2008年05月09日

立正安国論はこう読むのです(三崎無我君の迷論を破す)

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「中杉 弘のブログ」のテーマソングです。
紀元は2600年(キングレコードより)


三崎無我君の(立正安国論に見る日蓮のカルト性)を読みました。君の論は全編、誤解と偏見とすり替えの仏法のなんたるかを、なにも分からぬくせに、日蓮大聖人がカルトの原因だとわめいている君に対し日蓮大聖人の末席の弟子としてその迷妄ぶりを天下に明らかにしておきます。赤字が三崎君の文で黒字が僕の文ですのでよろしく。

ここ数年、創価学会問題に取り組んで来て、さまざまな立場の創価学会員の声を聞いて来た。その中で、ほぼ一様に言える事は、「創価学会」という組織に問題を感じているものの、「日蓮仏法」というものには問題を感じていない、むしろ、自分にとって、日蓮仏法が最高の価値観であると受け止めている創価学会員が大半だという事である。しかしながら、わしもそれなりに日蓮を勉強して来てわかっているのは、そもそも創価学会のカルト性は、日蓮に起因している、という事である。

なんという罰当たりなことをいう御仁であろうか!日蓮大聖人をカルト教祖だというのだからあきれ果てて開いた口がふさがりません。こういう輩は弱く偏見に満ちた自分の頭で日蓮大聖人を理解しようとする如是我聞にあらず我聞如是の見本みたいな人間です。如是我聞(にょうぜがもん)とは自分が理解できずとも素直に仏様の説法を聞くことをいい、我聞如是と我見をもって仏様の説法を聞くことをいいます。仏法とは境涯(心のありかた、感じ方)を学ぶものですから我聞如是では自分はなにもかわらないのです。仏法はけっして三人称でとらえるものではないし、したがって金輪際科学などではありません。自分の貧弱な境涯を仏様の大境涯にちかずけていくことが信仰の目的です。日蓮大聖人様をカルトだと決め付けたのはこの御仁の勝手な妄想であり、まずはじめに結論ありきは、今あらゆるところでみられる現象ですがその先入観を捨てるところから物事をみないと何事も正しくみることはできません。

もっとも、日蓮系の宗派、教団でありながら、さほどカルト性のないところもある。だが、それは「日蓮はカルトではない」という事を意味するわけではない。日蓮のカルト性を、意識的か、あるいは潜在意識的に理解しているからこそ、組織が「カルト」化しないように、修正的に実践しているだけである。もし、修正的に実践する事なく、ストレートに、日蓮の教えのままに突き進めば、創価学会や顕正会のようになる事が当然である。これは創価学会や顕正会が、必ずしも日蓮の教えに忠実であるという事ではない。
日蓮の「カルト」的な一面を、最も強く継承しているのが、創価学会や顕正会であるという事だ。


残念ながら日蓮系の教団で日蓮大聖人の教えを正しく理解しているところは現在では皆無です。正しく理解していないからこそカルトのようになったり、あるいは荒行をやる中山(本門寺)や団扇太鼓をたたく日本山妙法寺や南無妙法蓮華経と唱えて加持祈祷をやったり、一人一殺の”死のう団”や国柱会のような国粋思想になったり立正佼成会のような因縁話、霊友会などの霊の話になったりするのです。三崎君の言っていることは反対なのです。それを日蓮大聖人がカルトだとは正気の沙汰とは思えません。
「三崎君、日蓮大聖人の教えの根本は何ですか?」とたずねたいし、「法華経・南無妙法蓮華経とは何を説いたものなのですか?」と問いたいですね。おそらく三崎君はなにも答えられないでしょう。

それなのに、なぜ、創価学会員は「組織に問題があるが、日蓮仏法に問題はない。」と考えてしまうのか?大きく、2つの理由が考えられる。一つは、全てを「良い方に」「良い方に」解釈しようとする、恣意的な解釈方法をとっているという事。もう一つは、そもそも日蓮の書物(創価学会では「御書」という)を、読んでいないという事。特に、後者の理由が、現在では大きい。創価学会員は、「日蓮仏法は素晴らしい」と口にしながら、日蓮の書物を、まともに読んだ経験の無い者が多い。それは、かなり年季の入った創価学会員でさえ、そうである。御書を読む機会は、月一回、座談会。それもお茶を濁す程度。その座談会で読まれる御書は、ほんの数行であり、たまに教学試験で勉強するのも、御書の一部に過ぎない。
つまり、短いものならばともかく、論文調の長い御書(五大部等)を、一編でも読了したという経験のある創価学会員が、年々、減少している。


創価学会の問題点は巨大な金集めとか、組織重視のために発生する家庭の問題だとか、選挙最優先の信者利用だとか、会員は間違った指導によって正しい判断力が奪われているだとかであって、顕正会の問題も強引な会員集めの布教方法であって、日蓮大聖人様がいつこのようなことを支持したり実行したりしたというのか!日蓮大聖人が39歳の時、立正安国論は書れましたが、その意味するところはなんであるかと考えてみる必要があります。これはあとになってハッキリとあらわされます。一切衆生の盲目を開かせんと顕された「開目抄」(51歳)、末法はなにを本尊として修行をすればいいかを教えられた「観心本尊抄」(52歳)、今はいかなる時かを教えられた「撰時抄」(54歳)、55歳のとき書かれた「報恩抄」・・・・・・、南無妙法蓮華に一切経の全てが入いっているように立正安国論には日蓮大聖人の教えが集約して入っています。其の中身を年次明らかにされたのが御書五大部といわれるもので、無知な我ら衆生に仏法とは何か、仏法と外道と呼ばれるバラモン、儒教、道教などの比較相対を詳しく教えられ、その内、「何をどう信ずれば良いか」を教えられ、「仏法の時とは何か」を教えられ、「我らの報恩とはどのようなものがあるか」を教えられ、成仏への道筋をきちんと教えられています。そのどこにもカルトなどありません。こういうことをきちんと抑えることが大事で、この文脈から時代的背景の違いと表現を理解し登場人物を理解し、また当時の仏教理解のレベルを読んで立正安国論を読まねばまったく理解することはできません。

 座談会や教学試験で、会員に読ませるのは、基本的にソフトな、差し障りの少ない部分である。だから、日蓮がカルトである事が、あまり伝わって来ていない。しかしながら、創価学会の長い歴史と、上層からの指針の中には、日蓮のカルト性が色濃く存在している。こうした状況であるから、創価学会員は、日蓮それ自体がカルトであるという事を理解していない。最近、ネットで反創価学会的な言動をする「アンチ創価」という面々の活躍が見られるようになった。だが、その「アンチ」も、やはり、御書をまともに読んだ経験のある者が少ない。だから、アンチの中でも、日蓮のカルト性を知らない人が多い。日蓮のカルト性を知らずに、創価学会を批判する事は、風邪の原因がウイルスである事を知らずに、風邪の治療をしようというのと同じである。それでも治る事もあるが、効率が極めて悪くなる。アンチも、ぜひ、御書を読んでいただきたいと思う。

三崎君は随分皮肉な人らしい。創価学会員に向かって御書を読めという。これは推奨しているのではなく御書を読めば日蓮大聖人がカルトだと分かるといっているのです。まじめな創価学会員はそうとうに御書は読み込んでいます。創価学会員に言うことは「御書を正しく読みなさい」ということです。仏法の原理とは法華経28品の中に仏法の一切が入り、さらに寿量品の中に法華経の一切が入り、さらに法華経の一字は金色の仏だとも日蓮大聖人様はいわれており境涯によって全てが変わるのです。これを九界即仏界とも、文理真正とも、煩悩即菩提とも、生死即涅槃ともいうのです。座談会ですこし拝読する御書の一説には全仏教の極意が入っているのです。

御書を読むと言っても、大小合わせて、大量に日蓮は言文を残しており、それを全て読了しようというのは、はなはだ困難である。そこで、わしがお勧めしたいのは、「立正安国論」である。立正安国論は、日蓮が満38歳の時、日本の最高権力者であった北条時頼(この時は得度して最明寺入道)に対し、法華経を帰依せず、邪宗を信仰すれば、国難が生じて国が滅ぶと主張した書物である。この立正安国論に、日蓮の仏教理解の基本があり、日蓮が死去の直前まで、弟子に講義をしていたのも、この立正安国論である。だから、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」という言葉がある。開目抄、観心本尊抄という書物もあるが、何と言っても、日蓮の思想をビビッドに反映しているのは、この立正安国論だ。

御書をいくら読んでも何百回読んだところでなにもわかりません。法華経もおなじことで大乗非仏説の頭で何度読んでもおそらく何一つ分からないでしょう、「法華経が分かる人」というのは「法華経がいかなる目的のために創られたのか」と考える人で、そういう見方で天台大師も日蓮大聖人もこの法華経こそ大事だと言われているのです。御伽噺のような話をまともに信じているのではなく御境涯から読まれているのです。「この経の中になにがあるのか?」という猛烈な求道心を燃やして読まなければ何一つわからないのです。それは日蓮大聖人の御義口伝を読めばこのことはよくわかります。この基本が分からねば立正安国論は読むことができないのです。南無妙法蓮華経とは三崎君が思っているよな書ではなく宇宙の原理と生命の秘密を悟られた末法の御本仏・日蓮大聖人の経典なのです。(つづく)

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この記事へのコメント

1. Posted by つゆくさ   2008年05月09日 14:16
そんなサイトがあったとはオドロキです。
本当にこの方は、日蓮大聖人様の御書を読んだのでしょうか。

特に、「創価学会のカルト性は、日蓮に起因」しているのは全くありえないと思います。
どちらかというと、カルト性は信者を奴隷にしている、池田に起因しているのではないでしょうか

三崎さん、このサイトをご覧になっていましたら、何故、大聖人様が御書をのこされたのか、考えてみて下さい
2. Posted by なんてん   2008年05月09日 14:19
この、三崎さんの「修正的に実践する事なく、ストレートに、日蓮の教えのままに突き進めば、創価学会や顕正会のようになる事が当然である」についてですが・・・・

教えのままにつき進んでいれば、顕正会や学会のようになってはいなかったのではないでしょうか。

「日蓮をもちうとも悪しくもちうれば国滅ぶべし」、と後世に遺されていますよ
3. Posted by サエコ   2008年05月09日 14:38
5 日蓮大聖人のお悟りを全く分からない人から見るとカルトに見えるのでしょうか? 三崎さんは、もしかして大聖人さまの四箇格言がきにいらないのでしょうか?(しきりに御書を読めと言っているので)
真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊←これ、本当です。
真言=ウソつきです。長男が立ちません。
念仏=無気力、自殺者が多い。
律=国難の時も戒律を守るのか?

御書は、お悟りが無い人は読めません。

日蓮大聖人のお悟りの中味を明らかにされ、思想の統合をされるのが、中杉先生だと確信しています。
4. Posted by あんり   2008年05月09日 14:57
会員ではないので詳しいことはわかりませんが、日蓮大聖人とカルトが結びつかないです・・・
5. Posted by 神田美代子   2008年05月09日 17:53
確かにオウム真理教などはカルト教団と呼べますね
創価学会は…空き巣や泥棒などをする会員の
生き様を見ればカルトそのものだと思います。

でも、日蓮大聖人様を指して「カルト」とは
どういう了見でしょうか?

【我 日本の柱とならむ】

【我 日本の大船とならむ】

【我 日本の眼目とならむ】

と一切衆生に対して救いの手を差し伸べられた方
が日蓮大聖人様です。

この方を「カルト」呼ばわりするのであれば
三崎さんは「バカト」ですね
6. Posted by siroko   2008年05月12日 13:14
日蓮大聖人がカルトの原因という解釈はとんでもない罰当たりな三崎さんです。
7. Posted by 愛国和尚日宣   2008年05月24日 16:57
5 コメントが前後して、申し訳ありません。私は三崎氏の論文を、読んでいませんので、それについての意見は、控えさせていただきます。 立正安国論について、立正大学の今成元昭先生は、日蓮大聖人の宗教は折伏でなく摂受だと言い、小野文洸先生は、安国論はカルトの要素あり、封印しろと言ってます。気がおかしいと思います。
8. Posted by 通りすがり   2011年03月16日 07:38
たまたまですが、このサイトにたどり着きました。
三崎さんの勝ちですね、論破できてない、説得力0。

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