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【社会】

命懸けの放送 教材に 埼玉県が「天使の声」独自作成

 宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=が埼玉県の公立学校で4月から使われる道徳の教材に載ることが26日、分かった。

 埼玉県教育局によると、教材は東日本大震災を受けて同県が独自に作成。公立の小中高約千二百五十校で使われる。

 遠藤さんを紹介する文章は「天使の声」というタイトル。

 遠藤さんが上司の男性と一緒に「早く、早く、早く高台に逃げてください」などと必死で叫び続ける様子が描かれ、「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた」と語る町民の声を紹介している。

 教材ではほかにも、埼玉県深谷市出身で津波に流される車から市民を救出した岩手県釜石市の男性職員の話などが掲載される予定。

 同教育局生徒指導課の浅見哲也指導主事は「遠藤さんの使命感や責任感には素晴らしいものがある。人への思いやりや社会へ貢献する心を伝えたい」としている。

 遠藤さんの父清喜さん(57)は「娘が生きた証しになる」と話し、母美恵子さん(53)は「娘は自分より人のことを考える子だった。子どもたちにも思いやりの心や命の大切さが伝わればいい」と涙を流した。

 遠藤さんが防災無線で避難を呼び掛け続けた南三陸町の防災対策庁舎では、遠藤さんを含む町職員ら三十九人が犠牲となった。

 佐藤仁町長が津波被害の象徴として保存の意向を示したが、遺族の強い反発を受けて解体が決まっている。

◆遠藤さん教材要旨

 遠藤未希さんを紹介した教材の要旨は次の通り。

 天使の声

 誰にも気さくに接し、職場の仲間からは「未希さん」と慕われていた遠藤未希さん。その名には、未来に希望をもって生きてほしいと親の願いが込められていた。

 未希さんは、地元で就職を望む両親の思いをくみ、四年前に今の職場に就いた。(昨年)九月には結婚式を挙げる予定であった。

 突然、ドドーンという地響きとともに庁舎の天井が右に左に大きく揺れ始め、棚の書類が一斉に落ちた。

 「地震だ!」

 誰もが飛ばされまいと必死に机にしがみついた。かつて誰も経験したことのない強い揺れであった。未希さんは、「すぐ放送を」と思った。

 はやる気持ちを抑え、未希さんは二階にある放送室に駆け込んだ。防災対策庁舎の危機管理課で防災無線を担当していた。

 「大津波警報が発令されました。町民の皆さんは早く、早く高台に避難してください」。未希さんは、同僚の三浦さんと交代しながら祈る思いで放送をし続けた。

 地震が発生して二十分、すでに屋上には三十人ほどの職員が上がっていた。すると突然かん高い声がした。

 「潮が引き始めたぞぉー」

 午後三時十五分、屋上から「津波が来たぞぉー」という叫び声が聞こえた。未希さんは両手でマイクを握りしめて立ち上がった。そして、必死の思いで言い続けた。「大きい津波がきています。早く、早く、早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください」。重なり合う二人の声が絶叫の声と変わっていた。

 津波はみるみるうちに黒くその姿を変え、グウォーンと不気味な音を立てながら、すさまじい勢いで防潮水門を軽々超えてきた。容赦なく町をのみ込んでいく。信じられない光景であった。

 未希さんをはじめ、職員は一斉に席を立ち、屋上に続く外階段を駆け上がった。その時、「きたぞぉー、絶対に手を離すな」という野太い声が聞こえてきた。津波は、庁舎の屋上をも一気に襲いかかってきた。それは一瞬の出来事であった。

 「おーい、大丈夫かぁー」「あぁー、あー…」。力のない声が聞こえた。三十人ほどいた職員の数は、わずか十人であった。しかしそこに未希さんの姿は消えていた。

 それを伝え知った母親の美恵子さんは、いつ娘が帰ってきてもいいようにと未希さんの部屋を片づけ、待ち続けていた。

 未希さんの遺体が見つかったのは、それから四十三日目の四月二十三日のことであった。

 町民約一万七千七百人のうち、半数近くが避難して命拾いした。

 五月四日、しめやかに葬儀が行われた。会場に駆けつけた町民は「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた。あの放送がなければ今ごろは自分は生きていなかっただろう」と、涙を流しながら写真に手を合わせた。

 変わり果てた娘を前に両親は、無念さを押し殺しながら「生きていてほしかった。本当にご苦労様。ありがとう」とつぶやいた。

 出棺の時、雨も降っていないのに、西の空にひとすじの虹が出た。未希さんの声は「天使の声」として町民の心に深く刻まれている。

 

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