| 元ジャーナリスト 上杉隆 
Monday January 30th 2012

「シュピーゲル」誌(2011年5月23日号) 「原子力国家」日本語訳





以前ヨーロッパ最大発行部数のドイツ著名雑誌「シュピーゲル」誌(2011年5月23日号)にて掲載されたコルドゥラ・マイヤーさんが執筆した 「原子力国家」を本HPにて原文掲載させていただきましたが、ドイツ在住の翻訳者・梶川ゆうさんの翻訳ご協力及び執筆者コルドゥラ・マイヤーさんの許可を得て日本語訳を掲載させていただくことになりました。
梶川さん、マイヤーさんご協力ありがとうございました。(スタッフ)

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2011年5月23日号「シュピーゲル」誌

記事原文

「原子力国家」

コルドゥラ・マイヤー

オイルショック後、日本は無条件に原子力に全力を注いできた。それ以来原子力業界は、福島原発をもつ東電を筆頭に国全体を腐敗させてきた。政治、科学、マスコミは彼らの共犯者だ。民主主義は原子力に完全に浸透されてしまったのである。

あの金曜の朝、山口幸夫氏は自宅でグレーのカーディガンを脱いで、上等のこげ茶色のスーツを着込んだ。それから新幹線に乗って、柏崎・刈羽に向かった。日本の西海岸にあるこの土地には、世界で最大の原発が建っている。

太縁メガネをかけ、グレーの顎鬚を伸ばしたこのシャイな物理学者は、原子力資料情報室(CNIC)の反原発運動家だ。彼はこの朝、原発の耐震性を審議する委員会に向かっていた。今回は柏崎原発を運転する東電と会って津波に対する安全性に関しても話し合うことになっていたのである。3月11日のことだ。

午後一時ちょっと前、山口氏は新潟県庁の木目の板張りの会議室の最前列、左から2番目の席に着いた。恐ろしい津波の可能性を警告したところで、それがいったい何になるというのだろう。「いつものとおりに進行するだけです」と山口氏は語る。「東電の社員十数人にたった一人で立ち向かうんですから。そして彼らはすべて安全です、と言うだけです。」

14時46分までは。この万全はここで崩れたのである。いきなり会議場がゆれ始めた。地震だ。皆、建物の外に出たので会議は15分間中断し、それからまた再開した。東電の代表者が、原発が地震・津波に耐える安全設計であることをもう一度、繰り返した。

その瞬間に200キロ東で14メートルの高さに及ぶ巨大な波が、東電で2番目に大きい原発コンプレックスの6メートルの防波堤をのみこんでいるとは、この会議に参加している者の誰一人、予想していなかった。

午後4時ごろに新潟での会議は終わった。地震のために新幹線が止まっていたため、山口氏は地元のホテルにチェックインしたが、その時東電はちょうど政府にこう報告していた。「福島第一原発が制御不能になった」と。

こうして、原発ロビーが繰り返し唱えてきた安全神話は、現実にまたもや見事に裏切られたのだった。地震だけで、導管のいくつかはすでに破損したと見られている。そして燃料棒が溶けて高熱のウランの塊と化し、一号炉の圧力容器の底を貫通したのだ。水蒸気爆発の危険性はいまだ解除されていない。

東電および政府の宥めすかしの言葉が、根拠のない空疎な言葉であることがはっきりした。1万人もの市民が我が家を捨て、避難しなければならなくなった。そしてもう二度と帰れないかもしれない。事故現場から40キロほどはなれた飯舘村ですら、今になって避難することになった。

2ヶ月にもわたって東電幹部は事態を過小に説明し、責任逃れをしながら事故の収束を空しく試みてきた。そして先週の金曜になってやっと社長の清水正孝と副社長の武藤栄が辞任を表明した。辞任に追い込んだのは四半期決算の損失が、107億ユーロまでに及んだことだ。

東電常務であった西沢俊夫が後任として社長の座に就任しても、コンセプトのない緊急事態の対応処理になんら変化は訪れないであろう。東京にある東電本社の二階に、今までどおり危機対策本部のメンバーが集まるはずだ。ここは大きな会議室で、内側から窓に張り紙が張られている。半円形のテーブルに東電の幹部が並ぶ。これまで東電の原子力部長であった武藤氏がまだ議長だ。彼の左には東電代表取締役会長である勝俣恒久が席に着く。彼は大概午前9時に東電に現れ、また夜の6時か7時に姿を見せる。清水社長は最近はすっかり姿を見せなくなった、と出席者の一人が証言している。

危機管理の責任者が誰かは不明

会議用のテーブルの周りには、丸い小机が並んでいる。そこにはエキスパートチーム、アメリカの原子力規制委員会の専門家、フランス原子力産業企業アレヴァ社の専門家、そして日本の科学者が席についている。彼らがじっと目を凝らしているのは壁にあるビデオモニターである。ここで専用回線により柏崎を始め、全原発と繋がっているのだ。

しかし、今彼らが注視しているのは、ほとんど左下のほうばかりだった。ここには福島第一原発の対策室から報告をしている吉田昌朗所長(56歳)が映っている。「吉田さんは自分の発言に耳を貸してもらえなくて苦労していますよ」とこの会議に参加した一人が言う。「現場の人は、今の状況がいかに厳しいか、まず本社に把握してもらう努力を行わなければならないのです」。

ところが、この危機管理でいったい誰が責任者なのか、それ自体もはっきりしていないのが現状である。シュピーゲル誌がこれより数週間前に東電のスポークスマンに「対策本部の指揮官は誰か」と尋ねたところ、「菅首相です」と答えが返ってきた。時を同じくしてある国会議員が政府に対して同じ質問を国会でしたところ、答えは「それはまずは東電です」だった。原子力安全・保安院はまた、こう発表している。「この危機を克服できるよう、我々は東電を支援する」と。

政府はことに、この支援を経済的に行っている。430億ユーロという莫大な金額で東電を破産から防ごうというのである。金融危機の際にヨーロッパやアメリカの大銀行を破綻から救ったおまじないの言葉、「Too big to fail:大きすぎて潰すわけには行かない」がこの日本最大の電力会社のケースにも当てはめられることになったのである。

首都圏に住む4500万人に電力供給する東電

東電は、世界で四番目に大きい電力会社で、この大企業は約5万2千人の社員を抱えている。これまでは年間約350億ユーロの売上高をあげてきた。第二次世界大戦が始まる前に日本は全電力会社を国有化し、地方に分割された独占企業に創り上げた。現在これら十社は一応私営企業だが、地方での独占支配は依然としてそのままである。

経済産業省は電力会社を常に、自らの産業政策を実行する機関として捉え、その見返りとして電力会社は、その利益を保証される恩恵にあずかってきた。首都圏に住む4500万人の人間が、東電から電力供給を受けている。東電の威力は至るところで見られる。研究やマスコミに資金を出し、繁華街渋谷の真ん中に巨大な電力館を作った。

福島の大事故後瓦礫の山となったのは原発だけではない。日本の原子力産業を支えてきたシステム全体が今、揺らぎ始めている。

「原子力村」とは、原子力をめぐって複合集団となった密閉したエリートたちを表す言葉である。この原子力村には東電の原子力部も、経済産業省の担当管轄の官僚も含まれているが。さらに学者、政治家、報道関係者もこのエリート原子力クラブのメンバーである。

「わが国はずっと洗脳を受けてきた」

反原発運動家の山口氏はこれまでも常々、この原子力村を囲い込む大きな壁に当たってきた。「彼等は皆、仲間意識が強いのです。彼等はエリートの東大出身者で、それから東電に就職するか、東電を監視するはずの電子力担当の官庁に勤めています」。

そして産業と官庁とはまた、政治とも癒着している。東電幹部は保守政党である自民党の重要な献金者であり、電力業界の労働組合は、菅首相が所属する民主党を支援している。原子力を批判する路線を、どちらの政党もこれまで取れるわけがなかったのである。

「原子力帝国」の中でロベルト・ユンクが恐ろしくも警告していることが、現実になってしまったかのようだ。この著書はかつて、ドイツの反体制世代の必読書だった。たとえ原発事故が起こらないとしても、危険な技術がいかに民主主義を蝕むか、ユンクはここで書いている。かつてドイツの原発ブロックドルフ(注:http://en.wikipedia.org/wiki/Brokdorf_Nuclear_Power_Plant)で放水車や警棒、有刺鉄線に身をさらすことになったデモの参加者は、恐れられていた監視国家の到来をすでに感じとったものだった。

ユンクの予測はドイツでは起こらずに済んだが、日本では予言であったことが実証されてしまった。賛成一致をよしとする日本社会において、原子力産業、電力業界、政党、学者は一体となって、民主主義を脅かす不可侵の聖域を作り上げてしまったのである。

原子力村の馴れ合いの根回し談合が、この大事故を助長してしまったのは、確かである。最高5.7メートルの津波しか福島には来るはずがない、と東電は算出していたが、これは日本のエンジニアグループで編成される委員会が出した資料を根拠にしている。しかしこの委員会の35人のメンバーのほとんどは、電力会社の元社員か、電力会社が出資するシンクタンクに従事する人間である。

マスコミの大半も電力産業を大スポンサーとして潤い、この談合世界の一部であるといっていい。「日本の公共メディアは福島で起きている大災害に共同責任があるのです」と山口氏は意見を下している。自然がこの最悪のシナリオを誘発したかもしれないが、その条件は日本人が自分たちで作っていたのです、と。

大事故にもかかわらず続けられる増設計画

絶えず地震に悩まされるこの日本ほど、リスクの高い原子力技術に不適である国はないというのに、である。伝説によれば、日本列島は大洋に棲む巨大な魚の背中の上に横たわっているという。そしてこの魚が痙攣したり、ばたばた動いたりするというのだ。世界で三番目に多い原発炉をかかえて稼動させていくには、いい条件だとは言えない。日本より原発の数が多いのは、アメリカとフランスだけである。

それでも日本は、この福島の事故が起るまで、増設計画を進めてきた。2030年までに電力の半分を原子力発電によりまかなおうというものだった。二桁に及ぶ新設基が計画されていた。

功名心高い産業大国に、オイルショックは恐怖をすえつけた。当時、日本政府は原子力産業を強硬なものにすることを国の第一の課題に決定した。それからというもの、日本の政治家は日本の経済振興と豊かさを、絶えず原子力エネルギーに結びつけてきたのである。

エネルギー原料輸入への依存から脱するという夢に目がくらみ、プルトニウム生成にまで手をつけることを政策で決定した。消費できる量以上に燃料をつくることができる高速増殖炉は、とても誘惑的だった。

原発を持つ国が世界では次々に、このリスクが多く、高価なオプションをあきらめていった(そしてドイツではカルカールにつくった高速増殖炉をおそらくこれまでで一番お金のかかった遊園地に作り変えた)のに対し、日本は高速増殖炉もんじゅを作り、1993年には本州の北端に再処理工場の基礎を築いた。この六ヶ所村にある施設はこれまでにすでに140億ユーロかかっており、世界でも一番高価な産業施設に数えることができる。この施設はしかし、まだ正式に稼動したことがない。

原子力という信仰

「わが国はこれまでずっと洗脳され続けてきました」と語るのは、保守派の自民党に所属する参議院議員である河野太郎氏だ。「原子力は日本では信仰なのです」。

48歳の河野氏は日本でも有数の政治家一族の出身である。15年以来国会議員として活躍しているが、彼は独立した意見をもっていることで有名である。彼が属する派閥の中で、日本の原子力路線に疑問を投げかける数少ない人間の一人である。その彼の主張を支えているのは、選挙結果がいいことだ。「だから原子力政策を批判することが可能なのです」と笑いながら語る。

「東電は、津波が想定以上だったと言っていますが、なにを期待していたというのでしょう?」と河野氏は続ける。想定値を決めたのは、電力会社関係にほとんど占められている、地震や津波の専門家がいない委員会だ。「彼らが、津波の高さはここまで、と自分たちで決定したのです」と河野氏は怒る。「ですから電力会社にこそ責任があるのです、明白なことです」

河野氏はしかし、同意見の仲間を見つけるのに苦労している。それというのも、日本では原子力に批判的な意見を持てば、科学・メディア、政治でのキャリアは終わると考えなければいけないからだ。

学者たちの研究室にまで電力会社の影響は及んでいる。たくさんの学者たち、ことに東大の学者たちは東電に皆、好意的である。それは、東電が当大学を何百万ユーロという単位の援助で奨励しており、あらゆる協会、シンクタンクや委員会を養っているからである。これまで、こうしたやり方での「コネ」は成功してきたといえるだろう。というのも、これまで東大の学者で東電を批判する意見をしたことがある人は、誰一人いないからである。

何百万ユーロもかけたイメージ作り

「原発批判者は絶対に出世できません、教授になることもできないし、重要な委員会のメンバーに選ばれることも決してないのです」と河野氏は語る。

それでも、時としてこれらの馴れ合い委員会のシステムに一瞬疑問が生じることもある。例えば、5年前に地震学者の石橋克彦氏が日本の原発の安全規制を見直す役目を負っていた委員会から辞任した時がそうである。19人いた委員会のメンバーの内、11人が電力会社が設けている委員会のメンバーでもあった。委員会の結論の出し方はどれも「非科学的」だと、石橋氏は嘆いた。「原発に対する技術標準を基本的に改善しない限り、日本は地震に襲われた時原発事故に遭う可能性がある」と彼はその時にすでに警告していたのである。

しかし、日本のマスコミではこのような警告はなかなか面に出てこない。東電は原発によって潤った金をマスメディアにも大量につぎ込んでいるからである。年間何百、何千億ユーロもの金額を東電はイメージ作りに費やしている。例えば東京の放送局TBSの「News 23」、フジテレビの「めざましテレビ」、テレビ朝日の「報道ステーション」などのニュース番組のスポンサーをしているのだ。これらのメディアは原子力産業の大きな分け前にあっているわけだ。

東電はまた、ジャーナリストたちを豪華な旅行に招待してご機嫌取りもしている。津波が福島第一の原発を襲った日には、東電会長は日本を留守にしていた。彼は、中国の豪華ホテルでマスコミ関係者を「視察旅行」に招待していたのだ。

「反抗的な市民は邪魔なだけ」

「日本は、誰もが原発を支持するのがいい、と思うような構造を作り上げてきたのです」と河野氏は語る。厳格な検査官、批判的なジャーナリスト、反抗的な市民は、そこでは邪魔になるだけだ。

警鐘はそれでも鳴らされなかったわけではない。ただ、その警告に基づく結論がとられることがなかったのである。最大のスキャンダルは失望した社員の告発により明るみに出た。1989年に日系アメリカ人のスガオカ・ケイ氏は今事故を起こしている福島第一の一号炉の点検検査を行った。彼はこの原発を製作したジェネラル・エレクトリック社(GE)の社員だったのである。

スガオカ氏は、蒸気乾燥機に「かなりの大きな」亀裂を発見して、驚いた。その後、この装置が180度ねじって取り付けられていたことすら、明らかになった。彼はそれを上司に報告した。そして、彼の視察団は数日間、その後の指示を待った - フルに報酬された状態で、である。

そして視察団が原発にやっと呼ばれて戻ってみると、上司たちはどう処理するかについて意見をまとめていたことがわかった。ジェネラル・エレクトリック社のスガオカ氏の上司は、亀裂が見える箇所を検査ビデオから消去するよう、命じたのである。「そして私のチームが実行しました」とスガオカ氏は語る。「そして東電の社員二人が、その作業を見ていました」

このことにすっきりしなかったスガオカ氏は、家に帰ってからそのことを書き留め、その文書を保管しておいた。1998年にGEに解雇されたスガオカ氏は、報復を思い立った。2000年6月28日に彼は、日本の原発監督官庁に手紙を書き送った。そこで彼は、自分が見たことを報告したのである。ほかにも同じような手紙を何通か、書いた。

スガオカ氏の告発は日本を震撼させた。まもなく、東電が安全点検報告をシステマチックに改竄してきたことが明らかになった。東電社長と幹部4人が辞任に追い込まれ、政府は17基の原発を一時的に停止させた。

東電の社員が何人も、安全性に関する疑問から監査官庁に報告していたことも、当時明らかになった。そしてこの監査官庁が行ったのは、これら「密告者」の名を東電にすぐに明かすことだった。このことは、原子力安全保安院のスポークスマンが確認した。

日本ではスキャンダルが長く尾を引くことはほとんどない。しかし、福島の現場にはここで、福島県前知事の佐藤栄佐久氏が登場する。彼は紺色の背広にポケットチーフを指し、銀髪がウェーブした上品な年配の紳士だ。骨董とゴルフが好きな彼は、反原発論者である。

「誰も東電を検査しなかった」

保安院が原子力村の内部からの告発をしっかり取り上げなかったことを知り、佐藤氏は自らこの事態を表ざたにすることにした。2002年から2006年の間に、内部の人間21名が佐藤氏に助言を求めてきた。彼の部下が情報提供者と会って話を聞き、苦情を聴取し、記録した。そしてそれから、その記録をまとめて保安院に渡したのである。

それでも長い間なにも起きなかったので、問い合わせもした。「でも誰も東電を検査しなかったのです」と佐藤氏は語る。「保安院が本来ならやるべきはずであったことを、福島県が行ったわけです。ですから悪の根源は東電ではなく、保安院にある。彼らが告発を取り上げなかったのです」。

省庁、監査官庁、そして電気会社はこれだけ癒着しており、利害の対立は始めから必至であったといってよい。影響力の強い経産省は原子力産業を推す立場にある。日本製の原子力技術を中進国に売りつけたいという目的が常にあった。監査官庁である保安院はこの原子力産業を監査する任務があるのに、この原子力推進派の経産省の管轄下にある。

監査もそれにしたがっていい加減だった、と報告するのは原子力技術エンジニアの飯田哲也氏である。かつて日本の核廃棄物用のキャニスターを製造したことのある飯田氏だが、彼がまだ駆け出しだった頃、大変ショックだった思い出を語ってくれた。「僕はまだ20台始めの若造だったのですが、僕がしたことはどれも、なんの検査もせずによし、とパスになったのです」。

産業界と官庁の癒着

検査官が近づくと原発作業員が合図を送るのを、もう20年も前に、飯田氏は見ている。すると作業員の一人がひびから漏れが出ている熱交換器をきれいに拭き取って、姿を消す。検査官はそれをすべて見ていながら、見なかったふりをするのだ。「ここの検査など、単なる芝居に過ぎません」と飯田氏は語る。

産業と官庁の癒着はあまりに伝説的で、独自の名前が付いている。「天下り」と言うものだ。「天から下る」というこの表現は、官僚がこれまでの省庁でのキャリアを終えてから、電力会社の高給取りの地位に就く慣習を指している。

例を挙げると、東電の副社長の座は、もう何十年もの間天下り官僚の指定席と決まっている。石原武夫という名の男性は通産省事務次官だったが、「原子力政策のコーディネーター」として知られている。彼は1962年に東電に移り、取締役となってから副社長になった。

1980年には資源エネルギー庁長官増田実が東電に移り、同じコースをたどった。1990年と1999年にはまた別の官僚が続いている。日本共産党の議員が4月に政府に対し「これは指定席なのか」どうか問いただしたところ、スポークスマンは「そう言い換えてかまわないでしょう」と答えた。

しかし原発の現場ではそんなことはどんな意味も持たない。現場で働く労働者のほとんどは下請け会社や下請けのさらにまた下請け会社の日雇い労働者や出向社員である。しかし、特殊技術者も東電から来るのではなく、日立や東芝、あるいは直接アメリカのジェネラル・エレクトリック社といった製造会社から派遣されてくるのである。

東電技術者の無能さと傲慢さ

そしてこうしたエキスパートたちは、東電の幹部たちが原子炉のことをほとんど理解していないことを知っている。福島の下請け会社として何年も働いていた佐藤つねやす氏はこう語る。「東電の社員はたまに命令を下しに顔を出す役人と同じです」。

東電では無能さと傲慢さが同居しているのだ。スガオカ氏が隠蔽を公に告発した時、東電は社内の独自分析を行い、かなり欠陥があることを自ら認めている。東電の技術者たちは「自分たちの原子力知識を過信していた」というのだ。だから政府にも、安全は確保されていると信じている限り、この問題に関して報告しなかったというのだ。

それでも、東電も保安院も、これらの見解から何がしの結論を引き出すことはなかった。福島第一の老朽化した原子炉の稼動期間を更に10年延長する許可を得たときにも、このスキャンダルも、なにも変えることはなかった。それだけではない。原子力発電の定期検査の間隔がなんと13ヶ月から16ヶ月に延長されたのである。

「これが、スキャンダルを通して東電が取った結論なのです」と皮肉るのはグリーン・アクションの反原発運動家アイリーン・美緒子・スミス氏だ。「基準を新しく設置し、最終的には検査を間引きすること」。

東電のスポークスマンに、これまで反原発運動家の提案を受け入れたことはあるかどうか聞いてみると、「質問の意味がわかりません」という答えが返ってきた。

原子力産業の敵の扱い方

原発の大事故が起きてからもなお、東電はジャーナリストを煙に巻こうとしている。東電本社の一階には10週間前からテレビ放送局や大新聞社の報道関係者たちが詰めている。記者会見で彼らに与えられるのは、いかにも精確そうな生のデータの山だ。しかし、これらのレポーターたちに、何百という脈略のない測定値からなにをみつけろと言うのだろう。しかも、これらのデータは、後になって間違っていたことがよく判明するのである。

データに関して東電の社員は能弁であるが、責任というテーマは避けて通る。天下り?政治献金?研究費用の肩代わり?これらの複雑なテーマに関する質問に対しては、東電のスポークスマンは同じ答えを繰り返す。「ノー・コメント」。

それでも印象のよくない報道がされると、いかに東電が神経質に反応するかを語るのは、テレビジャーナリストの上杉隆氏である。彼は日本のテレビ・ラジオで人気のあるニュースキャスターだ。彼の番組は政治色が濃いのにも関わらず、娯楽的要素がある。上杉氏はゴルフが好きな、43歳の明るい人物だ。彼は福島で事故が起きるまで、あまり原子力には関心がなかったという。

ただし、名のある新聞で働く同業のジャーナリストたちに対しては、意見がたくさん合った。彼等は、報道対象である省庁の宣伝係をしているだけではないか、と彼は思ってきた。福島の災害発生後、上杉氏は東電のロビーに詰め、原子炉で今なにが起きているか、知ろうとした。

3月15日、彼は午後1時にTBSの生放送に出演した。そこで彼は、どうやら放射能が三号炉から出ている模様で、それが海外でも報道されている、と述べた。「本当は自明なことだったのですが」と彼は語る。しかし放送終了後テレビ放送局の上司から、番組を降ろされたことを伝えられたのだった。これ以降、上杉氏はTBSの仕事はしていない。TBSの番組制作のスポークスマンは、「内部では上杉氏を降ろすことは以前から決まっていたのだ」と説明している。東電からの圧力に関しては否定した。

上杉氏はその釈明を信じてはいない。それからまもなく、別のテレビ番組でもトラブルが生じたからである。「朝日ニュースター」でも、上杉氏が原子力に批判的なゲストを自分の番組に招待しようとしたら、電事連が当番組のスポンサー提供を終了した。放送局は、電事連のスポンサリングはもともと終了することが決まっていた、という。東電スポークスマンは、東電が上杉さんのようなジャーナリストに圧力をかけるなど、考えられない、と語った。

不都合な事実を暴露し、報道する者は制裁を受ける

日本政府はその間も、インターネットのプロバイダーに福島に関する「間違った報道」はネットから外すよう、依頼し始めていた。国民にいたずらに不安を与えてはいけないから、というのである。「まったくエジプトや中国よりひどい」と上杉氏は語る。「公共の秩序と倫理を脅かす」ものはすべて削除するように、という指示なのだ。

原子力産業がどのように反原発論者を扱ってきたかについて、原発批判を行ってきたロベルト・ユンク氏は自著の中で一章を割いている。この章のタイトルはこうだ。「萎縮させられてきた者たち」。

萎縮させられてきたのは、東電の不正行為を告発した社員であり、そのような都合の悪い話を報道した上杉隆氏のようなジャーナリストである。

福島県前知事である佐藤栄佐久氏のような人物も、その犠牲者であると判断できる理由がかなりある。佐藤氏は原子力村の権力に抵抗しようと試みたからだ。彼は原発を抱えるほかの県の県知事と連帯し、原発を批判的に見る枢軸を打ちたてようとしたのである。

力を持たぬ地方の政治家であった佐藤氏だが、世界中から原子力の専門家を福島に招待し、日本の新しいエネルギー政策を考えようとした。もしかしたら、彼はこれまで日本で一番影響力のあった原発批判論者であったのかもしれない。しかし、彼の政治キャリアは2006年に突如幕を閉じた。

彼は収賄罪で逮捕されたのである。彼と彼の弟が福島県の建設会社から、市価以上の価格で土地を売りつけた、という容疑だった。

裁判所は佐藤氏に有罪判決を言い渡した。二審の東京高裁では、減刑となったものの、有罪判決は変えられなかった。佐藤氏は現在、最高裁で無罪を求め、闘争中である。

東京の元検事である人物が語るには、佐藤氏の弟は、土地の売買でなんら収益を上げていない、ということである。それだけではない。当時の担当検事はその後、懲役18ヶ月で有罪判決を受けている。ある高級官僚を取り調べる別の捜査で、この検事が証拠物件を改竄していたことが判明したのだ。

しかし、佐藤氏のような批判者でなければ、いったいどこの誰がこれほどの大事故の責任者を突き止められるだろう。菅首相が先週の水曜日に出した声明は、まがりなりにも希望を持たせるものだった。彼は、監督官庁を解体し、日本の電力会社の地方独占を破り、エネルギー政策を「根本から見直す」つもりだと表明したのである。

グリーン・アクションの活動家、アイリーン・美緒子・スミス氏は、これらの約束は信用しないようだ。あらゆる事故が起こるたびに、常々日本が対処してきたのと同じことになるのではないかと彼女は危惧している。「事故を調査する目的で委員会がつくられるのですが、その委員会には、またいつもと同じ人間が座っているのです」と。

(翻訳・梶川ゆう氏)





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3 投稿 to “「シュピーゲル」誌(2011年5月23日号) 「原子力国家」日本語訳”

  1. ここで紹介されているロベルト・ユンク著「原子力帝国」残念ながら邦訳は出版社がつぶれて古本でしか手に入らず。値段は異常に高騰。ネットででも公開されればと思う次第。

    日本では「原子力村」と揶揄されるが、実態はまさに、現代の中心をなす産業資本の根幹をなす構造そのもの。そこに群がって自己保身を図るは村社会と言う意識ではなく「幕藩体制」の藩士の気分では?

    少なくとも「むら」はほかの村とかの共同体に対して搾取抑圧を行うものではない。

    先の文明の転換点は明治維新、これはバイオマス経済によるピラミッド型権力構造、これが産業革命によって異常に肥大化した生産力が外に膨張する力に変化した帝国主義によって開国を迫られ、対抗的に、産業革命が行われた訳で・・・。

    持続可能なバイオマス経済でも再生不可能な資源収奪型化石燃料経済でもその構造がピラミッド型である限り抑圧的ではあるが、より後者のほうが集中するだけにその度合いが大きい。

    今回の事故をみて思うのは、集中した権力ほどリスクが大き過ぎると言うこと。自然エネルギーは希薄であるが、それ故、分散型でオンサイトで運用され、ネットワークで繋ぐことでより多様で豊かな社会の可能性が広がってるのだと思います。

    新たな文明の未来が私たちの手で開かれることが待たれてるのでしょう。

  2. 平山 かよこ より:

    間もなく小沢裁判が始まるが、テレ朝が状況証拠と推理だけで小沢を有罪にする危険の問題を指摘したほどである。

    小沢は先年ロンドンで心臓手術を受けたさいにCIAによって心臓にマイクロチップをインプラントされたが、

    それは外部からの電磁照射で心臓麻痺を起こす仕掛けになっている(B.Fulford記者)。それは宇宙情報によっても確認されている。小沢裁判では、秘書団と

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