告げる。
「よし、私も同行しよう」
「良いんですか?」
「ああ、ルバーチェ商会を見張っていても成果が無いようだからな。それにイメルダ女史には私からも聞きたい事がある」
アネラス達はルバーチェ商会の近くを通らないように、歓楽街と反対側にある中央通りの方から裏通りに入りイメルダ宝石店へと入った。
店内に飾られた宝石やアンティークを見て、アネラスが小さな歓声を上げた。
イメルダはカウンターに座って導力ネット端末のディスプレイを見ていたが、アネラス達が入って来るのを見て顔を上げる。
「おやおや、冷やかしはゴメンだよ」
「えっと、私は……」
アネラスが自己紹介をしようとすると、先にイメルダの方からさらに声を掛ける。
「ふむ、あの2人と一緒にリベールからやって来た準遊撃士の娘か。お前さんの爺さんは相変わらずかい?」
「お祖父ちゃんなら元気ですけど……どうして分かったんですか?」
「興味が湧いたから、あんたの素性はクロスベルに入った日に調べたのさ。50年前にナンパして来た男の孫娘だとは驚いたけどね」
イメルダはそう言ってクックックと笑い声を立てた。
「レン達は買い物じゃ無くて、聞きたい事があって来たのよ」
レンが空家で弟のコリンが目撃した人形の幽霊の話をすると、イメルダは感心したようにため息をつく。
「物に魂が宿るって話は親から聞かされたもんだけど、本当にあるもんだね」
「東方では九十九神と伝えられているらしいな」
ダドリーもアリオスからそのような話を聞いた事があると口にした。
「あの人形はローゼンベルク工房製でね、あの家に住んでいた貴婦人が自分の双子の娘に似せて作らせたものなのさ」
「じゃあ、やっぱりセットだったんですね」
「だがその貴婦人の主人に不幸があって、家族は離散、貴婦人も借金返済のためにその人形を手放さなければならなくなった」
イメルダがそこまで話すと、アネラスとレンは目に見えて悲しそうな顔になった。
ダドリーも少し悔しそうに眼鏡を手で押さえている。
「片方の人形を見つけた時には、もう片方の人形は行方知れずでね」
「それじゃあ、人形の手掛かりは無いんですか?」
アネラスが不安そうに尋ねると、イメルダは愉快な調子で笑い声を立てる。
「今度のルバーチェのオークションで、ローゼンベルク工房製の人形がかなり出品されるそうだからね、それに期待しているのさ」
「やはり、そうなのか」
イメルダの話を聞いて、ダドリーは納得したようにそうつぶやいた。
「ダドリーさん、どういう事ですか?」
アネラスが不思議そうな顔で尋ねると、ダドリーは言い淀んで咳払いをしてから、ゆっくりと話し始める。
「木の葉を隠すのなら、森の中と言うだろう」
「つまり、オークションで競り落とされる人形の中には、生きているのも混じっているかもしれないって事さ」
「ええ~っ!?」
イメルダが付け加えるように言うと、アネラスは驚きの声を上げた。
「人形って、レンと同じ年くらいか年下のモデルがほとんどなんでしょう? それって、かなり問題なんじゃない?」
「ああ、成人に満たない少女との交際は国際法でも禁止されているからな。遊撃士協会も黙ってはいられまい」
「そんな危ない橋を渡るようになったとは、ルバーチェ商会もリベール王国での損害が相当応えて、尻に火が付いたんだろうね」
ルバーチェ商会は銀行との取引もあるが、闇世界の人間からも投資の名目で資金を集めていたと言って、イメルダは面白そうに笑った。
「ルバーチェ商会へ運び込まれる人形の取引先などは知らないか?」
「捜査協力ってやつかい?」
ダドリーに尋ねられたイメルダの表情が険しくなった。
「私達も、人形の事が分かったらイメルダさんにお知らせしますから、お願いします!」
「分かった、その取引を飲もうじゃないか」
アネラスの言葉を聞いたイメルダは、笑顔を浮かべてそう答えた。
イメルダは端末を操作すると、データを保存したフロッピーディスクをダドリーに渡した。
「ねえ、その人形の前の持ち主って、もしかして……」
「用は済んだんだろう、もう帰りな!」
考え込んでいたレンが尋ねようとすると、イメルダは大声でそう言い放った。
「あ、ありがとうございました!」
アネラスはお礼を言ってレンとダドリーと共に宝石店を後にした。
裏通りを離れたアネラス達は、落ち着きを取り戻して息を吐き出した。
「どうやら藪を突いて蛇を出してしまったようだな」
ダドリーはそうつぶやいて宝石店の方角を振り返った。
「でも、ダドリーさんが居てくれて助かりました」
「レン達だけだったら、ルバーチェ商会の目の前を通って、いざこざに巻き込まれていたかも知れなかったわね」
「礼には及ばん、お前達のおかげで有益な情報を得られたからな」
アネラスとレンにそう答えて、ダドリーはイメルダから受け取ったフロッピーディスクが入ったカバンに視線を送った。
「では、私はこれで失礼する」
「ダドリーさん、これから一緒にアイスを食べませんか?」
立ち去ろうとしたダドリーに、アネラスが声を掛けた。
アネラスは道案内のお礼として、レンとコリンに歓楽街の屋台でアイスを買ってあげる約束をしていた。
「アイスだと?」
ダドリーは耳を疑ったように聞き返した。
「ダドリーはさんにお礼をしたいんです、ダメですか?」
「だが、礼はもう充分に受け取った」
「お兄さんは、レン達とアイスを食べるのが嫌なの?」
「い、嫌と言うわけではないが……」
言い淀むダドリーを、アネラスとレンの4つの瞳がじっと見つめた。
しばらくの沈黙が流れた後、ついにダドリーの方が折れる。
「分かった、アイスをおごって貰おう」
ダドリーがそう言うと、アネラスとレンは手を取り合って喜んだ。
そしてレンがコリンを自分の家まで呼びに行っている間、アネラスとダドリーは歓楽街のアイス屋の前で待つ事になった。
「新作が出たみたいですね」
アネラスが目を輝かせた。
しばらくすると、ダドリーは行政区の方から同じ刑事であるガイが速足でやって来るのに気が付いた。
「ダドリー、こんな可愛い娘とデートだなんてお前も隅に置けないな」
ニヤケ顔のガイに声を掛けられたダドリーは真っ青な顔で言い訳をする。
「これはだな、断じてデートでは無く……」
「分かってるって、エマには内緒にしておいてやるから」
ガイは笑いながら立ち去ってしまった。
きっとガイは面白がって尾ひれの付いたウワサを広めるに決まっている。
ダドリーは肩を落としてうなだれた。
「あ、アイスを食べて元気を出して下さいね!」
アネラスは笑顔をつくってダドリーを励ますのだった。
<クロスベルの街 港湾区>
エステルとヨシュアがリベール王国から戻って家族の安全が確保されると、アリオスはエステル達と共にセルゲイ達とも協力し、精力的にルバーチェ商会への調査を進めた。
慌ただしく時は過ぎて行き、ついにミシュラムでルバーチェ商会が開催する闇のオークションの日がやってきた。
エステル、ヨシュア、アネラス、そしてレンとコリンは、湖を渡ってミシュラムへ行く定期船乗り場で待っていた。
ミシュラムへは、表向きは遊撃士では無く、観光客として行く作戦だったので、カムフラージュも兼ねてレンとコリンも連れて行く事になってしまったのだ。
「生みっしぃと会えるなんて感激! きっと実物はとっても可愛いんだろうね!」
「あたしは同じ猫ならアリルやアントワーヌの方が可愛いと思うけど……」
興奮しているアネラスに声を掛けられたエステルは、少し引いた表情で答えた。
「みっしぃは、可愛いだけじゃなくいろんな芸もするし、歌もダンスも上手いんだよ!」
「あれって、着ぐるみの中に得意な人が入れ替わっているんでしょう?」
エステルが冷静に言い返すと、アネラスの笑顔が消える。
「エステルちゃん、みっしぃに『中の人』なんて居ないんだよ……」
「だめじゃないエステル、子供達の夢を壊してしまう発言をしちゃうなんて」
「君も子供じゃないか」
大人目線で語るレンに、ヨシュアが小声でツッコミを入れた。
肩を落としてしまったアネラスを見て、エステルも申し訳なく思っていたが、乗り込んだ定期船からミシュラムが見えて来るとアネラスは元気を取り戻した。
「アネラスさんが立ち直ってくれてよかったわ」
「根に持つような人じゃないからね」
エステルとヨシュアは顔を見合わせ、安心して微笑んだ。
ミシュラムに着いたエステル達は、ホテルに自分達の荷物を置く事にした。
エステルとヨシュアは夜にオークションが行われるハルトマン議員邸へ潜入する任務があったので、部屋割りはエステルとヨシュア、アネラスとレンとコリンで別れた。
「エステルちゃん、私達は先に行くね」
「ちょっと待ってよ、アネラスさん!」
自分の部屋に荷物を置いている時に、アネラスに声を掛けられたエステルはあわてて答えた。
「夢を壊しちゃうエステルと一緒に居ると、楽しめないみたいよ」
レンが小悪魔的な笑みを浮かべて、アネラスの後をついて行った。
「まだ根に持っていたみたいだね」
ヨシュアが苦笑しながらエステルにそう声を掛けた。
「仕方無い、あたし達も行きましょう」
エステルはヨシュアにそう答えて、いつものようにホテルの部屋を出て行った。
<保養地ミシュラム MWL>
アネラス達に置いて行かれたエステルとヨシュアは、少し遅れて遊園地へと向かった。
せっかくディーター総裁からチケットを貰ったのだから、楽しまなくては損だと思ったのだ。
「夢の世界、ミシュラムワンダーランドへようこそ! みししっ、たくさん思い出を作って行ってね♪」
入口でエステル達はみっしぃに声を掛けられ、差し出された手をつかんで握手をした。
正面ゲートを潜って中に足を踏み入れると、中央広場には様々なアトラクションの看板が立ち並んでいた。
「へえ、いろいろあって面白そうね」
目を輝かせて看板を眺めるエステルだったが、ホラーコースターの看板からはすぐに目を反らした。
「やっぱり、お化けが怖いんだね」
ヨシュアがそんなエステルの姿を見て笑うと、エステルはムキになって反論する。
「別に、お化けなんて怖くないわよ」
「じゃあ、何でホラーコースターの方を見ようともしないの?」
「そんなに言うのなら、行ってやろうじゃないの!」
エステルは肩を怒らせてホラーコースターの方へと歩き出した。
ヨシュアはあわててエステルの後を追いかけた。
ホラーコースターの乗り場の近くまで行くと、お化け屋敷を模したアトラクションの中から悲鳴が聞こえて来た。
「無理しなくても良いんだよ、アトラクションは他にもあるし」
「こ、こんなのへっちゃらよ」
ヨシュアにそう答えてエステルは、係員にチケットを渡して、ヨシュアと一緒に中に入った。
薄暗い室内では、レールの上に2人が横に座れる席が備え付けられたトロッコのような乗り物があった。
エステルとヨシュアが席に着くと、係員が2人の体が飛ばされないように安全レバーを下げて固定させた。
そして係員はエステル達にコースの選択を尋ねる。
ホラーコースターは座席の前に備え付けられた導力銃をモデルにした光線銃で的になる幽霊を撃ってスコアを競う事ができる。
初級・中級・上級の3つのコースがあり、それがリピーターを増やしているようだ。
「上級コースにしましょう、高得点を取ってアネラスさん達をビックリさせるのよ」
「体が震えているけど平気なの?」
「これは武者震いよ!」
ヨシュアが心配して声を掛けると、エステルは強い口調でそう答えた。
係員も本当に上級者コースで構わないのかと確認したが、エステルの気持ちは変わらなかった。
エステルとヨシュアを乗せたトロッコは、上級コースに向けて走り始める。
2人ともメルカバやアルセイユに乗った経験があるので、トロッコが急降下など激しい動きをしても耐えられる自信があった。
しかし結果は10点と散々なものだった。
開始早々、エステルは不意をついて暗闇に浮かびあがった幽霊の映像に悲鳴を上げて隣に座っていたヨシュアに抱きつき、ヨシュアは身動きがほとんど取れなかったのだ。
「エステル、もう終わったよ」
終点に着いたヨシュアは、目を閉じたまま抱きついているエステルに声を掛けた。
気が付いたエステルは顔を真っ赤にしてヨシュアから体を離した。
係員は平然とエステルとヨシュアの体を固定させた安全レバーを外した。
どうしてコースターの安全レバーが内側に体をずらす事の出来るような形になっているのか、エステルとヨシュアは理解した。
アトラクションの外に出ると、入口にはカップルが多く並んでいた。
「ごめんね、あたしのせいでチケットを無駄にしちゃって」
「落ち込んでも仕方ないよ、別のアトラクションで楽しめば良いと思うよ」
中央広場に戻って来ても、うなだれているエステルをヨシュアは励ました。
エステルはコースターに乗って窮屈な思いをしたので、体を動かしたいからと鏡の城のアトラクションに行く事を提案し、ヨシュアも了解した。
MWL入口正面に位置する鏡の城は、探検型のアトラクション。
中は特定の扉に鍵が掛けられていたり、廊下や階段が通行止めにされていたりして、迷路のようになっていた。
「アネラスさんだったら迷子になっちゃいそうね」
「レンが一緒に居るから平気じゃないかな」
「どっちが保護者なんだか分からないわね」
エステルとヨシュアは顔を見合わせて笑った。
城の中には他の観光客の姿もあり、知力よりも階段を昇る体力勝負の面の方が強かった。
遊撃士として鍛えているエステルとヨシュアでもちょっとした運動に感じられるレベル。
ゴールである屋上にたどり着くと、そこからはMWLを一望できる眺めが広がっていた。
「グランセル城の空中庭園も綺麗だったけど、ここも凄いわね」
「高さは翡翠の塔と同じぐらいあるんじゃないかな」
こんな広いテーマパークを作ってしまうIBCの財力に、エステルとヨシュアは感心した。
屋上には大きな鐘があり、右側と左側それぞれに鐘を鳴らすための綱がパイプから吊り下がっていた。
エステル達の前の組のカップルが、鐘を鳴らしてから鏡の前に立ち、しばらくの間、目を閉じる。
そして目を開けると、2人で楽しそうに話しながら出口に向かって行った。
係員に声を掛けられたエステルとヨシュアは鐘の前に進み、タイミングを合わせて綱を引っ張る。
大きな鐘の音が空へと響き渡った。
この音が鳴りやまないうちに、エステルとヨシュアは屋上の高台に設置された大きな鏡の前で、願い事をしなければならない。
エステルとヨシュアは息を切らせて高台への階段を駆け上った。
ヨシュアの目に飛び込んで来たのは、鏡に映し出されたいつもの遊撃士の服装では無く、観光客の服装をした自分とエステルの姿だった。
こうしてみると、自分達も街で暮らす平凡なカップルに見えて来る。
同じ国に生まれていれば、何の不安も無くエステルと同じ街で暮らす事が出来るのに、とヨシュアは思いながら目を閉じた。
「ねえ、ヨシュアはどんなお願いをした?」
「せ、世界平和かな」
エステルに突然尋ねられ、ヨシュアはそう答えてごまかした。
するとエステルはとても嬉しそうな笑顔になる。
「あたしも同じ! だって平和が続いて王国と帝国が仲良くなれば、ヨシュアとずっと一緒に居られるじゃない」
「……そうだね」
ストレートなエステルの言い方に、ヨシュアは少し顔を赤くして微笑み返した。
エステルとヨシュアが鏡の城を出ると、中央広場ではみっしぃとその妹のみーしぇがダンスショーをしていた。
その観客の中にアネラス達の姿を見つけたエステルとヨシュアは、ダンスショーが終わるのを待って声を掛ける。
「アネラスさん、まださっきの事を怒ってる?」
「ううん、別にもう何とも思ってないよ」
謝るエステルにアネラスが笑顔でそう答えると、エステルはホッとした表情になる。
「じゃあこれからは、アネラスさん達も一緒にアトラクションを見て回ろうよ」
「それはダメだよ、エステルちゃん」
「どうして?」
エステルの提案にアネラスが首を横に振ると、エステルは不思議そうな表情で尋ねた。
「エステルとヨシュアはカップルの振りをする練習をしなくちゃいけないの」
「ええっ!?」
レンが答えると、エステルは驚きの声を上げた。
確かに、今日の夜にハルトマン議員邸で行われるオークションには男女のカップルとして潜入する作戦だった。
アネラスが怒った振りをしてエステルとヨシュアを置いて行ったのは、レンの提案だったのだ。
「と言うわけだから、じゃあね!」
「バイバイ」
コリンもすっかりレンに丸め込まれてしまったようで、エステル達に笑顔で手を振って離れて行った。
「まったくもう、変な事で団結するんだから」
「すっかり仲良くなったみたいだね」
エステルとヨシュアはアネラスの後ろ姿を見送った後、ふと目を合わせた。
さっきのレンのカップルと言うワードが頭を過ぎり、エステルとヨシュアは少し気まずい空気になる。
「あ、あたし、トイレに行きたくなっちゃった」
「僕もだよ」
エステルとヨシュアはテーマパークの隅にある女子トイレと男子トイレに入り、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから出た。
帰り際、エステルは人気の少ない建物の陰で、みっしぃとみぃしぇの着ぐるみを半分だけ脱いでいる栗色の髪の青年と水色の髪の少女の姿を見かける。
「ロイドさん、お疲れ様でした。もう少しで終わりです」
「兄さんも夏休みにハードなバイトを紹介してくれたよな」
「私はガイさんにとても感謝しています」
「ティオはみっしぃの大ファンだからな」
エステルはみっしぃの着ぐるみの中の人が、自分とあまり変わらない年齢の若い青年だと知って安心した。
いい歳をした中年のおじさんだったりしたらエステルだって幻滅する。
アネラスだったらショックで気絶してしまうかもしれない。
ヨシュアと合流したエステルは、テーマパークの中の休憩所で遅めの昼食を取る事にした。
しかし食事は美味しいはずなのに、エステルはあまり食欲が湧かない。
いつもは3杯ぐらいは軽くお代わり出来るのに、今日は1杯しかお代わり出来なかった。
不調の原因をヨシュアに尋ねると、きっと今日は遊撃士の仕事をして居ないからじゃないかと答えた。
憂鬱な気分を晴らすため、エステルとヨシュアは観覧車に乗る事にした。
「うわあ、さっきの鏡の城とは違った眺めの良さね」
MWLの観覧車は鏡の城と違い、テーマパークの外れ、クロスベルの街寄りにあり、湖とクロスベルの街を一望する事が出来た。
眼下に広がる湖に浮かぶ船は豆粒のように小さく見える。
ヨシュアも素晴らしい景色を見て元気を取り戻したエステルの姿を見て、安心して穏やかな笑顔を浮かべた。
しかしエステルはとんでもない物を目撃したかのように中空を指差して口をパクパクさせている。
「あの人達、キスしてる……」
「えっ?」
ヨシュアが振り返ると、自分達の後ろのゴンドラに乗っているカップルが抱き合って情熱的な接吻を交わしていた。
エステルとヨシュアに穴の開くほど見つめられていると言うのに、離れようとしない。
「もしかして、あたし達もカップルに見られているのかな」
「そうかもしれないね」
しばらく考え込む仕草をしたエステルは、意を決したようにヨシュアの顔を正面から見つめた。
そのエステルの顔は夕陽に照らされたように全面が真っ赤になっていた。
だが今はまだ日が暮れかけるような時間では無い。
「あたし達も、キスしよっか?」
ヨシュアは驚いて何も言葉が出なかった。
「ほら、レンも言っていたじゃない、カップルに見える様に練習しろって」
「でも、キスをする必要はないと思うけど……」
戸惑ったヨシュアは視線を床に反らした。
「ヨシュアは、あたしとキスするのが嫌なの?」
「そんな事は無いよ」
沈んだ声でエステルが尋ねると、ヨシュアはあわてて顔を上げて否定した。
しかしお互い照れてしまい、なかなか顔を近づけられずに時が過ぎて行く。
そしてエステルとヨシュアの唇が重なる直前、ゴンドラは地上に降りて扉が開いてしまったのだった。
係員も非常に気まずい表情でエステルとヨシュアを見つめていた。
顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたエステルとヨシュアは、全力で観覧車のアトラクションから逃げ出した。
その後占いの館に行ったエステルとヨシュアは、その失敗をピタリと占い師に言い当てられ、さらにショックを受けたのだった。
夕方になって、アネラス達と中央広場で合流したエステルとヨシュアは、グッタリと肩を落として疲れた表情になっていた。
「その様子だと、キスは出来なかったみたいね」
鋭いレンの指摘に、エステルとヨシュアはギクリと肩を震わせた。
「せっかくお膳立てしてあげたのに」
エステルとヨシュアにダメ出しをするレンの姿に、アネラスも困った顔で笑った。
「それじゃあアネラスさん、レン達をお願いします」
「大船に乗ったつもりで任せてよ!」
ヨシュアが頼むと、アネラスは自分の胸をポンと叩いて自信たっぷりの笑顔で言い切った。
「レン、絶対について来ちゃダメよ、危険な事になるかもしれないんだから」
「ふふ、お屋敷の晩餐会も気になるけど、MWLの夜のパレードで我慢しておくわ」
エステルが真剣な顔で言うと、レンはそう答えた。
そしてエステルとヨシュアは気合を入れ直し、ハルトマン議員邸へ行く準備を始めるため、アネラス達と別れてホテルへ向かうのだった。
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