立ち読み週刊朝日

【短期集中連載】北原みのりの100日裁判傍聴記(第2回)

"婚カツ詐欺師"木嶋佳苗被告

週刊朝日2012年2012年2月3日号配信

首都圏で起きた連続不審死事件で殺人や詐欺などの罪に問われている木嶋佳苗被告(37)の裁判。1月13~20日には遺族のほか、佳苗と交際していた男性、詐欺未遂事件の被害男性らが出廷した。佳苗にだまされた男、だまされなかった男--彼らの運命をわけたものは何だったのか。


「いつだったか、出会い系サイトをやってみようかな、って言うんですよ。何でも話してくれる子でした」

 1月13日、第3回公判。09年に埼玉県内の月極め駐車場で遺体で発見された大出嘉之さん(当時41)の母(77)が証言台に立った。証言台と傍聴席との間を遮るついたての向こうから、上品だが威勢のいい早口が聞こえてくる。

 大出さんは3人兄弟の次男。十数年前に父を亡くした後、兄と母の3人で東京都千代田区の持ちビルで暮らしていた。出会い系サイトのことや、趣味のプラモデルのことなど、大出さんは母に明るく話していたという。木嶋佳苗との出会いも、母は知っていた。

「デートの日、ズボンくらい新しくなさいと、買いに行かせたんです」

 09年7月23日、母に促され買った白いズボンで佳苗の自宅に向かった大出さんは、その晩を佳苗と過ごした。翌朝、帰宅した大出さんに母が声をかけると、こう言ったという。

「彼女は太っててね。美人は3日で飽きるけどブスは慣れるし、まあいっか」

 そうは言いつつ、大出さんは、この時点で佳苗に完全陥落していたはずだ。母にはこうも話していた。

「すごい料理がいっぱい出てくるんだ。最後はデザートまで出てくるんだよ」

「部屋にはお父さんのお位牌(いはい)があって一生懸命供養してるんだよ」

 大出さんは「結婚指輪か婚約指輪どっちかな。結婚式場どうしよう」と、亡くなるまでの約2週間を、夢を見るかのように楽しんでいたという。その夢は恐らく、死の直前まで続いたのではないか。母に続き証言台に立った大出さんの兄はこう話した。

「弟の亡骸は非常に穏やかで口元が少し笑っていました。自殺する人がそんな顔で、死ぬでしょうか」

 不思議な法廷だった。3人の殺人を争う裁判なのに、悲劇性や緊張感が感じられない。被告人席に座る佳苗は胸の開いた服を着て、涼しい顔をしている。

 笑みを浮かべたまま殺された、と主張する遺族の弁に私は素直に戸惑う。大出さんが植毛手術をうけていたこと、学生時代に東京・池袋のファッションヘルスに通っていたことなどが明かされ、「嘉之さんは何でも話していたと言いますが、性風俗の話はしていましたか?」と母に聞く弁護側の尋問に、そんな話、するわけないだろうっ! といたたまれなさを深めると同時に、ますます目が離せなくなるのだ。

 確かに大出さんは女を知らなすぎた。法廷で"明かされる"大出さん像を聞く限り、女性観は貧困だった。

 大出さんはこれまでも、結婚相談所で女性と会っていたが、誰ともうまくいかなかった。「今の女の子は自分のことをお姫様だと思ってるから、僕は意見してやった」と母に話したり、男友だちに「女は40過ぎても相手の欠点探しをするので、手に負えない」と言ったりするなど、女の「意見」や「主張」には厳しかった。

 また大出さんは鞄を持たず、外出に紙袋を使う倹約家だった。そもそも出会い系サイトを始めたのも、登録していた結婚相談所の更新料を惜しんだためだ。友人と会う時もファミレスと決めていた。

 なかでも大出さんが佳苗の親族へと購入したお土産のエピソードは、哀しかった。秋葉原で買った630円のお菓子2個。それもただのお菓子じゃない。巨乳のロリコン少女が印刷された「アキバdeエクレアケーキ」と、メイドの絵が描かれた「メイドイン東京メイドクッキー」。それを見た時の佳苗は、どんな思いだっただろう。その晩、大出さんは埼玉県内で亡くなり、お菓子は遺体発見時、車内にはなかった。

 裁判中、佳苗は始終無表情だった。ブス、デブという言葉が飛び交っても眉一つ動かさず、ゆったりと構えていた。その佳苗が一度だけ感情を見せた。大出さんの兄の証言の時だ。

「(私たちは)生まれも育ちも千代田区神田です。練炭で何かをする、という発想はないです。それは、北の国の人の発想ではないか」

 この瞬間、佳苗は思いきり首を傾げ、口角を下げ、「はあ?」とバカにした笑みを一瞬浮かべ、突如凄い勢いでメモをとりはじめた。佳苗は北海道別海町出身。ブスと言われても動じない、殺人の疑いをかけられても他人事風の佳苗の弱点は、田舎者扱い、なのだろうか。

◆本命の彼氏とは偽名を使い交際◆

 1月16日、第4回公判。佳苗の「本命」と目される男性(S氏)が登場した。証人尋問の際、傍聴席と法廷は完全についたてで遮断され、佳苗の表情は見えない。この日の佳苗は、ドレープが豊かなグレーのニットに、胸元にレースのある白のカットソーで、胸元強調は変わらないが、これまでで一番シックだった。

 以前S氏に取材した記者によると、S氏は細身で玉置浩二似。イケメンと言えなくもなく、もてないタイプではない。

 S氏と佳苗は約10年前に出会った。S氏に佳苗は一度も金銭を要求していない。佳苗が逮捕される5年ほど前から2人は交際をはじめ、週に1、2度佳苗の家を訪れる関係だった。「いずれは結婚を」と、S氏は折に触れて佳苗に伝えてきた。佳苗自身、2人の妹や弟にS氏を紹介し、姪や甥もなついていたという。佳苗とS氏の父親が2人きりで会うこともあった。

 とはいえ......だ。佳苗はこのS氏に、自分の本名を伝えていない。初対面から「吉川桜」と名乗り、自分のことを"桜は~"と呼んでいた。また父親は弁護士で、母親は実業家だと嘘をついている。

 ついたての向こうのS氏の証言は、全体的に歯切れが悪く、不可解な印象を受けた。そもそもS氏は佳苗に会ったきっかけを覚えていない。とはいえ、2回目のデートでラブホテルに行ったことは覚えている。結婚したい相手との出会いを忘れるなんて考えがたいが、始終S氏はこんな調子だった。佳苗への思いは本気だが、佳苗自身には興味がない、というか。

 メールや証言から判断すると、精神的に依存していたのは佳苗ではなくS氏のようにみえる。仕事の愚痴をもらすと「お仕事って大変よねぇ」とすぐに励ましてくれる健気さ、長年付き合っているのに「ホテルに行くことばかり考えている」と倦怠(けんたい)を感じさせない新鮮さ、冗談っぽくはあるがS氏を「様」付けで呼ぶ従順さは、S氏の好みだったのではないか。普段のデートは、主に佳苗の自宅で、佳苗の手料理を食べて過ごしていた。外食やホテルに泊まる時でも、年下の佳苗とお金を折半にしていた。

 S氏は佳苗に対して、かなり強気だった。付き合う当初は「俺の時間は高いんだ」「俺の女になるか」などと言ったり、佳苗のコンピューターから自分の上半身裸の写真を複数の女性に送ったりしていたこと等を弁護側がS氏に確認する場面もあった。怒りっぽい面もあり、佳苗がS氏に「モラルハラスメント(精神的暴力)」に関する本を渡したこともあるという。佳苗にモラハラの本を贈られるなんて、相当なものだろう。

 佳苗の妹の供述によると、佳苗にはS氏との結婚の意思はまるでなかった。

「S氏は母親が自殺しているせいか、S氏は時折パニックになってしまう。生涯のパートナーとしては相応しくない」と佳苗が話したことを、妹は記憶している。

 09年8月、大出さんが亡くなった後、2人は福島県の裏磐梯に旅行し、帰りの車中で喧嘩になった。いつまでも結婚を先延ばしする佳苗にS氏が「結婚しないなら慰謝料もらうよ」と言ったという。その数日後、S氏のもとに佳苗の女友だちという「キウチワカコ」からメールが送られてきた。

「突然ですが、桜に最後にあったのはいつですか? マンションから桜の荷物がすべて運び出されていて、書き置きがあったそうです。Sさんが、別れるなら慰謝料払ってと言い出して...(略)」

 この"キウチワカコ"は実在しない。すべて佳苗の自作自演メールである。S氏はそれに全く気がつかず、佳苗と喧嘩したことを「キウチワカコ」に伝え、「桜以外とは考えられない」旨を会ったこともない「女友だち」に訴えた。

 その頃、佳苗は大出さんから引き出した470万円(佳苗は否認)で、池袋の高級マンションに転居していた。8月14日にはS氏に「明日東京に戻ります」と連絡し、S氏が佳苗の新居に泊まった後には、「全くお騒がせなカップルですね!」とキウチワカコ名でS氏にメールしている。

 佳苗にとって、S氏とは何だったのだろう。お金でもない、包容力でもない、結婚したいわけでもない。佳苗はS氏に様々な精力剤をブレンドして飲ませていたが、セックスも強くはなかったようだ。高級マンションで、ブランド品に囲まれる吉川桜。そんな吉川桜に相応しいイケメンとして、アクセサリーのように佳苗の虚栄心を満たすための存在だったのだろうか。

◆"援助"を断ると一転して冷たく◆

 同じ日の午後、神奈川県に住む詐欺未遂事件の被害者男性が証言台に立った。大出さんと時を同じくして同じ婚活サイトで出会った50代の男性K氏だ。彼は佳苗に金がないと言ったとたん冷たくされた、と証言した。

 K氏には離婚歴がある。しゃべり方や声の調子からは、人付き合いがあまり得意ではない印象を受けた。K氏は佳苗のメールや電話の優しい様子に、50万~60万円の学費なら出そうと思っていたが、佳苗の要求は約130万円だった。ビルを持つ大出さんには470万円を要求していた。やりとりする中でK氏の経済状態を見極めたのだろう。

 K氏は金額に驚き、佳苗とのやりとりを上司に相談した。すると「結婚詐欺じゃないか、やめたほうがいい」と言われたので、そのままを佳苗に伝えたという。佳苗からは「私のデータを消去して下さい」というそっけないメールが届いた。

 K氏は、佳苗の豹変(ひょうへん)に納得できなかった。そこで佳苗が「学費の納期」と言っていた日を過ぎた頃、「佳苗さんのことが気になりメールしました」「(結婚詐欺呼ばわりしたことに対し)浅はかでした。申し訳ありません」とメールを送っている。期日が過ぎたので、「愛があれば望みがあるのでは」と思ったという。もちろん、佳苗から連絡はなかった。ちなみに2人は一度も会っていない。それでもK氏は佳苗に執着し、「お金を素直に払わなかったことを」後悔したのだ。

 19日の公判。休廷中、佳苗は弁護士と談笑していた。

「ほんとー? うそー!」。佳苗の話に50代の優しそうな弁護士がニコニコ返す。それはまるで「あそこのフレンチってぇ、すっごくおいしいんですよぉ、今度行きませんかぁ?」とか、そういう類の世間話をしているかのように和やかである。そしてやはりこの日も午後になると、佳苗の唇がテカテカ光っていた。最初は化粧直しのグロスだと思っていたが、もしかしたらお昼に食べた唐揚げとか天ぷらなんじゃないか、と思えてきた。グロスなのか唐揚げなのか。それが佳苗的なわからなさ。悲劇なのにどこかすべてが喜劇的だ。

 笑みを浮かべ亡くなった男。お金を払わず後悔した男。本名すら知らない本命の男。3人の男は誰一人、「佳苗」に近づけなかった。私もまだ佳苗に、まるで出会えていない。 (敬称略)