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2012年 1月24日(火)放送
ジャンル事件・事故 社会問題
(NO.3146)

なぜ家族まで ~検証・長崎ストーカー殺人~

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株式会社ビデオリサーチ 世帯視聴率(関東地区)

自分や家族の身に危険を感じたとき、どうやって、助けを求めればよいのでしょうか。
事件で家族を亡くした長崎県の山下さんの手記がきょう、NHKに届きました。
手記には「私は、誰も助けてくれないと絶望的な気持ちになりました」と書かれています。

事件が起きたのは、先月16日。
被害に遭ったのは山下さんの家族です。
千葉県に住む20代の三女が同居していた筒井郷太容疑者に繰り返し、暴力をふるわれました。
父親の山下さんは警察に相談し筒井容疑者が三女に近づかないようにしようとしました。
しかし、ストーカー行為は止まりませんでした。
家族は、3つの県の警察署にひとつき半にわたって繰り返し助けを求めてきましたが必死の訴えにもかかわらず長崎の実家が襲われ母親と祖母が殺されました。
ストーカー行為がエスカレートして相手やその家族を殺害する事件はこれまで、たびたび繰り返されてきました。
対策が強化され今回も、警察が対応に当たっていましたが、それでも事件は起きてしまいました。
防ぐことはできなかったのでしょうか。

救いを求めた家族 長崎ストーカー殺人

山下さんの三女が暮らしていた、千葉県習志野市。
部屋に、一人の男が同居するようになったのは去年夏ごろでした。

筒井郷太容疑者、27歳です。
2人が知り合ったきっかけは三女が仕事のため利用していたインターネットのサイトだったといいます。
警察によると、筒井容疑者は同居した直後から繰り返し暴力をふるっていたといいます。
殴ったり、どなったりしながら事実上、三女を支配する状態だったと見られています。

「男性の方がものすごいヒステリックに大声出して 壁とか叩いている音は聞こえてて “言ったことやれよ”とか そんな感じ 多分ここの人たちはみんな聞こえているんじゃないですか」

異変は、長崎県西海市に住む家族に伝わりました。
父親の山下さんは三女の勤務先などから連絡を受け10月29日地元の駐在所へ駆け込みました。

「千葉にいる娘が暴力を受けているようです
トラブルになるかもしれないので 千葉県警に連絡してください」

山下さんの訴えは駐在所から、地元の西海署長崎県警察本部そして、千葉県警察本部習志野署へと伝えられました。
翌日、警察が動きました。
職場の上司や姉と共に、習志野署の警察官が部屋に立ち入り三女を保護したのです。
三女は、筒井容疑者に殴られ、顔や腕に2週間のけがをしていました。
警察官は、筒井容疑者を習志野署に連れていきました。
暴力は、ふるわないよう警告し二度と三女に連絡しないという誓約書を取りました。
三女は、長崎の実家へ避難し問題は解決したかに見えました。
しかし、その直後。

二度と連絡しないと誓ったはずの筒井容疑者から、三女のもとに電話が、ひっきりなしにかかってきたのです。
11月1日、習志野署は筒井容疑者に電話し連絡しないよう再び警告しました。
しかし、警察の警告は効果がなく筒井容疑者の行動はエスカレートしていきました。

「居場所を教えなければ殺す」。

三女の友人や、職場の同僚にまで脅迫メールを送りつけるようになりました。
不安を募らせた山下さんは、筒井容疑者の実家がある三重県桑名市の警察署にも電話しました。
しかし筒井容疑者が、どこにいるのかはっきりしたことは分かりませんでした。

警察に逮捕してもらうしかない。
12月6日、山下さんと三女は傷害事件として被害届を出すため長崎から習志野署へ足を運びます。
いつ来てもらってもいいと言われていました。
ところが、山下さんは思いもよらない対応を受けました。
被害届を出すのは1週間待ってほしいと言われたのです。
これまで、この問題を担当してきたのは生活安全課。
家庭内の暴力やストーカー行為などを扱うセクションでした。
しかし、この日、担当が生活安全課から刑事事件の捜査が専門の刑事課に変わったのです。
刑事課は、いきさつについて一から話を聴くことになりました。
そして、すぐには被害届を受けられないと伝えたのです。

「1週間待ってほしいと言われました。
なぜ被害届を受理してもらうまで時間や費用がかかるのか不合理な気持ちです」。

警察は、どうして待ってほしいと言ったのか。
取材に対して、警察は…。

「この時刑事課では複数の事件を抱えていた 筒井容疑者を起訴まで持ち込める捜査をするため 他の案件を片付けてしっかりした体制を作りたかった」

と説明しています。
被害届をすぐには受けてもらえなかった家族。
事件が起きる10日前のことでした。

長崎ストーカー 問われる警察の対応

ゲスト藤本記者(社会部)

この1週間という判断が、結果としては最悪の事態につながる大きな要因になったといえると思います。
生活安全課から引き継いだ刑事課は、今回の事案を、必ずしも軽く見ていたわけではなく、逮捕して起訴に持ち込むために、一定の時間をかけて、きちんと捜査をしようとしたとしています。
しかし、結果的にはより迅速な対応が求められたわけで、生活安全課が緊急性の高さをどこまで認識し、そして、それを刑事課に伝えていたのか、大きな疑問です。

そこ(生活安全課が刑事課に引き継いだ判断自体)についても検証が必要だと思います。
もともと山下さんの相談を担当していたのは、生活安全課ですから、これまでの経緯を詳細に把握していました。
さらに筒井容疑者は以前、別の女性へのストーカー行為で逮捕されていましたが、このことも把握していました。
生活安全課が引き続き対応していれば、もっと早い動きが取れたかもしれません。

この(10月30日の立ち入りの時点と、その直後に2回警告している)時点で警察は、三女から傷害の具体的な内容までは聞けておらず、逮捕などに踏み切ることはできなかったとしています。
また、一般に警察が警告を出せば、ストーカー行為は収まる場合も多いとされているんです。
このため警察としては、警告を繰り返せば、筒井容疑者の行動に歯止めがかけられると判断したと見られます。

筒井容疑者は警告のあと、三女の職場の同僚にまで居場所を教えなければ殺すという内容の脅迫メールを送りつけるなど、過激な行為に出るようになります。
ストーカーが行為をエスカレートさせた末に、交際相手の家族にまで危害を加えるケースというのは、決してめずらしくありません。
例えばおととしにも、宮城県石巻市で、当時18歳の少年が、交際相手の家族にまで危害を加えるケース、元交際相手の女性の姉などを殺害した事件がありました。
警察は今回の事案の深刻さと、家族などにも危害が及ぶ危険性に思いが至らなかったのは、やはり問題があったと言わざるをえないと思います。

なぜ防げなかった 長崎ストーカー殺人

被害届が受理されるのを待つ間千葉の三女の部屋を片づけていた、山下さん。
12月9日、マンションの前を筒井容疑者がうろついていたことが分かりました。
警察に捕まえてほしいと訴えたといいます。
明らかなストーカー行為。
ストーカー規制法で取り締まる対象となるものでした。

この法律は、13年前埼玉県桶川市の女子大生がストーカー被害の末殺害された事件をきっかけに作られました。
被害の訴えに耳を貸さない警察の対応が、強く批判を浴びた反省から積極的にストーカー行為を取り締まるようにしたのです。
取締りが難しかった付きまといや待ち伏せなどの行為に対しても悪質な場合は、警察が逮捕できるようになりました。

三女に執ように付きまとう筒井容疑者。
習志野署の警察官が現場で職務質問をし、警察署に呼び出しました。
しかし、習志野署はまたしても警告にとどめ三重県の実家に帰るよう指示しました。
ストーカー行為が、エスカレートしているにもかかわらずストーカー規制法を適用して逮捕することも傷害事件の捜査を急ぐこともしませんでした。

ストーカー規制法の策定に携わった警察庁OBの後藤啓二さん。
警察は危機感を持って踏み込んだ対応をすべきだったと指摘しています。

「警察が2回も警告しているのに まだ“はいかい”しているとか
かなり危険な案件だということは経験上 警察もわかっていたと思います
とにかく早く対応する 早く加害者の身柄を確保して被害者の安全を図るという方針をとるべきだったと思うんですよね」

結局、習志野署が被害届を受理したのは12月14日になってから。
事件が起きる2日前のことでした。
その夜、三重県桑名市の筒井容疑者の実家で深刻な事態が起きました。
父親にストーカー行為をとがめられた筒井容疑者が父親を殴って家を飛び出したのです。

「“うぉー”っていう叫び声が聞こえたあと 救急車が来られたので…」

桑名署の警察官も駆けつけましたが、筒井容疑者の行方は分かりませんでした。
桑名署は、筒井容疑者の両親から事情を聴いたうえ習志野署に連絡しました。
習志野署は三女の無事を確認するため、山下さんに連絡したとしています。
2人が千葉県周辺の筒井容疑者も知らない場所にいることを確かめたということです。
このとき、習志野署は筒井容疑者がいなくなったことを三女の実家がある長崎県警や西海署に伝えることまではしませんでした。
実は、習志野署は15日西海署に電話をしていました。
しかし、三女の被害届を受理したことを報告しただけでした。
長崎県警は、筒井容疑者が行方不明になったことを知らず、特別な対応を取ることはありませんでした。

この頃、筒井容疑者はすでに九州に向かっていたと見られています。
次の日、12月16日筒井容疑者は刃物を持って実家に侵入。
帰宅した三女の母親と祖母を殺害しました。

筒井容疑者は調べに対して三女が長崎にいると思い会いに来たと供述しているということです。
たび重なる家族の訴えがありながら警察は、なぜ最悪の事態を防ぐことができなかったのか。

「ご家族からのご相談への具体的な対応が適切であったか。
ご家族を含めた被害関係者の皆様に対する保護が万全であったかといった点について検証をしております。
さらに、届け出を受けた事件の捜査状況や関係警察への連絡が適切に行われたかどうかなどについても検証を進めているところです。
また、ご遺族にも警察の対応についてご説明申し上げたいと考えております。」

家族を失った山下さんの思いです。

「警察からは筒井容疑者とは目を合わせるな手を出すなと言われましたが結局それは、黙って殺されろと言われたのと同じです。
この国で、誰が筒井容疑者のような危険人物から命を守ってくれるのか今も分からずにいます。」

ストーカー殺人 悲劇をどう防ぐのか

ゲスト後藤弘子さん(千葉大学法科大学院教授)、藤本記者(社会部)

●なぜ迅速な対応ができなかったのか

藤本記者:やはり事態の深刻さに思いが至っていないということに尽きると思います。
きょう寄せられた山下さんの手記によりますと、VTRにあったほかにも、筒井容疑者がさまざまなストーカー行為を行っていたことがうかがえます。

例えば12月9日には、三女の部屋の玄関のチャイムが何度も鳴らされたうえ、ベランダ側からもガンガンとたたく音がしたということです。
13日にも筒井容疑者のストーカー行為を受け、山下さんは警察に早く捕まえてくれと訴えたということですが、まだ書類がそろっていないので逮捕はできないと言われたということです。

筒井容疑者のたび重なる行為の緊急性と、ストーカーによる被害が家族にまで及ぶ危険性を想定できなかったこと、これが結果として、最悪の事態につながったといえます。

後藤さん:この事件を見てみますと、ストーカー行為のみに目が向いていたと。
その点が一番問題なのではないかと思います。
この事件は交際相手からの暴力、ドメスティック・バイオレンス・DVのケースであります。
もともとが。

ドメスティック・バイオレンスの、つまりDVの加害者は、相手を一人の人間としては見ていないわけです。
彼からすれば、彼女はすべて自分の思いどおりになる存在、というふうに考えていたことがうかがわれます。
ですから、彼にとっては、彼女が連れ去られたあとに、彼女を返してもらう権利があるというふうに考えているのです。
ですから、そのために取り返すために、あらゆる手段を取ると。
その手段の中には、ストーカー行為も含まれますし、暴力の行為も含まれますし、そして場合によっては、殺人行為も含まれる可能性がある、そういうタイプの事件だということになります。

やはりDVの加害者が、DVの加害者の場合は、その被害者が自分の手元からいなくなるといった場合には、とにかく取り戻したいということが頭にありますから、どんどんと、その行動が暴力的になっていくという可能性があります。
そのような特徴をきちんと認識していれば、エスカレートする前に、いろいろな対策を取るべきで、迅速な対応が、警察に望まれたということがいえると思います。

●DV加害者によるストーカー被害

後藤さん:今回は、ストーカー行為がDVの加害者によって行われているという特徴があります。
DVの加害者は、被害者だけではなくて、被害者の家族にも暴力をふるうという可能性というのが指摘されています。

今回の警察の対応を見てみますと、基本的には、ストーカー規制法の考え方にのっとって対応しているということになります。
ストーカー規制法は、基本的には被害者を保護すれば、それで事が足りるというふうに考えている法律です。
今回の事件でも、現実に被害者の女性の方は、保護されて安全な所にいらしたわけですから、その意味では、ある程度の対応はできていたということはいえます。
ところが、今回のストーカー行為というのは、「DVに基づく」を前提としたストーカー行為ですから、DV防止法の基本的な考え方、つまりDV防止法では、被害者と家族の両方を保護しなければ、両方に危険が及ぶという考え方を取っていますから、このような考え方を前提として、対応していく必要があったといえます。

なぜかといいますと、DV防止法というのは、現在のところ、夫から妻に対する暴力や、離婚したあとの夫から妻に対する暴力だけを、基本的な保護の対象としているわけです。
今回のような交際相手、デートDVともいいますけれども、交際相手からの暴力に対しては、DV防止法は、その適用外になっているわけです。
ですから、そういう意味では、DV防止法の考え方がなかなか取りづらい状況にあったということがいえます。