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数奇な運命たどった「キング・オブ・ザ・ヒルズ」

2012年02月03日
スポーツ

関連キーワード :プロレスKENSO

【伝説のユニット:4】新日本プロレスで数奇な運命をたどった「キング・オブ・ザ・ヒルズ」を徹底解剖する。メンバーの負傷離脱や退団によって形を変え、おまけに軍団名までコロコロ変えたユニットを、現在全日本プロレスで「TEAMビチッと!」を率いるKENSO(37)が振り返った。

そもそも軍団の核となったのは、MVP男・棚橋弘至とKENSO(当時は鈴木健三)による同期入門の「タナケン」コンビ。その2人が2001年5月に結成したのが「キング・オブ・ザ・ヒルズ」だった。直訳すると「お山の大将」。今思えば、明るい未来が見えないネーミングだ…。
【KENSOの話】若い女性ファンだけじゃなく熟女にも向けたユニットのはずだったんですけどね。ほら、棚橋はどうでもいいとしてボク、顔がいい…(※面倒なので中略)。まあ、棚橋とは合宿所で同じ部屋だったんで「お互い日本のトップになろう」なんて話したこともあったっけ。

しかし、KENSOは翌02年3月に肺に穴が開く「肺気胸」を患って戦線離脱。KENSOの代わりに佐々木健介が棚橋の相棒となった。3か月の休養を終えてKENSOが復帰すると、健介を中心とする「スイング・ロウズ」に変貌し、ブルー・ウルフを加えた4人でタッグ戦線に参入した。
【KENSOの話】ボクは何も分からずに試合してた感じですかね。タッグマッチを分かってなかった。リングの中だけしか見てなくて、コーナーにいる時は何も考えてなかった。まあ勉強にはなりましたね。

ただ、同年10月に健介が電撃退団したため、残る3人で新生ヒルズをスタートさせた。これほどドタバタしたユニットもまれだろう。不協和音が耐えないビチッと軍の大将・KENSOは最後にこう締めた。
【KENSOの話】日本にいて守られてたから、どうでもいいことに一喜一憂してた。でもメキシコや米国を経験した今なら何とも思わない。何度もクビになった。生きてる限りプロレスはできる。だから1つの経験として、いいチームだった。

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