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支局長からの手紙:芥川賞に思う /島根

 今月17日に第146回芥川・直木賞の選考委員会が開かれ、山口県下関市在住の田中慎弥さん(39)が芥川賞を射止めました。直木賞が大衆文学の作家に贈る賞なら、芥川賞は純文学の新人作家が対象。いつも新聞紙上をにぎわせる話題ですが、私の中には「芥川賞はとっつきにくい」というイメージが強く、恥ずかしながら、過去に読んだのは中上健次さんの「岬」、辻原登さんの「村の名前」など4作品しかありません。けれど、田中さんは私の古里・下関の作家ですから、受賞作「共喰(ともぐ)い」(「すばる」10月号)が単行本になれば、すぐに読もうと思っています。

 田中さんは候補5度目での受賞です。18日の毎日新聞社会面をご覧ください。もう一人の芥川賞受賞者、直木賞受賞者が笑顔で写真に収まっているのに、田中さんだけ憮然とした表情でした。我々新聞記者は、大きな事件事故や発表ものがあると、子細に他紙と読み比べをします。他紙によると、受賞後の記者会見で田中さんは「当然です」と言い切り、「4回も落とされたので断るのが礼儀だが、私は礼儀を知らない」とうそぶきました。記者に「不機嫌に見えるんですが」と言われると、「もうやめましょう」と言い放ったとか。毎日新聞は会見の具体的な様子を伝えておらず、やや不親切でした。他紙を読み、憮然とした表情の意味が分かりました。

 田中さんは県立下関中央工業高校を卒業し、以来、アルバイトを含めて一度も職に就いたことがないそうです。パソコンや携帯電話も持たず、ある意味で「変わり者」なのでしょう。そんな彼が、賞を取ったからといって、急に社交的になれる訳でもないでしょう。「大人気ない」とは思いますが……。

 ところで、芥川賞・直木賞は、日本文学振興会が主催しています。島根面でエッセー「百册百話」を連載している高橋一清さん(松江観光協会観光文化プロデューサー)は文藝春秋に勤務していた頃、同振興会の理事・事務局長を務めました。高橋さんの著書「編集者魂」(青志社)には、選考の経緯が縷々(るる)つづられています。

 「応募作品による賞ではなく、既に発表されている作品を対象にしている。市販されている雑誌、発行されている同人誌の中から芥川賞の作品を選ぶ。直木賞はこれに単行本が加わる。ということは、第一次選考は広く一般の読者によってなされていると考えられよう。世間には鋭い目を持った人がいる。『あれを選んだか、さすがだ』と言わせるようでなければプロフェッショナルの仕事ではない」と。

 同振興会が文藝春秋社員の中から芥川賞、直木賞ごとに「下読み委員」を委嘱し、その下読み委員にチーム編成を取り入れたのが高橋さんでした。「編集者魂」の中で、高橋さんは「選考委員の人選はむつかしい。慎重にしないと、日本の小説の流れも変わってしまう。考え方の似た委員が多いと同じような傾向の作品が選ばれていくことになる」とも記しています。

 裏方の苦労は大変なもの。そう考えると、芥川賞選考委員の石原慎太郎さんが今回の候補作について、「駄作のオンパレード」などと発言したのは、ちょっと残念です。【松江支局長・元田禎】

毎日新聞 2012年1月23日 地方版

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