■世界遺産暫定リスト入り、戸惑いも
ただ、周囲は最近何かと騒がしい。今年2月、考古学などの研究者が、宮内庁から初めて同古墳への立ち入り調査を許された。その範囲は渡御の神事と同じく堤の上に制限され、墳丘へ渡ることは認められなかった。同古墳を含む百舌鳥・古市古墳群が昨年、世界遺産の暫定リスト入りを果たしたこともあり、文化財保護法の適用外とされている陵墓のさらなる公開や、国史跡への指定を求める声は高まる一方だ。
神社と氏子にとって、同古墳はご神体に等しい。「世界遺産になるのは誇らしいが、(調査対象として)いじくり回されたくない気持ちも分かってほしい」。宮司の中盛秀さん(56)は戸惑い気味に話している。
同神社では、応神天皇の崩御から1700年を記念する本殿の改修工事がこのほど完了。8月28日の夜、仮殿に移してあったご神体を本殿に戻す「遷座祭」が執り行われた。儀式のクライマックスは神職以外、見ることができない。境内の照明は消され、拝殿の正面には目隠しの白い絹垣(幕)が張られた。文字通りベールに包まれた状態で進められる神事を、約300人の氏子らが静かに見届けた。
参列した氏子総代の一人、塩野勝一さん(74)は代々この土地に住み、祖父も総代を務めた。「地元住民にとって、古墳と八幡さんは一体のものだ」と塩野さんは話す。今も約2300世帯の氏子が信仰を受け継ぎ、古墳を見守っている。
(文 竹内義治、写真 大岡敦)
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関西の歴史遺産は今の時代に何を物語り、人々はどのように寄り添っているのか訪ねた。
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世界遺産
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