野田佳彦首相の施政方針演説に対する各党代表質問で、民主、自民両党はともに新しい年金制度を中心とする社会保障制度の全体像を明示するよう求めた。首相は「さらに検討を深める」と答えたものの、具体像は示せなかった。消費増税を社会保障制度維持のためとアピールしてきたにもかかわらず、肝心の内容はあいまいなままで「税と社会保障の一体改革」が名ばかりだったことを露呈した。一方、消費増税の与野党協議に巻き込まれることを警戒する自民、公明両党は野田政権の社会保障制度での弱みにつけ込み、徹底的な引き延ばし戦術に出る構えだ。
代表質問が終わった26日午後、民主党の輿石東幹事長、前原誠司政調会長、長妻昭元厚労相、大塚耕平前副厚労相らが急きょ国会内に集まった。輿石氏は「5年ぐらいしたら、消費税が10%からさらに6%、7%と上がっていくとマスコミが書いている」と述べ、早期に社会保障の全体像を示す必要があるとの考えを改めて示した。
野田政権が突然、社会保障の全体像の提示を急ぎ始めたのは、自民、公明両党が消費増税をめぐる与野党協議に応じないなか、公明党が全体像の提示を求めたことに、これ幸いと飛びついたためだ。
政府・与党が昨年末まとめた一体改革素案では新年金制度について13年に法案提出するとなっており、全体像は今年中に取りまとめる想定だった。ところが、19日の与野党幹事長・書記局長会談で公明党が全体像提示を求めると、輿石氏は23日、通常国会の会期中に提示すると明言した。
これを受け、26日の代表質問では自民党の谷垣禎一総裁が「輿石氏の発言も踏まえ、新年金制度の詳細設計、費用、財源の政府・与党案を消費増税法案の国会提出前に明らかにしてほしい」と質問。輿石氏と歩調を合わせる民主党の樽床伸二幹事長代行も「特に年金制度について全体像を示さなければならない」と表明する展開になった。だが、首相は「一体改革の意義や具体像をわかりやすく伝えたい」などと述べるにとどまり、具体的な答えは示せなかった。
そもそも、新年金制度をめぐっては、民主党は昨春、政権公約(マニフェスト)にある最低保障年金7万円を前提に、消費税率を10%への引き上げとは別に最大で7・1%引き上げる必要があるという試算をしている。だが、影響を恐れて試算は公表されず、「全体像」の検討は事実上放置されたままだった。党幹部は「野党が示せと言うから示すことに、ここ数日でなった」。首相が前向きな考えを示しても内実は「泥縄」だ。
政権側のご都合主義には樽床氏も代表質問で「野党の皆様からは『都合のいいことを言うな!』との声が聞こえてまいります」と認めざるを得なかった。年金問題は民主党が政権交代を果たす原動力になったが、いまは首相の足もとを揺るがしかねない懸念材料になっている。【高橋恵子】
「民主党の年金制度改革は、幽霊のように実体がない。消費増税だけ決めて、その使途の社会保障制度の根幹について将来の姿がいいかげんでは、国民の理解は得られない」
谷垣氏は代表質問で、一体改革の素案をめぐり、消費増税の使い道となる民主党の社会保障改革案を「絵空事」と断じた。民主党が掲げる最低保障年金の創設に14兆円かかると指摘し、民主党が年金創設にさらに最大で7%の消費増税が必要と試算していたことを「隠蔽(いんぺい)した疑惑がある」と追及。新年金制度の給付対象の所得制限など、具体的な制度設計も示すよう求めた。
自民党は、与野党協議に応じる条件として、社会保障の全体像提示と一体改革の閣議決定を挙げている。しかし、同党の石原伸晃幹事長は25日、BSフジの番組で「最低保障年金制度を導入するための協議は、(自民党は)反対だからやっても無駄だ」と述べ、同制度の創設を取り下げない限り、協議に応じない考えを示し、ハードルを上げた。同党幹部は「民主党が全体像を示してきても、さらに消費税がかかることが国民に知れわたり、自民党にとって損にならない」と説明する。
自民党は、消費増税の与野党協議を先送りしながら、民主党の社会保障制度改革案の欠点などを追及して野田政権を揺さぶり、衆院解散・総選挙の実現を狙う。しかし、党内には「対決型だけで首相が解散するのか」との不安もある。谷垣氏は代表質問の最後に、首相に解散を迫った上で「その先になお改革をなし遂げようと言うのであれば、力を合わせ努力したい」と述べ、衆院選後の協力姿勢も見せる硬軟両様の構えで解散を誘った。【犬飼直幸、佐藤丈一】
民主党の前原誠司政調会長は26日の記者会見で、年金制度の抜本改革を含む社会保障制度の「全体像」を野党に提示する問題をめぐり、輿石東幹事長や岡田克也副総理を交えて27日に協議する考えを示した。
前原氏は会見で、最低保障年金7万円の実現のためには消費税率を最大17・1%に引き上げる必要がある、との民主党内での試算に批判が強いことに関し「数字は変わってくる。消費税だけでやる、とも決めていない。試算の独り歩きに危惧を持っている」と語った上で、「党内で議論していないものについて、党の考え方として出すことに違和感がある」と述べ、野党に試算を示すことには慎重な考えを示した。【光田宗義】
毎日新聞 2012年1月27日 東京朝刊