« メディア論コーヒーブレーク3 | トップページへ戻る | 若き日の事件 グリコ・森永事件 2 »

2006年08月21日

若き日の事件 グリコ・森永事件 1

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


詳しいプロフィールを見る>>

それは風呂場からの拉致で始まった
私が「大阪府警記者クラブ」の担当になったのは、1979年9月、
30歳の時でした。
普段は「記者クラブ」に詰めていて、「事件発生!」と共に取材に飛び
出すのです。がたい(図体)が大きいので、「現場を走り回らしても
遣い減りはしないだろう」ということで、事件記者の仲間入りをした
ことになります。
様々な事件・事故がありましたが、忘れられないのは『グリコ・森永
事件』です。

それが起こったのは、84年(昭和59年)3月18日の夜、西宮市
の自宅で入浴中だった『江崎グリコ』の江崎勝久社長が侵入してきた
3人の男に拉致されたのです。自宅前に赤い車が待機していて、江崎
社長を押し込むと急発進して逃走しました。
犯人の要求は、「身代金10億円と金塊100㎏をヘリコプターから
撒け」というものでした。
先ず、その身代金と金塊の大きさが話題になりました。
その3日後の午後、江崎社長は警察に保護されました。摂津市の淀川
沿いの治水組合の作業小屋から自力で脱出してきたというのです。
事件はこれで収まったかに見えました。ところがこれが世間を恐怖に
陥れた脅迫事件の始まりでした。

かい人21面相からの脅迫状
やがて「かい人21面相」を名乗る犯人から脅迫状が新聞社に送りつ
けられました。
その脅迫状は、「けいさつの あほども え」という書き出しで始まる
もので、和文タイプライターで記されていました。
5月になると、「青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)入りのグリコ製品
を置いた」と書かれていて、無差別脅迫となりました。
そして予告通り、西宮市内のコンビニから「どくいり きけん たべ
たら しぬで かい人21面相」と関西弁で書かれた紙が貼られた
菓子が発見され、シアン化ナトリウムが検出されました。
コンビニの防犯カメラに「野球帽を被った不審な男」が写っていたの
で公開されましたが、有力な情報は手に入りませんでした。
その頃の私は朝6時には記者クラブに行って、脅迫状や毒入り菓子の
情報を確認し,8時半頃には西宮の江崎の自宅社長へ行きます。
出社する社長に「おはようございます」と挨拶し、「読売テレビの岩田
です」と名乗って、何とか一言貰いたいと努めていました。新聞なら
原稿だけでいいのですが、テレビでは肉声をマイクの前で喋って貰わ
なければオンエアすることができません。
こんなことが1ヶ月も続きました。
脅迫状は次第に「報道機関を通した警察への挑戦状」の様相を強めて
いきました。
何度目かの「かい人21面相からの脅迫状」が来た日の朝、出社する
車に乗り込む前の社長に、おそるおそる
「済みません、読売テレビの岩田ですが、またあの挑戦状が参りまし
た。卑劣な犯人からの動き、どうお思いでしょうか」
と声を掛けてみたのです。すると江崎社長は私の目を見て、
「いや、できればこういう犯行というのは、もうこれでやめて欲しい」
と呟くように答えてくれたのです。
自力で脱出してから初めての社長の肉声を捉えたのです。記者冥利に
尽きる一瞬でした。そして、この日の新聞の夕刊の見出しは各紙とも
「もうこれでやめて欲しい」でした。

犯人逮捕と喜んだが
「かい人21面相からの脅迫状」は相次ぎました。6月2日の脅迫状
には、「現金3億円を乗せた白のカローラバンをファミリーレストラン
の駐車場に置いておけ」というものでした。
捜査陣が目立たぬように待機していると、車で来た一人の若い男が白の
カローラバンに乗り換えて出て行きました。そのバンにはエンスト
する仕掛けがしてあり、後部に捜査員が潜んでいました。
予定通りバンがエンストし、男は取り押さえられ、「犯人逮捕!」と
大喜びしたのですが、間もなく男は犯人グループから「車を取って
来い」と命じられた人だと分かりました。
この男は淀川の堤防で恋人とデートしていると、銃身のようなものを
持った3人組に襲われ、「白いバンを運転して来い!言うことを聞かな
いと彼女の命はないぞ!」と脅され、その指示に従っていたのでした。
彼女は電車賃2000円を貰って解放されていました。
そして6月26日、新聞社に「かい人21面相」から「江崎グリコ
ゆるしたる」という収束宣言が送られてきました。
事件の発端から3ヶ月……『グリコ製品』はスーパー・コンビニから
撤去され50億円以上の損害が出ていたと見られています。
「かい人21面相の収束宣言」は、別の展開の予告でもありました。
『丸大ハム』に「グリコと同じようになりたくなかったら5000万
円を用意しろ」という脅迫状が届きました。
それには「高槻から京都に向かう東海道線に乗り、鉄橋の近くで旗を
見つけ次第、車窓から金を入れたボストンバッグを投げ込め」とあり
ました。しかし、電車の速度が速くて投げることができませんでした。
この前後に「キツネ目の男」が複数の捜査員に目撃されています。
この男は現金を持った捜査員が京都から高槻に戻るときにも同じ電車
に乗り込み、捜査員を尾行していたと思われます。
そして「キツネ目の男」は似顔絵が掛かれ、全国に配布されたのです
が、犯人逮捕には至りませんでした。
「かい人21面相」は、さらに標的を広げ、『森永製菓』『ハウス食品』
『不二家』『駿河屋』にも脅迫状を送り、現金を要求し続けました。
『森永製菓』は、犯人に指定された場所に現金を置いたものの、犯人
は現れませんでした。

Copyright (c) 2006YOMIURI TELECASTING CORPORATION. All Rights Reserved.