朝、フローレンスの街、スラム。 「そこのあなた。ちょっといいですか?」 そう呼び止める声に、仕事を終えてようやく帰ってきたスザンナの足が止まった。 振り向くと、聖職者の衣装に身を包んだ金髪の女性が、黒髪の少女の手を引いて立っていた。 「なんだい?あたいになんか用なのかい?」 「少しお話ししたいのですが」 なんだ、まただね。 スザンナは思わず顔をしかめる。 上着を羽織っているとはいえ、まだ寒い季節だというのに足の露出した格好のスザンナを見れば、娼婦だというのは一目瞭然だ。 これまでも、お節介な教会の人間がわざわざスラムまで出向いてきて説教を垂れるのに何度も遭遇してきた。 スザンナは、教会の人間が好きではなかった。それは、彼女だって好きこのんで娼婦なんかしているわけではない。しかし、他に生きていく術がないのだから、いくら説教をされても止めるわけにはいかない。 それに、教会の人間は偉そうなことを言うだけでスラムの人間のことなんかちっともわかっちゃいない。 ここには、スザンナのような娼婦は沢山いるし、スリを生業にしている人間もいる。そうしないと生きていけないのだ。 聖職者たちはいつも無責任に説教するだけだ。それくらいなら、スラムの住人がそんなことをしなくても生きていけるようにしてくれたら、娼婦もスリも減るだろうに、とスザンナは思う。 だから、今目の前に立っている金髪の女も、そうやって自分に説教をしに来たのだと思った。 ただ、こうやって子供を連れてきているのは初めて見たが。 「ふん、あたいには別に話すことなんかないね」 「ほんの少し時間をいただくだけでいいんですが」 「あたいは今帰ったばかりで眠いんだからまたにしておくれよ。だいたい、なんなんだい、あんた。あたいが言うのもなんだけど、こんな所に子供を連れて来るんじゃないよ。さあ、とっとと帰った帰った」 スザンナが手を振って金髪の女を追い払おうとした時。 「ふん、話を聞くくらいいいじゃないか。ケチなこと言うなよ」 その乱暴な物言いが、聖職者に手を引かれた黒髪の少女から発せられたような気がして、スザンナは思わず自分の耳を疑う。 そして、まじまじと少女を見つめる。 「えっ!?」 一瞬、少女の瞳が金色に光ったように思えて、スザンナは目をこする。 改めて見てみると、やはり少女の目は黒いままだった。 今のは自分の気のせいだったのかと思うスザンナ。しかし、何故か少女の瞳から目を逸らすことができない。 「さあ、こっちに来て跪くんだ」 少女が再び口を開いた。やっぱり、あのぶっきらぼうな口調はこの少女のものだったのだ。 すると、スザンナの体がゆっくりと動き出した。 「え?なんで?」 まるで、体が自分のものではないかのように、勝手に少女に向かって歩いていく。 そして、少女の前まで来ると膝をついた。 「どういうことだい!?いったい、あたいに何をしたのさっ!?」 自分の身に何が起きているのかわからず、怯えたようにスザンナが叫ぶ。 「さあ、もっとこっちに顔を寄せるんだ」 スザンナの叫びに答えることなく、少女は再び命令する。 その声に抗うことができず、為す術もなく少女に顔を近づけていくスザンナ。 すると、少女が自分の額に指を伸ばして来て、不気味な笑みを浮かべた。 「ひっ!」 少女の指が当たった瞬間、額から、何か熱い物が注がれたような感覚がして、スザンナは短く叫ぶ。 だが、それも一瞬のこと。 それから、スザンナには何もわからなくなったのだった。 その日の夜、教会。 ひとりの男が跪いて神に祈りを捧げていた。 ここは、彼の私室。彼が祈るのは教会の幹部としての務め。いや、それ以前にひとりの聖職者として当然の行為であった。 ん?これは? 不意に、周囲が明るくなったような気がして、彼は面を上げた。 気が付くと、部屋の中が眩いばかりの光に満たされ、神々しい雰囲気で溢れていた。 そして、彼の目の前に、白い衣装を身に纏い、やはり純白の翼を広げた天使が、慈愛に満ちた笑みを湛えて立っていた。 「おお……」 目の前の光景が信じられないという表情の男。その、膝をついた姿勢の男を見下ろして、天使が莞爾と微笑んだ。 彼は呆けたようにしばし天使の姿に見とれていた。 しかし、すぐに胸の前で腕を組み、天使に向かって一心に祈りを捧げ始める。 自分の前に天使様が姿を現して微笑みかけて下さった。こんな、奇跡みたいなことがあっていいのか。 まるで、夢でも見ているようだ。 天からの御使いの姿を拝することができるのは、聖職者として無上の喜びである。 彼は、その幸福をかみしめながら祈りを捧げ続けた。 その時、彼の体が柔らかいものに包まれた。 それが、天使の胸に抱かれたのだということはすぐにわかった。 天使様が、自分を抱擁して下さっている。 彼は、感動に打ち震えていた。天使に捧げる祈りに、いっそう熱がこもる。 ああ、ありがたいことだ。 自分を抱く肌の、なんと柔らかく暖かいことか。それに、その、鼻腔をくすぐる花のようなよい香り。 まるで、この世の物とは思えない。 そのすべてが、自分が天使に愛でられていることの証のように思えた。 恍惚として彼は祈り続けていた。 天使が自分の体を抱き、祝福してくれている。そう信じて疑わなかった。 そうして、どのくらいの時間天使に抱かれていたのであろうか。 「きゃあああああっ!」 突然あがった鋭い悲鳴に、彼は我に返った。 部屋に溢れていた光はいつの間にか失せ、ひとりの女性聖職者が、入り口に立って驚愕の表情を浮かべていた。 だが、この感触は? 彼を抱擁する柔らかい感触はまだ続いていた。 「なっ!?」 自分に抱きついている相手の姿を見て、彼は言葉を失う。 彼を抱きしめていたのは、天使ではなく、半裸の娼婦だった。 「なんたることですか!たった2週間の間に6件ですよ!全く嘆かわしい!」 王宮の広間に、シンシアの怒声が響き渡る。 聖職者が、教会の中に娼婦を連れ込むという不祥事が立て続けに起きたことを受けて、臨時で開かれた御前会議でのことであった。 当事者たる聖職者は皆、一様に身に覚えがないと言い張ったが、教会の私室で娼婦と抱き合っていた現場を押さえられており、また、夜の街でも、娼婦とふたりで歩いているところを数人に目撃されていたこともあって、申し開きのしようがないという意見が大勢を占めていた。 しかも、その6件のうちの半数が、教会の最高幹部によるものであったということは、いっそう重大であった。 事件を起こした聖職者は直ちに謹慎を命じられ、今、この御前会議に出席しているのは、大主教と、6人いる最高幹部のうち、謹慎を命じられていない3人、そのうちひとりは女性であるシンシアだが、そして、関連する部門の大臣たちであった。 「きっと、今まで発覚していなかっただけで、これまでも密かに行われていたに違いありませんわ!」 事件を断罪するシンシアの剣幕は凄まじかった。 「このような恥ずべきことは、決して許されるものではありません!」 それは、彼女の本心からの言葉であった。 自分が夜毎に、シトレアという少女と淫らな行為に耽っていながら。 いや、彼女はそうは思っていない。 シンシアは、自分がシトレアに対して行っていることは、何ら恥ずべきことではないと信じていた。 だいいち、シトレアは女の子なのだから、女性である自分が世話をするのは当然である。 なにより、自分がしているのは、シトレアにかけられた邪教の呪いを解くための行為なのだ。 教会の中に娼婦を連れ込んで、淫らな行いに及ぶなどという不潔で破廉恥な行為とは次元を異にするものだ。 心の底からそう信じているのだから、今回の不祥事を追求するシンシアには何らやましいところはなかったのだった。 もっとも、それも、シトリーの計算の内であった。 シンシアに施されているのは、少女の股間にある忌まわしい物から精液を搾り取る行為を、邪教の毒の浄化であると認識させることだけ。 その思考や精神には、それ以外の操作は加えられていない。 だから、このような場におけるシンシアの言動は、本来の彼女の態度そのものであった。 彼女を良く知る者にとっては、こういう事件が発生したら、潔癖な彼女が激昂するのは当然のことだと思われた。 だから、彼女に疑念を持つ者はこの場にはいなかった。もちろん、彼女が悪魔の手に絡め取られつつあることに気付くはずもなかった。 実際、この御前会議の中心にいる人物、ヘルウェティアの女王たるクラウディアもそのことに気付いてはいなかった。 これは、シンシアが怒っても仕方がないわね。 濃紺の瞳を曇らせて、クラウディアは怒りが収まらない様子のシンシアを眺めていた。 彼女は、かつてシンシアのもとで歴史や国際情勢、修辞学など、国王として必要な一通りの学問と教養を学んでいたから、その性格を良く知っていた。 普段は明るく優しいシンシアだが、怒ると気性の激しい一面があった。特に、不正や不道徳な行いを忌み嫌っており、そのような行いを見た時の逆上ぶりときたら、クラウディアでもたじろぐほどだった。 その、クラウディアの知る最も激した時のシンシアが、今、目の前にいる。 しかし、それよりも……。 クラウディアは何か思案するようにその、淡いアクアブルーの髪を掻き上げる。 今回の不祥事の内容を考えたら、シンシアが激怒するのは何ら不思議はない。だが、今まで何の問題もなかったのに、いきなり立て続けにこのような事件が起きたのは気にかかる。 シンシアの言うように、単に見つからなかっただけでこれまでも行われていたのか、それとも、聖職者たちを堕落させる何かがあったのか。 事件を起こした聖職者は、娼婦を教会に連れ込んだ覚えはないと言っている。だが、現に教会の中で娼婦と抱き合っていたのだし、街中で娼婦と並んで歩いている姿も目撃されている。それなのに、全く身に覚えがないとは。もちろん、単なる言い逃れということも考えられるが。 だが、もうひとつクラウディアには気になることがあった。このところ、街の中で妙な魔力を感じることがたまにある。 もちろん、魔法王国と呼ばれるヘルウェティアの都であるから、強い魔力を感知することはしばしばあることだ。だが、このところ感じる魔力は、普通のものとは少し違うように思えた。 それに、それが通常のものではない、そのことはわかるのに、その属性をはっきりと知ることはできない。まるで、その魔力が何かに包まれているようだ。そんなことも今までになかったことである。 今回の事件と、あの妙な魔力は関係があるのかしら? そう断じるには、手許にある判断材料が少なすぎた。 もとより、クラウディアが感じている魔力が何かに包まれているような感じがして、その正体を掴むことができないのも、ピュラがシトリーたちに施した呪印のせいなのだが、そんなことはクラウディアは知る由もない。 でも、先生からは何の報告もないし……。 妙な魔力のことは気にはなるが、もしそれが王国に対して悪意のあるものなら、魔導院が黙っているはずはない。だいいち、自分に感知できる程の魔力に、この国随一の魔導師であり、クラウディアの魔術の師であるピュラが気付いていないわけがない。 そのピュラが何も言ってこないのだから、それは危険なものではないのだろうか。 ならば、教会で起きたこの事件とも関係がないのか。 若年ながら、聡明をもって知られるクラウディアをして、いくら考えても結論は出ない。 その、深い紺色の瞳が、物思いでいっそう暗く沈む。 「クラウディア様」 物静かな声がクラウディアを呼んだ。 もちろん、シンシアの声ではない。 落ち着きのある、そして少し枯れた男の声。 「どうしました、大主教?」 その声の主は、教会の大主教だった。 クラウディアが思案に耽っている間に、さっきまで不祥事を激しく糾弾していたシンシアも席に着いていた。ただ、いまだ、怒りが収まらない表情ではあったが。 「このようなことが起きたのは誠に遺憾ですし、シンシアの言うとおり、決して許されるものではありません」 淡々とした調子で、それでいて口を挟むのを憚られる強い意志を滲ませて大主教は話し始めた。 「ましてや、この教会の聖職者の範となるべき幹部がこのような恥ずべき行為に及ぶとは、実に由々しきことです。そこで、そうですな、まずは、イストリアの総主教猊下にこのことを報告してその裁断を仰がねばなりますまい」 大主教の言葉に、クラウディアは黙って頷く。 イストリアとは、ヘルウェティアより国ひとつ隔てて東方にある王国である。イストリアには、教会の総本山たる本庁があった。故に、魔法王国と呼ばれるヘルウェティアに対して、イストリアは神聖王国と呼ばれていた。 そこには、教会の頂点に座する総主教がおり、表向きは各国の大主教の人事などを司っていた。もっとも、大主教をはじめとする高位聖職者は、国の政治に大きく関わることが多いので、内政干渉の謗りを避けるために、大主教はそれぞれの国から推薦を受け、総主教がそれを追認するという体裁をとってはいたが。 しかし、このような不祥事が起きては、本庁に裁断を仰がねばならない。 それは、クラウディアにもよく理解できた。 こと、事件を起こした聖職者に教会の最高幹部の半数が含まれているとあっては、ヘルウェティアの教会と王宮だけで処理するわけにもいかない。 もちろん、表沙汰にはしないようにすることもできたが、その方がかえって問題であるように思える。 黙って話を聞いているクラウディアの方を見上げながら、大主教はさらに言葉を続ける。 「ともあれ、全ての責任は、この教会の長であるわたくしの監督不行届にあります。ですから、その責任をとってわたくしは身を引くことといたします」 「そんな、あなたがいなくてはこの教会はどうなるのですか。なにも、お辞めにならなくても」 さすがに、その申し出にクラウディアは異を唱えた。 「私がいながらにしてこのような不祥事が起きたのです。どのみち、わたしくしが責任をとらなくてはなりますまい。この際ですから、より正しく導くことができる人間に教会の綱紀を正してもらう良い機会かと」 だが、大主教は毅然としてクラウディアの慰留を拒む。 「しかし、それでは後任の大主教は誰にすればよいというのですか?」 諦めきれないようにクラウディアが問いかける。 大主教はひとつ頷くと、シンシアの方に目を向けた。 「そのことも、本庁の判断を仰ぐことにいたしましょう。それまでは、さよう、シンシアに代理を務めてもらえれば問題はありますまい」 「え?私が、ですか?」 突然、大主教代理に就くよう告げられて、シンシアが戸惑いの表情を浮かべる。 「うむ、そなたの人格、能力、識見どれをとっても、充分にその任に耐えうると思うがな」 「しかし、私などにそのような要職が務まるとは……」 「いやいや、あくまでも本庁から正式な人事が来るまでの代理じゃ。もっと気を楽にするがよい。なにより、このような不祥事の後でもあるし、女のそなたの方が適任であると思うがの。クラウディア様にはどう思われますかな?」 「ええ、私もシンシアなら立派に責務を果たしてくれるとは思いますが……」 クラウディアも、シンシアの精神の高潔さ、あらゆる学問に精通するその学識と見識の高さ、何事にも精力的に取り組む性格とバイタリティはよくわかっていた。確かに、シンシアなら責任を持って与えられた任を果たすであろうと思う。 しかし、いまだ二十歳前の彼女がそんなことを考えるのも何ではあるが、大主教の代理を務めるにはシンシアはあまりにも若い。そのことがクラウディアの決断を躊躇わせた。 「しかし、やはり、教会にはまだまだ大主教のお力が必要だと思えるのですが」 「そう仰られるな。この老骨に役に立てることなど、そうは残っておりますまい。このような時にできることといえば、せいぜい、潔く責任をとることくらい。むしろ、シンシアのような若くて才ある者に然るべき職責を与えることがこれからのためになりましょうぞ」 柔らかい表情で、しかし、凛とした口調で大主教はクラウディアを諭すように語りかける。 「それでも、やはり私には荷が重いように思います」 シンシアも、いまだ戸惑いを隠せない様子であった。 「大丈夫じゃ。それに、先程も言うたであろう。このような事件が続いた後では、後任に男が就いても信用されはしまい。この教会の幹部の中で唯一の女であるそなたが適任なのじゃ」 「しかし……」 「もし、判断に困ることがあれば、わしは、謹慎の意味も込めて街から少し離れた庵におることにするから、いつでも相談に来るがよい。助力は惜しまぬゆえ。いかがですかな、クラウディア様。そういうことで、わたくしの申し出を容れてもらえませぬか」 「……わかりました。あなたがそこまで仰るのなら、もう止めはしません。すべてあなたの判断にお任せします」 諦めたように軽く頭を振ると、クラウディアは大主教の申し出を受け入れる。 そして、それまでで、この日の御前会議は終了となった。 「そういうわけで、私はこれから忙しくなりそうなの。だから、これまでのように毎日シトレアちゃんのところに来ることはできないかもしれないわ」 御前会議の後、教会に戻ったシンシアがアンナの部屋を訪ねて来た。 「早くこの子の呪いを解いてあげないといけないのに」 そう言って少女の頭を撫でるシンシアの表情が曇る。 「仕方がありませんわ、シンシア様。教会がこのように大変な時なんですもの。きっとこの子もわかってくれます。ね、シトレアちゃん?」 アンナの言葉に、少女はシンシアに向かってこくりと頷く。 それを見て、ようやくシンシアの顔にも笑みがこぼれる。 「ありがとう。私も、時間が空いたらなるべくここに来て毒の浄化をしてあげるから。私が来られないときは、アンナ、あなたにお願いするわね」 「はい、任せて下さい。それと、私にも何かお手伝いできることはありませんか?私にできることがあれば、シンシア様のお役に立ちたいですし」 「ううん、大丈夫よ。その気持ちだけもらっておくわ。あなたはこの子をお願いね」 シンシアは、首を軽く振ってアンナに微笑みを返す。 その間も少女の頭を撫でるのを止めず、心底シトレアのことが気遣わしい、という様子のシンシア。 「それじゃあ、私はこれから仕事の引継で大主教様のところに行かなければいけないから、これで失礼するわね」 「はい」 名残惜しそうに、ようやくシンシアは立ち上がる そうして、シンシアは何度も何度も少女の方を振り向きながらアンナの部屋を出ていく。 「よし、もう出てきていいぞ、リディア」 シンシアが部屋を出て少ししてから、少女が口を開く。 すると、部屋の隅に姿を現したのは、灰色の髪に青い瞳の、魔導師のローブを着た少女、リディアだった。 「あの人もおじさまの下僕なんですか?」 首を傾げながら少女姿のシトリーに訊ねるリディア。どうしても、おじさま、と呼ぶ癖が抜けない。 特に、周囲にアンナやピュラといった、シトリーの下僕しかいない時はなおさらだ。 「いや、まだ下僕じゃないがな。まあ、下僕候補ってところだ。あ、それとリディア、この姿の時はシトレアと呼べって何度言ったらわかるんだ」 「あっ、ごめんなさい」 リディアが、しまったという風に自分の口に手を当てた。 そして、少し悄げた表情で少女に謝る。 「まあ、それはいいとして、ちょっとこっちに来るんだ」 「あ、はい」 叱られて、しゅんとしているリディアを少女が呼び寄せた。 「いったいなんですか……あ」 近寄ってきたリディアの頭を少女が、ポンポンと、半分撫でるように軽く叩く。 「今回はおまえの仕事のおかげで助かった。これで教会はこっちのものになったも同然だ。よくやったな、リディア」 「あ、ありがとう、ございます」 そう答えて、リディアは嬉しそうに頬を赤らめる。 このところ、シトリーに対しては努めて敬語で話すようにしているが、まだまだぎこちない。 そう。この2週間、教会で立て続けに起きた不祥事は、シトリーたちの仕組んだことである。 それは、教会のことに通じたアンナと、幻術の得意なリディアがいてこそ成立する作戦だった。 朝、シトレアの手を引いたアンナが散歩を装って外出し、人目につかない場所で娼婦に話しかけ、暗示をかける。 ピュラやリディアのような魔導師ならともかく、街の娼婦くらいなら、少女姿のままのシトリーでも充分に堕とすことはできる。 夜になると、アンナが手引きして、ターゲットに定めた聖職者の部屋にリディアと、トランス状態にした娼婦を連れていく。幻術に長けたリディアなら、自分と娼婦の姿を消して移動するのは簡単なことだ。 そして、気付かれないように部屋の中に入ると、リディアの幻術で娼婦の姿を天使に見せかけた上で娼婦のトランス状態を解く。娼婦には、聖職者に誘われたという暗示を仕込んであるし、事前に金も支払われていると思い込ませているから、当然のように聖職者に抱きつき、『仕事』を始める。その後、アンナによってそれとなくそうするように仕向けられた女性聖職者が部屋のドアを開けるのと同時にリディアが幻術を解き、半裸の娼婦と抱き合っている聖職者の姿を発見させるという寸法だ。 しかも、証拠造りのため、事前に、標的に選んだ聖職者の姿に化けたエミリアと娼婦がふたりで一緒にいる様を、わざと人目につくようにして歩かせている。娼婦には、聖職者に誘われて教会に連れ込まれたと思い込むように暗示を仕込んであるのだから、取り調べを受けてもそのように答えるだけだ。 そこまで証拠を揃えさせると、当の聖職者が身に覚えがないと言っても、周りがそれを信じるはずがなかった。むしろ、言い逃れのためにそうしていると思われるのがオチだ。標的に選んだ聖職者の中に、日頃から素行に問題のあった人物を混ぜておいたのも、策を練ったシトリーの悪辣なところだった。その人選は、教会のことに詳しいアンナが担当した。 もちろん、そんな人物を選んだのは、その様な不祥事が起きても不思議はないと思わせるためで、それ自体に大きな意味はない。今回の計画の目的は、その中に数名の幹部を混ぜて、幹部たちを教会から追い出すこと。それによって、教会内でのシンシアの地位は相対的に上昇する。 すべては、シトリーの思惑通りに運んだ。いや、それ以上だったと言っていい。 さすがに、シトリーもこれだけで大主教が自ら身を引くとまでは思っていなかった。もちろん、さらに教会内で問題を発生させ、責任をとらざるを得ない状況に追い込むつもりではあったのだが。 だから、その潔さが、いささか気になるところではあったが、とりあえずは、シンシアを教会のトップに据えるという目的は果たしたことになる。それに、大主教が街の外にある庵に引っ込んだのも好都合だ。無論、純粋に責任感から辞任したのかもしれないが、たとえ、大主教が何か考えがあって身を引いたのだとしても、今の状況なら、人目につかずに始末することなど簡単にできる。 その、今回の計画で最も重要な役割を果たしたのはもちろんリディアだ。 それも、自らを悪魔だと信じ切っている彼女は、嬉々として自分の役割を果たしていった。 だから、シトリーとしては、素直にその功を労ってやったつもりだった。 リディアも、少女姿のシトリーに褒められて、無邪気な笑顔を見せている。 「しかし、これでよろしいのですか?」 その時、そう言って口を挟んできたのはアンナだ。 「ん?どういうことだ?」 「シンシア様は、あくまでも大主教の代理ですよね。イストリアから、シンシア様を大主教にするという正式な沙汰が下るとは限りませんが」 「心配するな。こちらからの使者がイストリアに到着して、向こうで裁定を下して戻ってくるまでには、早くても2ヶ月はかかるだろう。それまでに全部終わらせる」 「なるほど、それならそれでいいのですが。でも、シンシア様が忙しくなってここに来られなくなると困るのではないですか?」 首を傾げるアンナに向かって、少女がくすっと口許を歪めて笑う。 「ふふん、それならきっと大丈夫だ。責任感の強いあいつのことだ。無理をして時間を作ってでもここに来るだろう」 「ああ、それもそうですよね。じゃあ、シンシア様が来ない時は私がその代わりをしましょうか?」 「馬鹿。アレはあいつにやらせるから意味があるんじゃないか。あいつがいない時には何もしなくていいんだよ」 「あの、アレってなんですか?」 ふたりの会話を黙って聞いていたリディアが、不思議そうに尋ねてくる。 「ああ、それはね、リディアちゃん。シンシア様を私たちの仲間にするためにやってもらっていたことなの」 「え?いったい、何をしてもらっていたんですか?」 「そうね。それじゃ、これから私がやってみせるわね」 そう言うと、アンナは少女のスカートを脱がし、股間のものを剥き出しにさせる。 「あ……」 実は、それが剥き出しになったシトレアの姿を間近で見るのは初めてなので、リディアはまじまじと肉棒を見つめる。 「おい、アンナ?」 その意図が読めずに怪訝そうな表情の少女に向かって悪戯っぽく笑うと、アンナはゆっくりと肉棒に口を近づけていく。 「ぺろ。ん、んふ、あむ」 舌を伸ばして、一度肉棒をペロリと舐めると、口の中にそれを含む。 「え?ええっ?どうして、おちんちんを舐めてるんですか、アンナさん?」 少女の肉棒を美味しそうに舐めているアンナの姿に、びっくりした様子のリディア。 「あふ、ちゅ、んむ、んふう」 そんなリディアをよそに、アンナは心地よさそうに目を細めて肉棒をしゃぶっている。 「んふ、んむ、んん……。ああ、リディアちゃんは女の人がこういうことをするところを初めて見たのね」 ようやく肉棒から口を離すと、アンナがリディアに微笑みかける。 「覚えておくといいわ、おちんちんをこうして舐めてもらうのって、すごく気持ちいいらしいのよ」 「へええ、そうなんですか?」 「リディアちゃんも、アソコを舐めてもらうと気持ちよく感じるでしょう?」 「あっ、はい……」 それだけ答えると、リディアは顔を真っ赤にして俯く。 「そうでしょ。きっとそれと同じなのよ。それにね、おちんちんを舐めるのって、舐めている方もすごく気持ちいいんだから」 「ええっ!?ほんとうなんですか?」 アンナの言葉にリディアは目を丸くする。 「本当よ。あっ、そうだ!リディアちゃんも今からちょっとやってみない?」 「えっ!?」 「こういうのは何事も勉強よ。今のうちに経験しておかないと、いい下僕になれないんだから」 「そ、そうなんですか?」 「そうよ!さあ、ここに座って。そうそう。じゃあ、いい?おちんちんを口の中に入れて、唇で挟むようにして、舌で舐めてみて」 「は、はい。んむ。ほ、ほうへふか?」 「そうそう。うん、もっと大きく舌を動かして、全体を舐めるの」 「んむ、んん、あふ」 いったい、何のつもりでアンナがそうしているのかわからず、ふたりの様子を呆れたように見ているシトレアをよそに、アンナの指導通りにリディアは肉棒をしゃぶり始める。 「ほら、舌を広げたり尖らせたり、ときどき、舌を大きく回したりして」 「はひ、んっ、んむむ、んん」 アンナの言葉に従って、リディアは肉棒を丁寧にしゃぶっていくが、その表情は真面目そのもので、言われたとおりにしようと一生懸命なのがありありとわかる。 「どう?おちんちんが口の中で固くなってきたでしょ」 「んふ、は、はひひ」 リディアはなんとか返事をしようとするが、口の中で膨らんできたそれを持て余している様子だ。 「じゃあ、もっと舌をいっぱいに使って」 「あむ、む、ちゅ、んふ、んむ」 そうやってしゃぶっているうちに、肉棒がリディアの口に収まりきらないくらいに大きくなってきた。 「ね、大きくなってきたでしょ。舐められておちんちんが気持ちよくなってきたのよ」 「ん、ふん、あふ」 リディアは、肉棒を咥えながらこくりと頷く。 「ほーら、そうやっておちんちんをしゃぶってると、リディアちゃんもとっても気持ちいいんだから」 「んんっ、んむっ、あふうううっ」 アンナの言葉に、肉棒を咥えたリディアの青い瞳が急にトロンとしてくる。 「ね、とても気持ちいいでしょ。口一杯におちんちんを頬張ってると、すごく気持ちいいのよ」 「んむ、んふ、ふ、ふぁいぃ」 リディアは頬を紅潮させ、ふやけた声で返事をする。 その目はすっかり濁り、ぼんやりとしていた。 アンナのやつ、力を使ったな。 リディアの様子がいきなり変化したことから、シトリーにはアンナが能力を使ったことはすぐにわかった。 アンナの能力は、自分のことを信頼してる相手にしか影響を与えない。一方で、信頼の度合いが大きければ大きいほどその効果は絶大になる。 相手がアンナのことを信頼しきっていれば、感覚や認識を完全に操作することすらできる。 今のリディアにとって、アンナはシトリーの下僕としての仲間だ。 同じ仲間として、そして、シトリーの下僕の先輩として、リディアはアンナのことを信頼し、尊敬している。だから、アンナの能力は簡単にリディアに通用してしまう。 ただ、わからないのは何のためにアンナがそんなことをしているのかということだ。 「今度は舌を伸ばして、ぺろぺろ舐めてみましょうね」 「あふう、ん、ぺろ、んふ、ぺろろっ」 アンナの言葉に素直に従うリディア。 蕩けた表情で舌を伸ばすと、ゆっくりと肉棒に這わせていく。 「おちんちんの膨らんだところから先まで舐め上げてみて。そうそう、そんな感じ。ね、気持ちいいでしょ」 「ぺろっ、えろろ、あふん、ぺろ、ちゅ、んふ」 アンナの言うままに、うっとりと目を瞑ってリディアは肉棒に舌を這わせる。 「今度は、根元の方、そう、そこにある袋をしゃぶってみて」 「ん、ちゅば、ちゅぶ、しゅばっ、あふ、んちゅ、ちゅぼっ」 「じゃあ、根元からゆっくりと先まで舐めていきましょうか」 「んふっ、えろろろ、あふ、ぺろ、じゅるる」 まるで、アンナの言葉の通りに動く人形にでもなったように、リディアは袋から竿を丁寧に舐め回していく。 「ほら、おちんちんの先っぽから、とろりとしたお汁が出てきてるでしょ。それを舌で舐めてごらんなさい。もっと気持ちよくなれるから」 「じゅるる、ぺろ、ちゅるっ、んっ、んんんっ!」 それだけで快感が走ったのか、舌先で肉棒の先をすくうように舐めたリディアの体がビクッと震えた。 「さあ、もっと気持ちよくなりましょうね。じゃあ、次は、おちんちんを口の中に入れて唇をすぼめてみて」 「ふぁい。ん、あむ」 ぼんやりとアンナの方を向いて返事をしたリディアの瞳は完全に蕩け、潤んでいた。 そして、再び肉棒の方に向き直ると、ゆっくりと口に咥える。 「そのまま、おちんちんを出し入れするように頭を動かして、そうそう」 「んっ、んむっ、ん、んふっ、んっ、んっ」 「そうしていると、まるで自分の口がアソコになったみたいに気持ちいいでしょ」 「んんっ、んっ、んっ、んっ、んふっ、んくっ!」 アンナに言われるまま、熱心に頭を前後に動かすリディア。 その顔は、夢でも見ているように目尻を緩ませ、ときどき、息継ぎするように熱い吐息を漏らす。その度に、小動物のように鼻がピクピクと震える。 アンナの言葉のひとつひとつが、リディアの快楽中枢をどんどん敏感にさせていっていた。 「さあ、もっと根元まで飲み込むのよ。喉の奥におちんちんが当たって本当に気持ちいいんだから」 「んっ、ぐっ、ぐふっ!んっ、んぐっ、えほっ!んむむっ、んくうっ、ぐむっ、んくっ!」 アンナの言葉で、肉棒を口で扱くリディアの動きが一気に激しくなった。 たまに、えずきそうになりながらも、リディアは頭を振る動きをどんどん大きくしていく。 肉棒の先が、ごつごつと喉に当たる感触がシトリーにも伝わってくる。 喉の奥に肉棒が当たる度にリディアの体がビクンビクンと跳ね、その目の焦点が合わなくなってきていた。 「そうよ。そう、もっと激しく。そうしたら、もっともっと気持ちよくなれるから」 「んっ、んぐっ、ぐっ、ぐぐっ、んくっ、ぐっ、くっ、くっ!」 肉棒を刺激するリディアの動きがどんどん激しくなっていく。 その耳元で囁くアンナの言葉が、容赦なくリディアの快感をいっそう高めていっていた。 「そう、上手よ、リディアちゃん。そうしていると、どんどん気持ちよくなっていくからね」 「んくくっ、ぐくっ、んっ、んぐっ、ぐふっ、ちゅぼっ、んっくっ!」 灰色の髪を振り乱して大きく頭を振るリディア。 その瞳はぶるぶると小さく震え、もう、半分意識が飛んでいる様子だった。 リディアの激しさに、さすがに肉棒がその口の中でビクンと大きく震える。 「んむむむむっ!?んぐぐっ!」 「ああ、出そうなのね?いい、リディアちゃん。もうすぐおちんちんから熱いお汁がいっぱい出てくるから、絶対に咽せたり吐いたりしちゃだめよ。そのお汁を全部飲んだら、体がすごく熱くなって、今まで感じたことがないくらい気持ちよくなれるんだから」 もう、リディアからの返事はない。ただ、頭を大きく動かして射精を促してくる。 「くっ!」 少女姿のシトリーの口から、呻くような声がこぼれる。 シトリーの我慢も、もう限界まで来ていた。 そして。 「ぐむむむむむむむっ!んんんんんんーっ!」 リディアの中に、いっぱいに精液が注がれ、その目が大きく見開かれた。 その小さな口には大きすぎる肉棒を頬張りながら、くぐもった呻きをあげるリディア。それでもアンナに言われたとおりに精液を一滴も漏らすまいとする。 熱い精液が喉の奥を直撃し、ビクビクビクッとその華奢な体が何度も跳ねる。 「リディアちゃん、頑張って!出したらだめよ。全部飲み込むの。そうしたら、本当に気持ちいいんだから」 「んんっ、ん、ごくっ、んんっ、こくこくっ。んぐっ!んはあああああああっ!」 ようやく射精が収まり、口の中をいっぱいに満たした精液を喉を鳴らして飲み込んだ瞬間、リディアの体が一際大きく跳ねた。 「あふううっ!ああっ、ふああああっ!あうっ、あああっ!」 アンナの言葉通りに最高の快感に襲われて、体を痙攣させて悶えるリディア。 その青い瞳は霞み、淫らに蕩け、快感以外の何物も映してはいない。 「あああああああああっ!あ……」 大きく喘いで反らせたリディアの体がそのまま硬直する。 そして、突然、糸が切れた人形のようにその体が崩れ落ちるのをアンナが抱き留めた。 「うふ、よくできたわね、リディアちゃん。とても気持ちよかったでしょ」 優しく、その灰色の髪を手で梳かすアンナ。 だが、完全に意識を失っているリディアからは何の反応もない。 「いったい、どういうつもりなんだ、アンナ?」 ようやく、シトリーが口を開く。 「だって、リディアちゃん可愛らしいんですもの」 アンナは、少女の方を見てくすりと笑う。 「それに、今回は、リディアちゃんはとても頑張って仕事をしたのですから、ご褒美をあげたいじゃないですか」 「いや、褒美をやるのは僕の仕事なんだがな」 「え?ですから、今ご褒美をあげたのはシトレアちゃんですよね」 そう言うと、またアンナは悪戯っぽく微笑む。 「まったく。ことさらにそう言うところを見ると、おまえもそろそろ僕の褒美が欲しいのか?」 呆れ半分、からかい半分でシトリーは言う。 「いえ。まだ私の仕事は終わっていませんから」 だが、はっきりとそう答えたアンナの顔は、笑っていなかった。 「私の仕事は、シンシア様を快楽に染め上げて、シトレアちゃん、いえ、敢えてシトリー様と呼ばせていただきますけど、シトリー様のために働く淫らな下僕にすることです。それをやり遂げるまでは、私はご褒美を頂くわけにはいきません」 アンナのダークグリーンの瞳が真っ直ぐにシトリーを見つめる。その、真剣な眼差し。 「ふ……。まあ、そんなに気負うな。僕もおまえの働きには満足してるさ」 「ありがとうございます。それに、私も、ご褒美をもらうのなら、シトレアちゃんの姿よりも、シトリー様の姿の時の方がいいですからね」 そう言うと、ようやくアンナは表情を緩める。 「ふっ、言ってろ」 「そういえば、エルにもそんな約束をしていましたよね。条件は逆ですけど」 「ああ、そうだな」 「今頃エルはどうしているんでしょうかね。もうキエーザの村に着いているんでしょうか」 「さあ、どうだろうな」 邪教討伐の部隊が都を発って2週間。大人数だと移動に時間がかかるとはいえ、そろそろキエーザに到着していてもいい頃だった。 アンナが、討伐軍に加わっている友に思いを馳せるように窓の外を見遣る。 「ふやああぁ……」 アンナの胸に抱かれているリディアの口から、幸せそうな声が洩れた。 寝言なのだろうか、まだ目を覚ます気配はない。 アンナはくすっと微笑むと、その頭を優しく撫でてやる。 そんなアンナとリディアの様子を眺めていた少女が口を開く。 「よし。次にシンシアがここに来た時に完全に堕とすぞ。アンナ、おまえの働きに期待しているからな」 「はいっ」 シトリーの言葉に、表情を引き締めてアンナは力強くそう答えた。 < 続く >
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