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防衛省は本来、官庁のなかでも最も厳しく政治的中立性を保つべき省庁だ。実力組織である自衛隊を率いる以上、組織ぐるみで政治にかかわるようなことは危険きわまりない。こんな緊張[記事全文]
牛の生レバー(肝臓)、いわゆるレバ刺しが引き起こす食中毒をどう防ぐか。厚生労働省の審議会が検討している。きっかけは昨年春、焼き肉チェーン店で起きた食中毒事件だ。牛肉を生[記事全文]
防衛省は本来、官庁のなかでも最も厳しく政治的中立性を保つべき省庁だ。実力組織である自衛隊を率いる以上、組織ぐるみで政治にかかわるようなことは危険きわまりない。
こんな緊張感が完全に欠落している事態が発覚した。
米軍普天間飛行場を抱える沖縄県宜野湾市の市長選に向け、沖縄防衛局が同市に本人や親族が住む職員のリストを作り、真部朗(まなべ・ろう)局長が、棄権しないよう呼びかける「講話」をしていた。
防衛省は、特定の立候補予定者を推すような発言はなかったと説明する。しかし、有権者名簿を作り、局長が働きかけていたのだから、膠着(こうちゃく)状態の普天間移設問題を念頭に、特定候補への投票を暗に促す意図があったと見られて当然だ。
「政治的行為」を厳しく制限した国家公務員法や、公務員の地位を利用した選挙運動を禁じた公職選挙法などに、ただちには違反しないとしても、法の網の目をくぐった政治活動そのものといえる。
一連の指示は、総務部人事係から各部の庶務担当者あてに電子メールで出された。講話は勤務時間中に庁舎内で行われた。まさに組織をあげての活動であり、真部局長の責任は極めて重い。更迭は免れない。
沖縄では、これまでも選挙のたびに、政府の介入が取りざたされてきた。
1997年の名護市の市民投票の際には、久間章生防衛庁長官が沖縄出身の自衛官ら約3千人に文書で協力を求めた。真部局長は一昨年の名護市の選挙でも「同様のことをした」と話している。
こうした動きは、沖縄県内だけのことなのか。全国の自衛隊駐屯地でも似たようなことがありはしないか。
田中直紀防衛相は本省の関与を否定した。だが、今回の背信行為を出先機関の問題に矮小化(わいしょうか)してはいけない。
この際、第三者による調査機関を設けて、過去の選挙にさかのぼって、徹底的な検証をすべきだ。それが十分にできなければ、田中氏の責任も問われることになろう。
昨年末以降、沖縄では政府の信頼が失墜し続けている。
前沖縄防衛局長の女性蔑視の暴言、環境影響評価書の県への提出をめぐるドタバタ、新旧防衛相の沖縄への配慮を欠く不適切な発言……。そこに加えて、この局長講話である。
普天間の辺野古移設は、もう実現する見通しはない。政府は今度こそ立ち止まり、他の打開策を探るべきだ。
牛の生レバー(肝臓)、いわゆるレバ刺しが引き起こす食中毒をどう防ぐか。厚生労働省の審議会が検討している。
きっかけは昨年春、焼き肉チェーン店で起きた食中毒事件だ。牛肉を生で食べるユッケが原因で約180人が発症し、5人が死亡した。昨年10月に生肉について新たな基準が設けられたのに続き、レバ刺しに関する規制作りが始まった。
深刻なのは、O(オー)157など毒性の強い腸管出血性大腸菌が、生レバーの表面だけでなく、内部からも見つかったことだ。厚労省が食肉衛生検査所の協力で調べたところ、173頭のうち3頭の肝臓で、生きた腸管出血性大腸菌が出た。
肝臓の内部に菌がいると、肝臓の表面を熱して菌を殺したりするだけでは足りない。「消費者の安全を第一に、レバ刺しを全面的に禁止するべきだ」との声も出ている。
一方、食肉業界の代表は大学などへの委託実験で対策を練る考えを示し、全面禁止を避けてほしいと審議会で訴えた。
レバ刺しによる食中毒は一昨年までの13年間で116件発生したが、死者は出ていない。
食の好みにかかわる問題でもある。消費者の安全を優先するのは当然だが、全面禁止しか手立てがないのだろうか。
単純な規制は必ずしも有効ではない、という事情もある。
牛の生肉では、食肉処理業者や小売店、焼き肉店などを対象に(1)生肉用の専用設備を確保する(2)肉の塊の表面から1センチ以上の部分を60度で2分間熱する、などの新基準が定められた。
ところが、その後の全国調査では、生肉を扱う445の店や施設のうち基準を守っていたのは6%。生肉専用の設備がない施設が3割近かった。
新基準ではコストが膨らみ、消費者に受け入れられる価格では提供できないためだ。レバ刺しも、違反承知で提供される状況が広がると、かえって消費者の安全が損なわれかねない。
新鮮な食材を生で食べたい、という消費者は多い。業者がその思いにこたえようとする際、守るべき義務がある。
危険性をきちんと表示し、子どもやお年寄りなど体力に乏しい人は食べないよう周知する。食中毒を防ぐための衛生管理を業界あげて徹底する。この2点が出発点だろう。
ユッケの食中毒事件で、焼き肉チェーン店はコスト削減を急ぐあまり、生肉の表面を削る最低限の対策も怠っていた。こんな業者がいては、生食文化の維持を訴えても説得力がない。