アン・ヨンヒ   

韓国生まれの韓国人。小学４年から高校１年まで、大阪在住。
韓国外国語大学同時通訳大学院日本語修士課程卒業。同時通訳からスタートして、現在は会議通訳、及び、韓国梨花女子大で、日本語の講師も務める。
著書に『シナブロ（知らぬ間に少しずつ）』（小学館）

　筆者は２０００年１２月にこの場で従軍慰安婦問題について書いたことがある。「２０００年裁判」が行われ、そこでの経験を省みて書いた内容であった。その後、彼女たちに会ったことはなく、挺身隊の人たちを取材したことが何度かあっただけだ。

　しかし、筆者にとってあの時の取材は胸が苦しくなるような経験で、自分がどれだけ現代の歴史に疎かったかを知るきっかけとなった。

　最近、韓国で非常識な芸能人として歴史に残りそうな女性が現れた。彼女は、スチュ
ワーデス出身のミスコリアとして芸能界にデビュー、司会、女優などを難なくこなしてきた。すらりとした肢体とはっきりした性格は男女共にファンを増やした。しかし、運転免許を他の人に代理で取らせたことが明るみに出たことから、彼女は非難を浴びて芸能界から遠ざかった。ところが、程なくしてテレビに復帰し、今度は演技力で再び人気を取り戻していた。

　その彼女が、今度は最近の流行であるヌードプロジェクトに乗り出した。以前にも書いたように、これまでたくさんの芸能人がヌードになっている。ヌードアイテムも出し尽くした感があり、そのためか彼女は「従軍慰安婦ヌード」をテーマとして掲げた。彼女の名前はイ・スンヨン。

　イ・スンヨンは２月１２日の記者会見で、「けっして商業的な目的ではなく私たちの歴史を顧みることで彼女たちの苦しみを共にしたい」「ヌードプロジェクトが成功した暁には彼女たちにも寄付させていただきたい」などと、はっきりした口調で述べた。

　これを聞いて、韓国挺身隊問題対策協議会（略称、挺対協）や被害者のおばあさんたちは激怒した。13日にはさっそく「イスンヨンの慰安婦ヌードに対する写真および動画像のインターネットサービス提供禁止の仮処分」を申請した。そして、１１００万人と言われるネットユーザーたちも彼女を非難し始め、そのことをマスコミが大きく扱った。

　イ・スンヨンらは実際こんなプロジェクトを進めれば、日本からの非難があるだろうと予想したという。しかし、彼女らの予想に反して韓国全体から非難を浴びることになった。さらには、ヌードプロジェクトで最も大事な収入源である、モバイルでのサービスも各モバイル会社が拒否した。

　彼女らは慌て始めた。慰安婦問題は軽く考えられるようなものではない。ましてや強力な女性団体がついているのだ。それを知らなかった彼女らは、今度は公開試写会をしたいと申し出た。またまた非難の嵐だった。ネットでは、すでにアンチサイトが雨後のタケノコ状態で増え続け、「もし公開試写会などに出席するような人はこれから社会的に活動しにくくなるだろう」などの話が公然と流れた。

　公開試写会も霧散し、今度はヌードプロジェクトを進行させていた会社の理事が、懺悔の意思を示すとして公開で髪を剃った。挺対協側は直接謝罪することとネガを焼却することを要求したが、彼は焼却するとは言わず、「これで気がすんだか」とでもいうような口ぶりで記者たちに答え、さらに嫌われた。翌日、イ・スンヨンは、おばあさんたちが住んでいる「ナヌムの家」に謝罪しに行きたいと申し出て、彼女たちの前で土下座して涙を流した。

　おばあさんたちは、人の情けもあるから彼女を許す気になっていたらしいが、土下座をしながらもまだネガを燃やすことに口ごもったため、さらに状態は悪化した。そして、彼女は途中でそのまま逃げ出すように帰ってしまった。

　そして、とうとう１９日には、ネガが公開で焼却された。おばあさんたちはそれを信じることにして、２５日には訴訟を取り下げた。

　記者会見から１週間しかたっていないが、イ・スンヨンは韓国芸能史上もっとも破廉恥なタレントとして名を残すことになった。１回のミスが１０回の成功を台無しにするとはよく言ったものだ。いくらイ・スンヨンらがおばあさんたちを傷つけるつもりはなかったとか、商業目的でないと訴えても、ヌードを撮り、それをお金を取って公開することは当然商業目的であり、それをやられること自体おばあさんたちには苦痛なのである。

　イ・スンヨンがもし一度でもおばあさんに会って話を聞いていたなら、あんなプロジェクトを考えたりはしなかっただろう。無知のなす業である。美人で自己主張のある彼女のファンだっただけに、なぜそんなことをしたのか、普通のヌードでも彼女ならいくらでも儲けられたのにと、とても残念に思う。唯一彼女が貢献したのは、ヌードブームを一気に冷ましたことだ。