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 さて、ひと口に性感染症の流行といっても、クラ ミジアからHIV感染/エイズまでの感染症それぞれ が、いろいろな程度にひろがっており、驚くような、 様々な身体をそこねる“影”の問題をおこしていま す。それを全部ここで説明する余裕がないので、ま ず、性感染症の中で、最も流行していて、しかも多 くの問題をかかえている“性器クラミジア感染症” について、少し考えてみましょう。
sub-title  クラミジア(正しくはクラミジア・トラコマーテ ィス)は、昔“眼のトラコーマ”として大流行して いたのですが、最近は日常生活の衛生状態が改善し たため、すっかり影をひそめてしまいました。しか し、その代わり、今や、“性器のトラコーマ”となっ てひそかに大流行しているのです。
クラミジア・トラコマーティス感染症
[女性の性器クラミジア感染症] は、きわめて症状 が軽く、感染症例の5人に1人しか症状が出ません。 たとえ症状が出ても、わずかに帯下(おりもの)が あったり、不正子宮出血や下腹部痛が出る程度で、 医師でも気を付けないと見落とすような、感染をそ れと自覚出来ないことが殆どなのです。また腟・子 宮のみでなく、尿道にも感染がひろがり、膀胱炎症 状を出すことも時々あります。検査して細菌が見つ からないから、膀胱ノイローゼだとして、鎮痛剤を 飲まされることもあるので、注意してください。

 とにかく、このように症状が少なく軽いため、よ く“性器の風邪ひき”などといって軽く見て感染をさ して問題視しない医師さえいる程です。しかし、本 当に治療しないで長く放置していてよいのでしょう か? 実はかなり深刻な問題をおこしてくるのです。

 放置されている間に、関係した男性パートナーヘ の感染源となるのは当然のことですが、感染は本人 の気づかないうちに子宮頸管内を通過して卵管に入 り、さらに骨盤内に大きくひろがって、“骨盤内感染 症”をおこします。そのために卵管がつまり、卵の 通りが悪くなり、かなりの人が、数年のうちに、治 り難い卵管の通過障害による不妊症となってしまい ます。

 また、たとえ妊娠しても“子宮外妊娠”となること もあります。また、感染がさらに腹腔を上行して肝臓 の周囲に炎症をおこして、“右の上部脇腹に強い痛み” を覚え、救急病院へ駆け込む女性も時々みられます。

 さらに、たとえ妊娠したとしても、流産・早産を おこすこともあり、ことに切迫流産のため、低体重 児が生まれることが多いことが注目されています。

 さらに幸い無事出産したとしても、母子感染をお こして、新生児が眼瞼結膜炎や中耳炎をおこしたり、 また“重篤な新生児肺炎”になり、空セキがつづき ミルクを飲まない元気のない赤ちゃんとなり、亡く なることもあります。そのような、母から子供への 母子感染という、次世代にも影響を及ぽす大きな問 題をかかえることにもなります。

 また、母親本人が、出産後に産褥熱で悩まされる ことが少なくありません。

 このように、クラミジア感染はあまり目立たない 形でありながら、かなり女性の“性の健康”を犯す、 大変重大な問題をかかえ込むような感染、と言って 過言ではありません。それを重大視しないで良いの でしょうか?

[男性の性器クラミジア感染症] は、尿道に軽い炎 症を起こし、排尿時に尿がわずかにしみたり、濃い 分泌物が少し出る程度のことが多いのです。しかも 感染症の半分は、そのような症状さえも殆ど自覚し ない程、軽い症状に止まっています。ただ、放置す ると菌が消えないため、いつまでもパートナーヘの 感染源として菌をばらまくばかりか、自分の中でも 尿道炎から、さらに体の中に入って“副睾丸炎”や “慢性前立腺炎”などをおこすようになります。

 なお最近は、口唇を使ってのオーラル・セックス がかなり一般化していることから、性器のみでなく、 口の中(口腔部)から、クラミジアがみつかること も少なくありません。性器クラミジアに感染してい る女子の、4人に1人は、口の中からクラミジアが検 出されたという報告もあります。そしで性器接触を しないのに、“オーラル・セックスからだけで尿道炎” になった男性が、最近かなり医師を訪れるようにな り、新しい感染パターンとして注目すべき社会現象 になっています。

 このオーラル・セックスによる感染は、淋病や梅 毒はもちろんのこと、へルペス、さらにはエイズも おこるとされています。
sub-title  前項で説明したように、この性器クラミジア感染 症は、女性で8割、男性で5割が、殆ど症状の出ない 感染なので、実態がつかみ難いのです。しかしそれ でも一部の感染例は、軽いながら症状を出すので、 症状を訴えて医師を訪れ、治療を受けた症例数につ いては、厚生省による性感染症疫学調査が行われて います。その、性器クラミジア感染症と診断された 症例数の年次推移は下の図に示す通りです。
STD年間罹患数の推移


 1992年迄は、ペニシリン時代の“性病恐るに足ら ず”という危機感喪失の社会的ムードの中で、コン ドーム使用などの感染予防が忘れられたため、この 感染症は女性中心に、かなり急増していました。

 ところが1992年に、エイズが性感染症とし て広がっていることがテレビ・新聞などで一 時的にセンセーショナルに報道されました。 その時期は、その報道に驚いて、多くの人が 性感染症を心配し、その予防に留意し、積極 的にコンドームを使用するようになりました。 そのため、その当時は幸いにして、さしもの 性器クラミジア感染症の急上昇傾向も、一時、 強く抑えられたと思われます(ちなみに、男 性の淋疾も同じように反応しました)。

 ところが、その後、急に“薬害エイズ問題” が社会の注目を集め、人々のエイズに対する 注意は、そちらに集中し、エイズは特別なこ とでおこる感染症であるという印象をもつよ うになり、無症状の性感染症として広がるエ イズヘの認識が極めて低くなり、それがコン ドーム使用率減少の一つの要因になったと思 われます。

 そして、その人々の心の隙をつくように、 1994年頃から上の図に示されるように、無防 備の性交渉の間隙をぬって、再びクラミジア 感染症が増え始め、今もどんどん増え続けて いるのです(淋病も同じ)。

無症候性STD時代

 しかも、ここに報告されている症例の裏には、無 症状で、診断されていない感染例が、この4倍もの 人が、無症候のまま感染していると考えられていま す。ことに、感染例が女子に、そして若い人々に特 に多いことに注目してください。

 少し詳しく年齢別の罹患率を、1999年の厚生省性 感染症調査班の集めたデータで検討してみますと、 下の図のようになっています。これでみると、症 例数男女比は1:2.3と、断然女性に感染例が多いこ とがわかります。男性は軽い尿道炎でも、軽いなり に尿が滲みたりしてくるので、診療を受けることが 多く、比較的治療されているのに比べて、女性の子 宮頸管炎は、はっきりした症状が出ず、診療を受け ないで放置され、長く感染を持ち続けている場合が 殆どなのです。一部の人が、体調を悪くし、 体の抵抗力が落ちた時などに、初めて自覚症 状が出て、医師を訪れ、そこで、やっと診断 されるという実態が多く、女性側に感染が積 もり積もって増え、このような状況にまでな ってしまっているといえます。
性器クラミジア感染症全国疫学調査

 女性の年齢別分布をみますと、一番感染率 が高いのは20−24歳で、次は“15−19歳の若 い女性群”なのです。僅かですが、25−29歳 よりも感染率が高いことが注目されます。一 般市民の中の若い10代の女性の間に、クラミ ジア感染がこれ程広がっていることが明らか になったのは、驚異的なことでした。そのた め、ようやく“若い10代の女性が危ない”と テレビや新聞などが取り上げるようになり、 社会的にも注目されるようになりました。

 20−24歳女子で、クラミジアと診断された 症例は、この疫学調査成績では、その年齢の 人口の1.13%にあたります。しかもその他に 無症候のものが、この4倍あると推定されてお り、それを足すと1.13%の5倍の、即ち6.4%、 16人に1人がクラミジアにかかっていること が推定されています。また、同様の計算をす ると、10−15歳代女性では、3.4%即ち、23人 に1人が感染しているということになり、かな りな大流行と言うことができます。このこと を、一般の女性は、殆ど知らないでいるのです。一 方、男性でも、今回の調査による報告数と同数の無 症候症例が陰にいる、と推定されています。

 それらを考慮に入れて計算すると、日本の若者か ら成人までの全人口内における性器クラミジア感染 例数は、男性約13.8万人、女性81.9万人、計約96万 人という、膨大なクラミジア感染例があることが推 定されます。しかもこの推計データは、特に多数の 人々と関係をもつ、性生活の活発な人々ばかりでな い、一般の人口全体を対象とした推計的統計であり、 いかに普通の人々が、知らないうちにクラミジアに 感染してしまっているかがわかってもらえると思い ます。これが、なぜ国民的大問題として注目されず に放置されているのでしょうか?クラミジア感染 が、いかに国民の“性の健康”をおびやかす、重大 な衛生上の問題であるかを考えてもらいたいと願っ ています。

 よく、クラミジア感染症は致命的な病気ではない ので、それほど大騒ぎをしなくても、という人がい ます。しかし、放置しておくと、かなりの人が知ら ない間に不妊症になりますし、たとえ妊娠しても、 母子感染で赤ちゃんに感染し、大きな問題をおこし ていることを忘れないで下さい。

 しかも、この性器クラミジア感染症にかかってい ると、次に述べる、やはり無症状のエイズに、3倍も 4倍もかかり易くなるという、エイズ問題とかなり密 接につながり、深刻な事態にたちいたる可能性があ るのです。“クラミジアの陰にエイズあり”なのです。

性器クラミジア感染症の流行度

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