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早鞆センバツ出場にOB・山本譲二「ぶちうれしいけー」

スポーツ報知 1月28日(土)8時3分配信

 第84回センバツ高校野球大会への初出場を決めた山口・早鞆(はやとも)高校のOBで歌手の山本譲二(61)が27日、母校の快挙を祝福した。自身も1967年の夏の甲子園に球児として同高のユニホームを着て出場した経験があるだけに喜びもひとしお。「ぶち(山口の方言で「すごく」)うれしいけー」と喜びを爆発させ、後輩の活躍に期待を寄せた。

 所属レコード会社を通しファクスでコメントを寄せた山本は「ぶちうれしいけー。それと同時に、がんばってくれた後輩の野球部のみんなに心からおめでとう。そしてOBとして『ありがとう』といいたいです」と大喜びだ。

 センバツは初出場の早鞆だが、夏の甲子園は64、66、67年と計3度出場。67年の1回戦、長野・松商学園と対決し、代打出場で内野安打を放った山本も、最後の夏の甲子園の土を踏んだナインの一人だ。

 「あのキラキラした夏を思い出します。僕たちが出てからずっと四十数年間甲子園で早鞆のユニホームを見ることができませんでした。だから、今回のセンバツ出場の知らせはOBとしては本当にうれしい」と後輩の活躍をたたえた。

 スケジュール次第では、甲子園に応援に行くことも十分考えられそうだ。「故郷に帰りまして、できれば選手のみんな、監督さんにお会いして、こんな自分で良かったら声も一言かけたい」と激白。「甲子園に行ったらのびのびと、悔いのないよう一球一球を大切に、そしておもいっきりバットを振ってプレーしてもらいたいなと山本譲二は思うちょるけんね」とエールを送る。

 64年夏の決勝では、高知高校に惜敗している早鞆。狙うは悲願の全国制覇だ。「日本が今、大変な時で僕のなかでも本当に大ビッグニュースで、とても気持ちのいい知らせを受けました。選手のみなさん、爽やかな夢をくれてありがとう!俺もがんばります」と母校の活躍に刺激を受けていた。

 ◆山本 譲二(やまもと・じょうじ)1950年2月1日生まれ、61歳。山口・下関市出身。早鞆高卒業後に上京し、80年に「みちのくひとり旅」がミリオンヒット。81年、日本レコード大賞(部門賞)・ロングセラー賞、日本有線大賞・有線音楽賞など数々の賞を受賞。同年12月NHK「紅白歌合戦」に初出場した。

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最終更新:1月28日(土)8時3分

スポーツ報知

 

山本譲二

歌手・アーティスト 山本譲二(ヤマモトジョウジ)
誕生日:1950年 02月01日
星座:みずがめ座
出身地:山口
血液型:A

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