秋田県仙北市の旅館「玉川温泉」近くの岩盤浴場で1日発生した雪崩は、男女3人が巻き込まれて死亡する惨事となった。岩盤浴場はがん患者らの湯治場としても知られ、犠牲者にもがん患者がいた。「まさかあの場所で雪崩が起きるとは」。一夜明けた2日、旅館関係者は沈痛な声で発生当時を振り返り、犠牲者の家族は悲しみに沈んだ。【坂本太郎、武内亮】
雪崩で、仙北市の斎藤譲(ゆずる)さん(59)、横浜市の草皆(くさかい)悦子さん(63)、東京都中野区の升川容子さん(65)の死亡が確認された。死因は窒息死だった。草皆さんの夫はトイレに行き、戻ると約40メートルにわたり雪崩が起きていたという。
岩盤浴場は国定公園の中にある。仙北市によると、1日午後6時の玉川温泉の積雪量は287センチ、気温は氷点下5.4度だった。玉川温泉の周辺は冬季は雪で一般車は通行止めになり、宿泊客らの送迎は定期直行バスのみとなっている。
宿泊先の旅館によると、1日午後5時20分ごろ、宿泊客から「岩盤浴場のテントがなくなった」と連絡が入った。従業員7人が旅館から岩盤浴場に向かうと幅約40メートルの雪崩が起きていた。従業員が宿泊客56人の安否を確認したところ、升川さんらの所在が分からなかったという。従業員は同6時前、スコップを使って升川さんらの捜索をし、約1時間後の同6時35分ごろ、深さ約1.5メートルの雪の中に埋まっていた升川さんを発見した。続いて同7時すぎに斎藤さん、草皆さんを見つけたという。
従業員の神田貴之さん(37)は「これまで岩盤浴場付近で雪崩が発生したことはなく、県からも発生しやすい場所に指定されていなかった。雪崩の一報を聞いたときは本当に信じられなかった」と話す。現場付近はここ数日で約1メートルの雪が降り積もり、神田さんは「1月下旬に寒い日が続いた影響で雪が固まり、その上に大量の新雪が積もったため、表層雪崩を起こしたのではないか」と言う。
旅館は2日午前、宿泊客に雪崩事故について説明する。神田さんは「病気を治すための湯治場なのに、災害で尊い生命がなくなってしまった。本当に悔やんでも悔やみきれません」と話した。
2日早朝、犠牲者の1人、仙北市西木町小山田の斎藤譲さん(59)の自宅には多くの親族らが駆けつけ、悲しみに包まれた。
斎藤さんの妻、睦子さん(51)は突然の訃報に「信じられない」と話した。睦子さんによると、斎藤さんは昨年5月に膵臓(すいぞう)がんが見つかり玉川温泉に通うようになったという。
玉川温泉は国内有数の強酸性で湯治客に人気があり、噴出口近くの岩盤浴にはがん患者が多く訪れる。健康に効果があるという国の特別天然記念物「北投石」も産出する。
斎藤さんはここでがん患者の友人ができ、30日には斎藤さんから電話で「もう2日間泊まる」と連絡があった。1日昼、睦子さんは携帯電話で、自宅の水道管の凍結や軽トラックのバッテリー上がりの相談をした。斎藤さんはいつもと変わりない様子で的確に指示を出してくれたという。それが最後のやりとりだった。1日夜に事故の一報を聞いた知人から電話があり、「うちの父さんのことだな」と思ったという。
斎藤さんは、雪崩から約2時間後に発見され、対面したときの顔は赤くなり真っ赤にやけどしているようだったという。「生き返るんでねえか」。その願いはかなわなかった。
斎藤さんは粒が大きいことで有名な地元の名産品、西明寺栗の生産出荷組合の組合長を務めていた。睦子さんは目を赤くして、話した。「人柄は温厚でまさに農民という感じの人だった。ずっと休みなく働いてきたのに……」
毎日新聞 2012年2月2日 11時19分(最終更新 2月2日 12時59分)