そして、右の写真をご覧頂ければお分かりのとおり、体育祭では、小柄な体格を活かし、騎馬戦では上に乗っかって大活躍していた。
安住氏は、一浪の末、当時は夜間学部であった早稲田大学社会科学部に進学。卒業後はNHKに入局し、秋田放送局勤務などを経て、東京の政治部記者となると、彼の態度は尊大さを増していった。あるメガバンクの幹部は、安住氏の人柄を、各紙の記者に取材したという。
「我々バンカーが財務相の性格を知ることは、リスクマネジメントに繋がるため聞いたんですが、評判は良くなかった(笑)。一つぐらい良い話が出るかと思ったら、『欠席裁判をしたくないから聞かないで』と苦笑いしていました。NHK記者時代の話で印象的だったのは、自分がサボっていたばかりに政治家の話を聞けず、その時の取材メモを他社の記者に見せてもらえず逆ギレした話です」
その際、周囲の記者に「オレが政治家になったら、お前たちには絶対話さない!」とも発言していたという。安住氏の父・重彦氏は、宮城県牡鹿町(現石巻市)の元町長である。安住氏には、若い頃から二世議員になるという野望があったのだ。
そんな彼の本性は、園田博之官房副長官(当時)の娘にも見抜かれていた。安住氏は、園田氏の番記者を務めていたが、
「安住が初当選したと聞いた時、園田氏のお嬢さんは『あの安住? へ~、あの安住がね~』と苦笑していた。園田氏には腰が低く、秘書には強く出る安住を見ていたからでしょう」(全国紙政治部幹部)
パートナー選びでも、彼は強い上昇志向を見せつけた。大学時代に所属していた、早稲田大学雄弁会の大先輩、小渕恵三元首相(故人)の次女、小渕優子代議士(37)を結婚相手として狙っていたというのだ。全国紙政治部の記者が、こう語る。
「記者時代の安住は、雄弁会の繋がりもあって、かなり小渕さんに食い込んでいました。当時は『小渕さんの娘と一緒になる』とうそぶいていましたが、相手にされず、実現しなかった。168㎝と長身の優子さんと身長差のあるカップル誕生かと期待したのですが(笑)。でも、彼の脳内では、小渕家の一員となって、自民党から出馬するという計画だったようです」
この件を、小渕事務所に40年近く勤める政策秘書の加辺守喜氏は、「私が知る限り聞いたことはない」と一笑に付した。
地位を得て有頂天の安住氏を、財務省は上手く操っている。ある財務官僚は、
「安住さんは、財政のことをまったく知りません。彼の答弁は、我々の作文を棒読みするだけですし、我々の言うことをよく聞いてくれてますよ。財務官僚の仕事は、安住さんが高級料亭でラーメンを食べてもおかしくないほど、お馴染みさん扱いされる段取りをすることなんです」
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