鹿児島大病院(鹿児島市桜ケ丘)のサウナ治療室。鄭教授らが技術者と開発したサウナは遠赤外線乾式で、家庭用の大型冷蔵庫ほどの大きさ。
中のいすに腰掛け、ドアを閉じる。サウナ特有の肌を刺す熱さを感じない。むしろ快適で、木の香りも心地いい。
銭湯などにあるサウナは蒸気などで加熱する湿式が主流で、室温70~100度。天井と床では20~30度も違うが、この一人用サウナは、頭のてっぺんからつま先まで室内が60度に保たれているのが特長だ。
心疾患治療の場合、患者は薄いガウンを着たまま中で15分間過ごす。サウナを出た後は、バスタオルや毛布で全身を覆ってベッドに横になり、30分間安静に。最後に発汗量に見合った水分を補給。これを1日1回、症状に応じて週3~5回繰り返す。
鹿大病院では1日20~30人が治療中。その一人で、心臓弁膜症を患う鹿児島市の堀之口寿さん(29)は「気持ちいい汗がかけるし、治療の後は不思議なくらい体が楽になる」。1カ月のサウナ治療で心臓弁の閉鎖不全が改善した。同病院は3月までに、サウナ治療のスペースを約2倍に拡充する方針だ。
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一般的に、60度のサウナに15分間入ると体温は1度上がる。「毛穴が開いているのでベッドに横たわっている間も発汗し、全身の血管が拡張する。一方で心臓の血液拍出量は増加するため心機能が改善するんです」と鄭教授。
心疾患の治療にウオーキングや軽度の運動を取り入れることは多いが、心臓に負担をかけるため重症の不整脈患者などには不向きとされる。その点、サウナ療法は心臓の負荷を減らすので症状の程度にかかわりなく適用できる。 鄭教授によると重症ほど効果は大きく、心不全のため沖縄県からヘリコプターで緊急搬送されてきた患者が4週間で快方に向かった例もあるという。
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「重い心不全の患者さんが、最後にどうしてもお風呂に入りたいっておっしゃるんです」
1989年、鄭教授が鹿大病院霧島リハビリテーションセンターに勤務していたとき、看護師からそんな相談を受けたのがサウナ療法開発のきっかけだった。
当時は心不全患者の入浴は危険とされ、患者は何年も入浴していなかった。「なぜ、風呂は心臓に悪いのか」。鄭教授は浴槽の深さ、温度、水圧と心臓への負荷について研究した。
風呂の場合、首まで湯船につかると水圧で心臓に負担がかかるが、水圧のないサウナなら、室内温度と入浴時間を管理することで安全に温熱療法の効果を得られることに着目。3年がかりで小型サウナを開発し、特殊な仕掛けで、天井も床も温度を均一化することに成功した。
家庭用電源を使い、病室に持ち運べるようキャスターを付けたほか、扉に穴を開け、点滴を受けながらもサウナに入ることができるように工夫した。費用は約200万~250万円。より安価な家庭向けを開発中という。
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サウナ療法は、血管が詰まり、最悪の場合は足を切断しなければならなくなる閉塞(へいそく)性動脈硬化症(ASO)などにも有効だ。
ASOで左大腿(だいたい)動脈が完全に詰まっていた女性(79)は、治療10週間で痛みが消えた。循環器系疾患の回復度を測る6分間で歩ける距離は、100メートルから200メートルに倍増。片足の切断が必要と診断されていた男性(70)も治療10週間で切断を免れるまでに回復した。12人のASO患者の症例では、痛みは平均で半減。激痛が消えた患者もいた。
鄭教授らが開発した小型サウナは、熊本大、山口大、東京女子医大などの大学病院や、熊本済生会病院、鹿児島共済会南風病院などが導入。韓国や米国の施設でも採用計画が進んでいる。
「血管拡張だけでなく自律神経やホルモン分泌のバランス回復、心身をリラックスさせる働きもある。多くの疾患で手術や化学療法を補完する治療法になりうる」と鄭教授。糖尿病をはじめ生活習慣病の症状緩和、軽症うつ病や慢性疲労症候群(CFS)、関節痛にも効果が確認されているという。